第12話 アルハルトの話 1

 自分の上に乗りあげて、濃色の瞳を真っ直ぐ自分に向けながら聖剣を振り下ろそうとしている青音を、アルハルトは楽し気に笑って見つめる。

 元々こう来るんじゃないかと思っていたのだ、抵抗する気はない。


 予想していたから、青音がこのまま殺すかどうか、アルハルトは賭けてみることにしたのだ。


***


 アルハルトはヒルキアの王子として生まれた。

 上に母の違う兄が二人いて、母は側室で、生まれた時から王座からは遠い子だった。

 そんな感じだから、王になろうと思った。


 別に、そこに何か特別な感情とか込み入った事情がある訳じゃない、正直アルハルトはこの国に思い入れもそんなにない。

 ただ、強いて理由を挙げるのなら、退屈だったのだ。

 退屈だったので、適当に何か難易度の高そうな事に挑戦してこの持て余した退屈を潰そうと思って、すぐに浮かんできたのが玉座を手に入れる事だった。

 それだけ。


 当時、まだ齢十二にして、アルハルトにとって人生っていうのは死ぬまでの長い暇つぶしって感じだったので。

 だって何もかもがつまらないんだもの、しょうがないじゃないか、人も物もこの世の何もかも、アルハルトの心を動かすには足りないのだ。退屈で無価値な人生だけれど、そんな無価値なモノの為に命をくれてやる気はないので生きてはいるが、退屈なのでその生が終わるその時までは暇つぶしに費やすことにする。


 王冠をとろうと決めて、次に考えるとこは方法だった。


 マァやり方はそれこそいくらでもあるさ、要は現段階で邪魔な現王と兄二人を始末すればいいんだから、暗殺するなりクーデター起こすなりなんなり。堂々と広場にその首を並べる方法も、表向きは病気ってする方法も、事故だと思わせて始末する方法も浮かんでくる。だけど、そんなありきたりな方法じゃァ芸がないだろ。そして何より、そんなんで決着が付いたらつまらないじゃないか。

 アルハルトが王座をとると決めたのは現状が退屈だからだ、ならば手段も退屈を紛らわすことのできるものにすべきだろう。

 うん。

 そこまで決めて、さて何をしようかと考える。


 アルハルトは基本、何事においても面白いかつまらないかを判断基準としている。なので面白いと思えば腹を痛めて自分を産んだ女の死すらも笑って眺めるし、つまらないと感じれば途中だろうが中途半端だろうがその時やってることを簡単にやめる。無責任。

 実はその無責任でその時すでに数十人が死んでいたりする。別にアルハルトが直接何かをしたわけじゃない、誰の目から見てもその死にアルハルトがかかわっているとは思えないだろうそれは、けれども原因はアルハルトだし本人もソレらをしっかり把握している。把握したうえで、その件に関して何かを感じたりは全くしていない。

 そんな奴なので今回のコレも途中で投げ出す可能性は普通にあるし、その果てに国や国民がどうなろうが本人は何もかもがどうでもいいのだろう。


***


 勇者になってみよう。


 アルハルトは決心した。

 きっかけはとある童話だ。

 この国の興り、千年以上前に異なる世界からこの世界に来た最初の勇者、アルハルトのご先祖様に付いて子供向けにわかりやすく綺麗に纏められた物語。


 その物語に一度目を通し、二度目を通し、三度目辺りでそう決めた。

 誰もが知っている御伽噺に憧れたとかそういうのじゃァ全然ない、コレはあれだ、目標達成のための方法。

 伝説とか伝承はいいぞ、過去の伝承が素晴らしい偉業であればそれで手っ取り早く人間から好感情を得られる、大変便利だ。

 過去にもこの国では王家の血がほんのちょっぴり混じってただけでも勇者として選ばれ魔王討伐したって理由で王位を手に入れたって話が、ざっと四件はある。先代の勇者が十二人目だから三割位がそうってことだ。

 十二人、勇者がそれだけいたってことはつまり、それだけの回数魔王とやらは忙しく人類を滅ぼさんと力を尽くしたというわけだ。結構なことだ、人間に一体どんな恨みがあってそんな事をしているのか気になるな。


 マァそんなワケで、アルハルトは勇者になってみようと思う、もちろん勇者というのはなりたいからってなれるわけじゃない。そんなんでなれたら今頃世界中でちびっこ勇者が大量に暴れてるだろうさ。けれどもこの勇者、どういうわけかヒルキア王家の血筋の人間が選ばれるのだ。

 これに関してはマァ初代勇者の血族だからっていうのが理由だろうが、けれどそれじゃァ女神はどうして態々子孫を選んでいるのだろうか、だってそうだろう、人間なんてみんな同じようなものなんだから誰でもいいじゃないか、否同じようなのだから異世界の人間の血筋が区別できるのか。そもそも魔王って何だろう、どうして何度も斃されてまだあきらめず侵攻してくるのか。


