☆第三話 幼馴染み☆


「それじゃあ、クリスはこの部屋で寝ろよ。俺は 隣に部屋が取れたから」

 と言って、コルトは自分の荷物を担いで、部屋を出ようとする。

「? コルトは、お隣のお部屋ですの?」

「当たり前だろ。婚姻前の姫君と同室で寝てたーなんて知れたら、事情なんか問わずに極刑ものだ」

 コルトはクリスの掌へ、渡し忘れていた部屋の鍵を乗せ、隣の部屋へと歩いて行った。

 クリスが手渡された鍵をキョトンと見ていると、扉からコルトが顔を出す。

「あと、俺が出て行ったら部屋の鍵を ちゃんと閉めろよ。俺以外の誰が来ても、絶っっっ対に、部屋の鍵を開けたりとか するな。それじゃあ、お休み」

 とか念を押して、コルトは隣の部屋へと、引っ込んでしまった。

「まあ、コルトったら! とても偉そうに、なんでしょう!」

 ほんの数日だけど、冒険者として一人で歩き回ったクリスは、それだけで、気分はいっぱしの冒険者らしい。

 衛士として演習や実技をこなしているコルトから見れば、クリスはまだまだお姫様のままだけど、幼馴染みのそんな見解を、クリスが気付きよう筈もなかった。

「ですが、うふふ…♪」

 子どもの頃も、コルトはあんな風に、お兄さんぶっていた。

 それを思い出すと、懐かしい安堵感に包まれるクリスでもある。

「…あら?」

 手の平の鍵を眺めていたら、クリスは、ある事実に気がついた。


「ふぅ。明日は…捜索隊へ連絡をして、クリスを連れて…捜索隊本体との合流を 果たさないとな」

 コルトにとって唯一の安心材料は、クリスが、うまく正体を隠している事だ。

 あんな大胆ビキニ鎧の低レベル冒険者が、一国の姫だとか知られたら、どんな暴漢どもに目を付けられるか、知れたモノではない。

「とにかく、早く連れ返らないと…ふわわあぁ~~ぁふ…」

 家出姫の捜索隊として、コルトも数日の間、夜以外は、ほぼ歩きずくめだ。

 クリスが見付かった事による「これで帰れる」という安心感で、久々に大欠伸が出たのである。

「さて、風呂にでも入って…」

 脱衣室がない安宿の部屋なので、コルトは脱衣をベッドへ乗せて、扉を明けて浴室へ。

 一人用の木製樽な湯船から湯を掬い、身体を流しつつ、ここ数日の探索行を思い返す。

「………」

 王都周辺の街は、上級衛士たちが探索をするので、コルトたち下っ端衛士ほど、遠くの街へと向かわされる。

 演習で寄った事のある懐かしい町や、名前しか知らない港町など、一人での探索行は大変だったけれど、ワクワクの連続だった。

 そして同時に「クリスがいたら、もっと楽しかっただろうな…」とも、フと思ったり。

 それは、お互いの立場など知らなかった程の、幼い日の夢。

「…っ! いやいやいやっ、何を考えてるんだ俺はっ!」

 今の自分は王国の衛士であり、命に替えても、クリス姫を無事に帰さなければならないのだ。

「もうガキじゃあないんだっ! しっかりしろ、俺っ!」

 とか自分に言い聞かせ、コルトは湯船へと、全身を沈める。

「っぶはっ…ムっ!」

 完全に潜水をしてから頭を出して息を吐いたら、部屋から何かの物音が聞こえた。

「…コソ泥か?」

 衛士として、たとえ入浴時でも、剣は持ち込んでいるコルト。

 部屋へと意識を集中させながら、油断無く剣を掌にすると、賊は部屋主が浴室でノンビリしていると考えたのか、意外と早足で扉へと近づいて来た。

「…迂闊なヤツめ。逆に捕らえてやる!」

 コルトが、握った剣を湯の中へ沈めると、扉が開かれる。

「来た――」

 そして姿を見せたのは、一糸纏わぬ、明るい笑顔のクリス。

「コルト~♪ 私も、一緒に入りますわ~♪」

「――んなあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 コルトは強く握った剣で、思わず木製の安い湯船を、中から貫きそうになってしまった。

