第14話 夜に溶けて

 ロドザールは魔族領と人間領の境界の近くで、北の端にある最前線の街だ。当然、ギルドでは魔物の討伐依頼が沢山あり、国からの補助金がジャブジャブ投入されている。しかも、国の騎士団の最高戦力であるSランクのイリーナも派遣されている。本当か嘘か知らないけど、彼女なら魔王だって倒せるんじゃないかって言っている人もいる。もっとも、彼女は厄介払いとしての側面も強いけど……。なんせ、あの見た目で正義感は強く、実力もあるときたら、国も扱いに困ったんだろうね。まあ、私も似たようなものか……。

 同じSランクの私は、高ランクの依頼を求めてこの街に来ていた。この街には本当に沢山の人がいる。魔族領に一番近いのに、イリーナがいることで、一番安全って言われてる。私のことを知っている人も沢山いて、「ブスしかSランクになれない」とか失礼な話をしている人もいるけど、もう慣れた。道をすれ違う女子達の笑顔も、夜に酒場の近くを通ると聞こえてくる、暖かくて楽しそうな声も、どれも私には一生手に入らないものなんだけど、もう、慣れた。


「そんなに遊んでいる暇があったら、もっと頑張んなよ。だから皆Sランクになれないんだよ……」


 聞く人もいないのに、私は説教じみたつぶやきをする。自分にはたまたま才能があったからだって知ってるし、努力している人が沢山いることも知っている。でも、私は許せないのだ。楽しそうに生きている人達が、どうしても許せないのだ。


「どうして、私だけ……」


 夜の街を歩きながら、ひとり呟く。魔女の帽子をかぶって顔を隠し、体型を隠すために黒いフードを身にまとって、私はまるで夜の闇に溶け込んだみたいだった。もしかすると、私なんて言う人間は、はじめからいなかったのかもしれない。そうだよ、私は「死の魔女」なんだし、きっと夜の闇から生まれた儚いゆ


「めっ」


ドンッ!


「いてっ」

 

 私のセンチメンタルな考えは、誰かに後ろから追突されて、突然かき消された。ぶつかられた衝撃で、思わず、前によろけて転んだ。しかも、考えの続きが声になってしまっていた。


「め?」


 私にぶつかった人が聞いてくる。そうだよね。ぶつかられて「め」なんていう人いないよね。それは聞きたくなるよ。私はぶつかってきた人を見上げて……息を呑んだ。


「ごめんごめん、よそ見してて。大丈夫?」


 そういって手をさしのべてきた。


「はい……」


 私は何かに取りつかれたように、その手を取って立ち上がった。


「……じゃ、これで」


 私の姿を見て、男は立ち去ろうとする。何というか、私に関わりたくなさそうなオーラをすごく感じた。そうだよね。私をみた男の反応なんてみんなそう。でも今はすごく泣きたい。


「待って」

「!?」


 もう歩き出していた男は、一瞬ビクッとしてこちらを振り返る。


(……ああ、やっぱり。)


 振り返ったその姿に、私は思わずため息を漏らした。


「何?」

「え……?」


 当たり前の質問なのに、私の頭の理解が追い付いていなくて、思わず間抜けな返事をしてしまった。そうだった、私が引き留めたんだった。頭がバグってちゃってるみたい。


「……あの、行ってもいいですか?」

「待って」

「え、何で?」


 何でと聞かれても、その先を考えていなかった。私はごまかすように、無理やりな理由をつけてまくしたてた。


「ぶつかってきたのはあなたでしょう?どうしてぶつかったのかくらい教えてくれてもいいんじゃない?」


 我ながら何を言っているのかわからないけど、必死に会話を続けた。ぶつかった理由なんて、普通聞かないよ!


「ちょっと後ろ見てて」

「どうして後ろなんか見てたの?」

「いや、宿があってさ」

「宿?」

「そ……そう、じゃあね!」


 男はそういって会話を中断して立ち去ろうとする。


「待ってよ」


 男はまたビクッとして、こちらを振り返る。


「あ……」


 こっちを振り返ったのを見て、またため息を漏らしてしまった。私達は、そのまま見つめ合った。

 永遠に長い時間に感じた。


「……な、何か用ですか?」


 沈黙に耐えかねたのか、男は恐る恐る聞いてきた。私はその質問にたじろいで、少し考えてから聞いた。


「……だから、何で宿の方を見てたのか教えてよ」


 何が「だから」なのかわからないが、私は必死で会話を続けた。


「奴隷に怒られてさ、逃げてきたんだ」


 男は確かにそう答えた。


(え……、今なんて言った?奴隷に怒られた?)


「奴隷に怒られるなんて、そんなわけないでしょ。適当なことをいってごまかさないで」

「本当なんだけど……でも言ったからね。はい、あなたは今理由を聞きました。俺は理由を言いました。話は終わりました。それじゃ」

「待っ」

「聞こえませーん」


 そういって耳を塞ぐジェスチャーをして歩いて行ってしまった。私はずっとその姿を見ていた。男は、怪訝(けげん)そうに何度もこちらを振り返って、私はその度にドキッとした。男がいなくなっても、ずっとそっちを見つめていた。


 気が付いたら、夜が明けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る