 こうして考えるとこの世界は、良く分かっていないのに色んな事を受け入れて回っているらしい、中々面白いのでちょっと調べてみることにした。

 後、そこら辺が分かれば、アルハルトが勇者になるのも不可能ではないだろうかって思うのだ。

 つまり、勇者云々は結構ついでだったりする。


 マァいいじゃないか、最初の目的からそもそも退屈しのぎだったのだから、その為の目的を作っても別に面白いことがあれば途中でわき道に逸れることだってあるさ、最終的には達成すればいい。

 出来なかったら、それはそれで面白いじゃァないか。


***


 伝説。伝承。言いつたえ。

 不確実な噂話から古代の書物にいたるまで色んな情報を集め、精査し、そうして立てた予測としては、魔王侵攻の原因を作ったらワンチャンあるかなぁって感じだった。

 何ってそりゃ、勇者になる方法。


 アルハルトがまず調べたのは魔王とは何かって事だ、当然ながらそんな情報中々出てこない。その果てに地下街に出入りするようになったし自分に呪術の才能があるのも分かったので費やした時間は無駄ではなかっただろう。


 さて、魔王とはそもそも元は神だったのだろう、正確にはその一部。

 女神と一緒にこの世界を作った神、魔神と呼ばれているソレのことだ、一緒に作っていたけれど途中で何かしらのいざこざの末二柱の神は争い殺し合う。結果今この世界で信仰されているのは女神サマ一柱だけになったのだろう。


 だろう。流石にそんなに詳しいことはなかったので殆どアルハルトの推測だ、だが大体あってるっぽい。そもそも魔神自体詳しい詳しい伝承がどっかにある訳じゃないし、魔王とかそこら辺の話も詳しい情報はないのだ、だからどうしようもない。むしろ僅かな情報からここまで推測したアルハルトが大分可笑しい。


 デその女神サマに負けたもう魔神は、けれどそれで消滅したりすることはなかった。その一部が魔力であり、魔族とか魔獣であり、そして魔王と魔法使いって呼ばれている連中。この情報は信憑性がある、なんせ偶然出会った魔法使いに直接聞いたのだから。

 どうも女神は打倒した後の魔神の体は両手足、胴体、頭、そして心臓に腑分けしたらしい、猟奇的だな。けれどもマァ敗者のその後を決めるのも勝者の特権だろうさ。

 そして腑分けされた魔神の心臓が今の魔王となり、それ以外が今の魔法使いとなったらしい。魔王と魔法使いに違いなどないが、けれども心臓から出来た魔王は魔神の恨みつらみその他感情を全部高純度で受けついているから今でも女神と、その女神が生み出した人間を滅ぼそうとしていて、その結果が魔王という呼称だそう。


 アルハルトが出会ったその魔法使いは右足だったから詳しい事はそれ以上知らないが、どうしても知りたいんなら頭部を探すと良いと言われた。頭から出来た魔法使いは記憶を全部受けついてるらしく、きっとアルハルトの憶測に正解をくれるだろうから。


 なんだか神話の裏側を覗いてるようで大変楽しかったアルハルトはそれからどうにか他の魔法使いも見つけようとしたが、この広い世界にたったの六人しかいないそんな存在は結局見つけることは出来なかったので素直に諦めた。むしろ偶然見つけることが出来たのが幸運だったのだろう。


 にしても魔術や呪術を魔神の力だというのは間違っていないのだから凄い、一体どうしてわかったのだろうか、それとも本能的に自分達とは違う何かの気配を感じたのだろうか。


 さて、それじゃァどうして魔王軍を呼び寄せたらワンチャン勇者になれると思ったのかっていうと、今度は初代の子孫が女神さまから勇者に選ばれていることに対する推察だ。

 今度は女神にでも聞かない限り分からない問題なので完全にアルハルトの勝手な妄想ともいえる。

 そもそも最初に異世界の人間に任せた理由ってのが分からないが、そこはこの際無視するとして、多分女神としてそこで魔王を完全にどうにかして欲しかったのだろうな。それが結果的に十回以上も魔王復活を成し遂げたんだから、ソレを初代勇者の責任としてそれ以来その血族に丸投げしたのだろうな。

 この考察聞いた魔法使いも多分あってるって言ってたからマァそういう事なんだろうな、女神ってのは結構愉快で適当な性格っぽい。


***


 さて、ワンチャン勇者になれる方法を考えてみたが、その足で魔大陸に行ったとことでマァ、出来なくはないだろうがもうちょっと色々考えていた時の事だ。

 頭から角生やした少年を見つけた、フードを被って分かりづらいが頭からしっかり黒い角が見える。

 人間みたいな見た目なのに人間にはない角、ちょっと不思議に思って声を掛けた。


 魔王の子、的なやつだそう。


 魔王の子、魔王って子供が出来るのか、驚いたアルハルトはそこからさらに色々踏み込んで聞いていた。

 今の魔王の現状とか、子供って何とか色々。

 魔王の子供ってのは、正確には心臓らしい。


 心臓。

 魔神の心臓が魔王になったみたいに、魔王の心臓は取り出すと体が生えて来るらしい。何があってもいいように心臓を抜き出しといて、ソレを子供って呼ぶそう。なんで子供なんだろう、否今魔王って呼ばれてる奴が討たれたらこっちが魔王になるからマァ、次世代ってことでそうなるのだろうか。なるのかなぁ。