「ぉおおっ、お前お前ぇっ、なにこっちの風呂っ――っていうかっ、なんで裸で入って来てんだぁっ!」

 幼馴染みの動揺と怒りに、しかし当のクリス本人は、笑顔のまま「?」の愛顔である。

「だあってぇ、コルトとお風呂に入るの、とても久しぶりですもの♪」

 無垢に輝くニコニコ笑顔で、クリスは隠す事なく入室をしてきて、コルトは凄い速さで背中を向けた。

「おっ、お前さっきっ、悲鳴ぇあげたろっ! なんで入って来てるんだよっ!」

 少年の動揺叱咤を受けながらも、姫少女は手桶を取り椅子へお尻を下ろしつつ、湯船から湯を掬って、身体を流す。

「それは 突然見られてしまったのですもの。心の準備もありませんし…。でも思えば コルトでしたら、子どもの頃に 一緒に入っていたでしょう♪」

「だ、だからってだ――ぐぐっ!」

 思わず振り向いて文句の一つも言いそうになって、しかしクリスが裸身を濡らして気持ち良さそうな愛顔を魅せていたので、また慌てて背中を向けた。

「それに、コルトだって いけないのですよ」

 少女が珠の肌を手ぬぐいで優しくマッサージをしながら、鼻歌交じりで、少年の責任を問うてくる。

「お、俺の責任だぁ? なんだよそれ!」

「はい♪」

 愛らしい得意顔のクリスから、肩越しにキーを手渡される。

「…? 俺の部屋の鍵だろ」

「そうですわ。コルトが私に手渡した、こちらのお部屋の鍵ですわ♪」

 隣の部屋で、さっきコルトが退室をする際に手渡したルームキーは、この部屋の鍵だったらしい。

「ぐ…」

「私のお部屋は 鍵が掛けられなくなりましたし、コルトは入浴中ですし、致し方がありませんですもの♪」

 などと説明をしながら、少女は全身のマッサージを終えて、一日の汗を綺麗に流した。

「それは風呂とは関係な――って何してんだっ!?」

「コルト、少し 詰めてくださいな♪」

 洗浄を終えたクリスが、裸のまま湯船へと脚を入れてきて、一緒に入浴をするつもりでいるらしい。

 いくら幼馴染みとはいえ、ただの下っ端衛士がお姫様との混浴なんて、たとえお姫様の命令だったとしても、衛士隊長にバレたら打ち首モノである。

「おっ、お前ちょっと――うわわっ!」

 しかも、女性の裸が大好きなコルトとはいえ、こんなにまっ正面から裸で来られると、恥ずかしくて焦ってしまい、思わず逃げ出したくなった。

 少年は、握った剣で股間も隠しながら、湯船から飛び出す。

「ぉおっ――俺はもうぁ上がるからなっ!」

 と言い残し、コルトは浴室から走って逃げた。

「? もう、久しぶりでしたのに。コルトったら」

 少年の恥ずかしさに気付く様子もなく、クリスは暖かい湯を、ノンビリと堪能。


「快適なお風呂でしたわ♪」

「そいつぁ良ござんした…」

 お風呂から上がったクリス姫は、コルトが自分の荷物から取り出してくれた貫頭衣を頭から被って、裸身を隠しながら艶めくキツネ色の頭髪を拭っている。

 男性用の貫頭衣は上半身用でもあって、小柄な女子であるクリスが着ると、ムチムチの腿が根元ギリギリな露出度となっていた。

 生地の真ん中に頭を通す穴が空いている貫頭衣は、更に左右で上腕部あたりまで、切れ上がっている。

 なので、クリスのように手ぬぐいなどで髪を拭いていると、中の裸は前後から隠せていても、左右からは、ほぼ丸見えだったり。

 コルトは、昼に着ていたシャツとパンツを着て、テーブルに食事を並べていた。

「あら、お夕食ですの♪」

「ああ。一階の酒場で買ってきた。ここのメシは、なかなか美味いぞ」

 お皿には、鶏の香草焼きとパンが取り分けられていて、グラスには水とソーダ水を別に用意。

 更に、クリスが好きなサラダも、並べられていた。

「まぁ♪ コルトってば、私の好みを 覚えていて下さいますのね♪」

 とか嬉しそうに言われると、悪い気なんてしない幼馴染みである。

「姫様のお口に 合いますでしょうか?」

 とか気取りつつ、クリスの為に椅子を引いたり。

「~♪」

 王族の礼儀として、笑顔で静かに席へ着くと、二人で笑ってしまう。

「…ぷっ♪」

「うふふ…♪」

 まだ身分とかを意識していなかった子どもの頃に、こんな遊びも、した事もあった。

「さ、食おうぜ」

「はい。戴きます♪」

 実に久しぶりな、二人だけでの食事となる。

「んむ…まぁ、このチキン、とても香ばしくてジューシーですわ♪」

「だろ? 俺も初めて食べた時は、あまりに美味くて おかわりをしたくらいだぜ♪」

 なんて会話も、幼少時以来だ。

 懐かしい食事を、クリスは心から楽しんで、コルトは懐かしさと同時に、寂しさも感じている。

(こんな食事…今後はもう二度と、絶対に出来ないんだよな…)

