スイカ
雪蘭
まだ、間に合う
夏。
ミンミンうるさいアブラゼミ。
リーーン、と通りすがりから聞こえてくる涼しげな風鈴の音。
少し湿った土と、独特な植物の匂い。
滴る汗の間から見える、ジリジリと揺れる踏切。
毎年、変わらない風景。
必ず訪れる、少し厄介な季節。
早朝に撒いた水のおかげか心持ち涼しく感じる縁側で、どこからか聞こえてくる子供の声を聞きながら毎年のようにゆっくりとスイカを食べる。
盆に乗ったスイカを挟んだその場所に、ただあの人がいないだけ。
アブラゼミも驚くような大きな声で私の名前を呼んだかと思うと、泥だらけのユニフォームを着たまま無遠慮にどーんと座り込み、スイカをつまみ食いする身勝手なあの人。
何度怒っても何吹く風のあの人は、太陽よりも眩しい笑顔で『おいしかった!』と言って嵐のように去っていく。
ふと思い立って壊れかけのテレビをつけてみると、そこにはちょうど打席に立つあの人の姿が映っていた。
たくさんの応援を受けてキラキラと輝くその顔を見て、後悔した。
出発の前の日の夜、訪れたあの人があまりに真面目な顔をして、『来てほしい』なんて急に言ってくるもんだから、つい『行かない。』と言ってしまったことを。
『そうか。』と少し残念そうに笑ったあの人の顔を正面から見ることもできず、『がんばって』のたった一言さえも言えなかったことを。
いつからだろう。こんなにもうまく感情を伝えられなくなったのは。
本当は、全部嬉しかったのに。
練習帰りにふらっとうちに寄ってくれることも。
応援に来てほしいと言ってくれたことも。
カメラがあの人をアップに映し出したそのとき、その手首から覗き出ているものが見えた。
それはいつか、スイカばかり食べて行くあの人に渡した、緑と赤と黒のミサンガ。
そんなに好きならスイカカラーのものでも持っておけば?と暇な時に適当に作ったもの。
あんなものをまだ付けてくれてるなんて.....。
相手投手の速球をファールにする、あの人の打球音が静かな和室に鳴り響く。
何球も粘って、ついにキャッチャーミットに球が入る音がした時、私は駆け出した。
縁側には、汗を流す食べかけのスイカが残っていた。
スイカ 雪蘭 @yukirann
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