第22話 余韻

 強敵を退(しりぞ)けたというのに、一行の空気は最悪だった。


「あの……お言葉ですが……、あの言い方は、あんまりでは……」


 ソーニャが言いにくそうにいう。


「言いすぎな部分はあったとは思う。でも、あの顔であんな恰好をして、あれじゃ売れないのもわかる」

「売れない……?」

「?……売れてるのか?」

「え……いえ……」


(ん?この反応は売れてるのか?……まあ素材は並のアイドルでは太刀打ちできないし)


「いや……もうこの話はいい……」

「……」


(知ったかぶりの発言をしてしまったかもしれない)


「私は……」


 マリアがためらいながら言う。


「小さい時から、火の訓練をしてきました。私には、それしかなかったから。……いいえ、今でもそれしかありません」

「ん……?」


(何を言っているんだ?)


「彼女も……彼女なりに頑張っているんだと思います。」

「そうかもしれないが、あれだと気にしなさすぎじゃないか?マリアだって、見た目を気にしてその恰好をしているんだろ?車の中でもその帽子をかぶっていたじゃないか」

「それは……っ!」


(常に見た目を気にしている。パフォーマーとしては一流だよ、本当)


「ご主人様!言いすぎです!」

「え……?」


 ソーニャが抗議する。


「言いすぎなことがあるか。先に攻撃してきたのは、あっちだろう!俺は反撃しただけだ。正当防衛だよ。何であいつをかばうんだ。俺が批判できればそれでいいんだろう!?」

「ちが……」

「お前だって、俺に顔を見せたくないからって、仮面をかぶってるじゃないか。この際だからはっきり言わせてもらう。不細工すぎてイライラするんだよ!」


(俺への挑発か知らないが、何でこんな不細工な仮面を買ったんだ)


「……っ!」


 ソーニャは俺に背を向けると、仮面を抑えて走り出した。


(俺の批判はするのに、自分が批判されると逃げるのかよ……)


「あの……」

「何だ?」

「いえ……」


 マリアが困惑したように俺に声をかけてきたが、言葉を探しても見つからないようだった。


「……彼女ひとりでは危険だから、行ってやってくれ」

「それではあなたが危険では……」

「俺はこの剣があるから大丈夫だ」


 そう言ってイリーナに貰った剣を見せると、マリアは戸惑いながらも、結局彼女を追いかけて行った。


……


(ソーニャは、凶暴だ。例え相手が主人であっても、平気で殺すだろう。帰ってくるときにはナイフを抱えているかもしれない。)


 俺は恐怖で身震いした。


「だからあんなに安かったのか……」


 俺は店員の制止も聞かず、即決でソーニャを買ったことを後悔した。奴隷って売れるのだろうか、と俺は考え始めた。売った方が、安全だろう。


「でも……」


 ソーニャを売ってしまったら、あの性格だと今度こそ買い手が付かないかもしれない。一生をあの店にあったような小さい檻で過ごすことになるのは、本人のせいとは言え可哀相だ。


「クソッ!」


 俺は近くにあった大樹の幹を殴った。……硬い木だった。


(手が痛い……。クソッ)


 俺がそう思ったところで、後ろから声がした。


「木の精霊が、泣いてしまいますよ?」

「精霊……?」


 聞き覚えのあるキーワードだった。森の旋律のようなこの声は、まさか……。


「アデル……」


 振り向くと、耳の長い、老婆の仮面をつけた女がいた。


「久しぶりですね、柴田様」


 藁(わら)にもすがりたい思いだったからかもしれない。彼女は森の中に立っていると、妖精のように神秘的な雰囲気をまとっているように見えた。

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