 アルハルトは人間なので人外の考えは分からないから適当に頷いておく。

 それと、どうも現在の魔王は人間と敵対する気が無いらしい。

 敵対する気がない、マァ、流石に千年以上経ってもまだ恨みを忘れずに人類滅ぼしに行ったりできないだろうなぁ。他者に感情を抱くのって、疲れるからなぁ、そりゃ流石に燃え尽きるよなぁ。


 でもそんなのはアルハルトには関係ないし、まだ燃え尽きられちゃ困る。

 だって魔王が居なきゃ勇者は出てこない、別にものすっごくなりたいわけじゃないが、アルハルトが折角勇者になろって感じに決心したんだから魔王にはまだまだ現役でいてもらわなくちゃならない。

 ならどうしようか。


 そんな事を考えながら会話を続けて、コレはある意味好都合化と思う。

 自分は運が良かったのかもしれない。


 そっから更にちょっと話して、なんやかんやと最終的に実家まで連れてって隅の方の地下に運び込んで拘束、監禁。そうしてアルハルトは手際よくその少年を誘拐した、なんかもう、手際が良すぎて才能っていうのすら感じてしまう。


 そんな最早誘拐犯の才能がある気がしてきたアルハルトは、とっ捕まえた魔王の子、ヴァイスというらしいその少年を前にさてどうしようと考える。

 因みにこのちょっと一息ついて考えるって段階に至るまで、色んな鈍器とか刃物とかで殴ったり切ったりしようとしてけれど全く攻撃が通らなかったからだったりする。

 触った感じはそこまで硬いようには感じないが、やっぱり人間じゃないが故の硬さだろうか、あるいは何かが破壊を阻止しているのか。


 そこら辺が気になったアルハルトは更に色々試してみる。

 加護が付いてるモノは攻撃可能、魔術的なモノでも攻撃可能、呪術も効いた。つまりは人間の力じゃダメージは与えられないがそれ以外なら可能ってことだ、なるほどなぁ。だから勇者に聖女とか聖騎士とか付けるのか。


 さて、どうして態々そんなに苦労してヴァイスを攻撃しているのかだが、別にアルハルトに嗜虐趣味があるとかじゃァ全然ない。人の悲鳴聞いても楽しくないし、血を浴びても肉を裂いても骨を砕いても気分は高揚しない。

 ただ単に、こうしたら魔王の侵攻が起こるかなって思ったからだ。


 魔王だろうがその心臓だろうが似たような物だろうと思ったからやってみたが、どうもうまくいったらしい。


 さてコレで勇者が選ばれるなら、ソレはアルハルトになるか、あるいは全く無関係の奴が来るかだろうな。

 どんな結果になるかな。

 楽しみ。


***


 青音というらしい、誰ってそりゃ、アルハルトの計画を失敗に終わらせてくれたヤツの名前だ。

 紺色の髪に濃色の目、まだまだ幼いという言葉で形容できそうな少年は、どうやら今回の魔王への勇者として呼ばれたらしい。

 今回の女神さまは初代のように異世界の人間にこの件を解決してもらうことにしたらしい。結構なこと。

 マァ順当、正解だな、正直そう来る可能性は考えていたのでこの事実を潔く受け止めよう。ちょっと残念ではあるが別に勇者って存在にそこまでなりたかったのかっていうとそれ程じゃないし。なんだかコレ負け惜しみっぽいな。


 そして女神に呼び出された少年にみんな夢中だ、なんせ初代と同じ異世界の人間なのだからな、御伽噺の世界が目の前に広がってる気分なのだろう。

 対して少年は、どこか虚だ。何というか、弱々しいというか、生気がないというか、ぼんやりとしたいる。何を言われてる曖昧に返事をして、話を聞いてるんだかいないんだか、ないのかもしれないな。

 最初はそれくらいにしか思わなかった、なんせせっかくの計画が潰れたので次の手はどうしようか考えていたのでそこまで興味が持てなかったのだ。


 何も映さないような、空っぽの濃色の瞳がアルハルトを映した。

 それは一瞬の事だったがけれど、なんだかその瞬間だけ妙に時の進みが遅くなった。

 何が起こったのかっていやぁ青音がちょっと周りを見回しただけ、それだけだ、その途中でアルハルトと目が合った。

 それだけで、アルハルトはその少年から目が離せなくなった。


 マァ、所謂、一目ぼれって奴だ。

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