 クリスは王国のお姫様だ。

 王家を継げなかったとしても、何処かの国の王子様と、いつかは婚礼をあげるだろう。

 年齢を考えると、同い年で結婚をする王族は、どこの国にも少なからずいる。

 幼馴染みでいられる時間は、もう無いと言えた。


「ご馳走様でした♪」

「お粗末さま~」

 食事を終えると、コルトが酒場へと食器を返却しに行って、あとは明日のために、寝るだけだ。

「あれ…? クリス、隣の部屋の鍵は?」

 戻ってきたコルトは、クリスが既に自分の荷物をこちらの部屋へ運んでいたので、自分の荷物を持って隣の部屋へと移るつもりでいる。

「あら、お隣のお部屋の鍵でしたら、コルトが返却してしまいましたわ♪」

「え…ぁああああっ!」

 返却した食器類の中に、クリスがこっそり、件の鍵を潜ませていたらしい。

「お、お前っ――」

「ベッドが広いですのに、二人で別のお部屋を取るなんて、勿体ないですわ」

 とか言いつつ、クリスはベットへと寝転がった。

「…はあぁ…」

 子どもの頃も、こんな風にクリス主導で、お風呂へ入ったり川で水遊びなんかをしていた二人。

 コルトは年頃になっても、やはり、クリスのペースに巻き込まれるのだった。

「じゃあ、俺は床に――」

「掛け布団は一枚だけですし、遠慮なんて、必要ありませんですわ♪」

「………」

 コルトは、クリスの口の堅さも、よく知っている。

 そして幼馴染みとして、無垢にベッドを共にするなんて、もう絶対に有り得ない。

「…しかたないか…」

 コルトは、最悪の斬首とかも覚悟をしながら、クリスの隣で背中を向けて寝る決心をした。

 部屋のランプを薄く落とし、コルトとクリスが、同じベッドで横たわる。

 隣で横になる少年の背中が、昔よりも広く感じて、少女は思わず頬を寄せた。

「…っ!」

 クリスは無自覚みたいだけど、頬や両掌だけでなく、柔らかい二つの膨らみが当たり、それが何か解るまでの一瞬だけ遅れて、ドキっとする。

「な、なんだよ…?」

「うふふ♡ 子どもの頃は、よくこうして 一緒にお昼寝をしたものですわ♪」

「まぁ…な」

 横並びの枕を使わず、クリスは頭も布団へ潜らせ、少年の背中で安心をしたように、静かな吐息。

「…なあ」

「はい?」

「冒険…楽しかったか…?」

「はい♪」

 明るい声の即答で、コルトも「そうだろうなぁ…」とか思ってしまう。

 薄暗い部屋で、クリスの寝息を聞きながら、コルトもウトウトし始めた。


 翌朝は早くに目が覚めると、先に起きたクリスが朝の沐浴を済ませていて、支度が済むと、二人は出発前の朝食を戴く。

 一階の酒場で食事をしながら、簡素な装備の少年剣士と、麗しいビキニ鎧の美少女騎士(見習い)が、微笑ましくテーブルを挟んだ。

「ところでコルト、これから どういたしましょうか?」

 二人の食事なのに、なんだか、昨夜ほど美味しく感じられない。

 クリスの聞きたい事は、コルトにもすぐに解り、小声で答える。

「…どうするも何も。まずは捜索隊へ連絡をして、クリスを捜索隊の本隊まで無事に護送をする。だから、クリスの正体は伏したままだ」

「イヤですわ☆」

 躊躇も間もなくプイっとソッポを向いたクリスも、凝るとから返ってくる言葉をわかっていた。

「そんな事より、ですわ。ほら コルト♪」

 少年の荷物から勝手に地図を取り出すと、食事を止めて、提案をしてくる。

「あの泥棒エルフは、街へ入ってから西の方角へ逃げました。と、私は先ほど、人々から教わりましたわ!」

 コルトが食事を持ってくる間、クリスは酒場の人たちから、情報収拾をしていたらしい。

「…だから?」

「これから二人で、あの泥棒を 捕らえましょう!」

「いや――」

「コルトっ、私と一緒に、冒険ですわっ♪」

「――っ!」

 クリスは、キラキラした素直な眼差しで、コルトを冒険へと誘った。

 正直、コルトが一番恐れていたのが、この「拒絶しきれないであろう誘い」である。

「………ぐぅぅぅぅううううううううううううう~~~っ!」

 くぐもった唸り声は、もはや断れない程に魅力的な決断を前にした時の、コルトのクセだと、クリスはよく知っていた。

 城内の森へコッソリ探検に行った時や、美味しいお菓子を掛けてゲームをした時など。

 コルトだって、現実には冒険を諦めたけれど、諦めきれてなど、全くないのだ。

「そ、それでも…っ」

 後一歩で抵抗を見せるコルトへ、クリスは、もう一押しをする。

「お城へ帰って色々と尋ねられてしまったら、私、辱められている姿をコルトが黙って見ていたと、衛士隊長へ 報告をしなければなりませんですわ♪」

 もちろん、裸で縛られていたクリスを、コッソリと覗いていた事を言っていた。

「ぉおまっ――クリっ――っ!」

「うふふ…♡」

 焦って結果的に妙な言葉を口にしそうになったコルトへ、クリスは勝ち誇ったままに輝く愛顔で、ジっと見上げる。

「……~~~っ、クリスお前っ…ずるいぞ…っ!」

 コルトだって、クリスがそんな告げ口をしない事は、解っている。

 ただ、クリスは冒険がしたいし、コルトが一緒なら安心だと言っているのだ。

 そしてコルトも、クリスを一人で冒険へ出すなんて、心配で落ち着かない。

 何より、子どもの頃からの夢だった、冒険への誘い。

 それも、クリスと一緒なのだ。

 幼かった頃の二人の時間が、また始まる。

(…俺は…っ!)

「…ぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううううううううううう~~~~っ!」

 追いつめられ行く幼馴染みへ、クリスは最後の一押し。

「私の身ぐるみを剥いだ あの泥棒エルフを捕らえれば…コルトは新米衛士から、少なくとも小隊長クラスとして、大抜擢をされると思われますわ♪」

 これでコルトも納得ですわ。

 とか思ったクリスの計算を、コルトは無碍に、否定をする。

「…城へ帰る気のないお前が、どうやって衛士隊長へ報告する気だ?」

「…ハっ! そ、それはそのっ、えぇと、ですわ…っ」

 言われた気付いたクリスは、慌てて取り繕おうとした。

 そんな幼馴染みのドシっ娘なところは、さきの泥棒エルフとの顛末でも、コルトはよく解ってしまう。

「なんか…真剣に色々と悩んだけど…」

 シンプルに、このままクリスを連れ帰っても、またいずれ城を抜け出す気がする。

 そうなったら、もっと遠くで、もっと危険な目に遭うかもしれない。

 その時の、自分の後悔を想像すると、心底からゾっとする。

(そうなるくらい なら…)

「…親父、おふくろ…出来の悪い息子で、ゴメンな…」

 と、窓から見える晴れた空へ向かって、小さく呟いた。

「? なんですの?」

「ん、ああ。解ったよクリス。俺はクリスと一緒に、冒険へ出るっ!」

「! コルト、本当ですかっ?」

 少年の輝く決意を聞いた少女は、本当に心の底から嬉しそうに、眩しい笑顔だ。

「ああっ! 冒険を諦めて衛士として死んだみたいに生きるのも、最悪とっ捕まって斬首されるのも、たいして変わらん! なら俺は、冒険を楽しんで人生を生きてやるさっ!」

 と意気込むコルトへ、今度はクリスが忠告。

「コルトったら、なんとも不吉な言い方ですわ。私は 伝説の勇者になりますの! そしてコルトは その勇者の、一番のお供となるのですわ♪」

 あくまで前向きなクリスである。

「お供かよ。まあいいや。それじゃあ とっととメシを食って、色々と考えないな!」

「はい♪」

 途端に、朝食が昨夜よりも美味しくなった二人だった。


                        ~第三話 終わり~    

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