第11話 仲間の話 4

 というわけで辿り着いたソルテラ。

 別にここまでの道中を端折ったわけじゃァない、クレファムが転移的なのを使って四人をここまで運んだから存在しないだけだ。

 ご丁寧に島どころか目的の人物がいる場所まで直通で通してくれたクレファムにチラリと視線を向け、直ぐに逸らす。


 ソコは恐らく、何処かの建物の一室。

 長い間誰も立ち入らなかったのだろうソコは明かりが無く暗いが、暗視機能もしっかり搭載されてる青音には色々くっきり見えた内装は、マァなんというか廃屋ってイメージそのままって感じだ。

 何もない部屋だ、強いて何かを上げるのなら奥に置かれている机と、その上にはゆりかご。ゆりかごの中には干からびた胎児の死体があるようだ。

 そしてそのさらに奥、ゆりかごから伸びた蔦のような物が壁に絡みついていて、その中から僅かに人間のミイラらしきものが見える。


「……エイン」


 ぽつりと、青音の口からそんな声が漏れた。


 小さな呟きが聞こえたのだろうクレファムが僅かに目を細め、それから少年二人に近寄りながら指を鳴らす、途端に部屋の中が明るくなった。状況が上手く呑み込めずに目を白黒させてる二人の肩に手を置き、何かを囁いて机の上のゆりかごを指さす。


 アレは良くないな、青音はソレを見てそう思ったのに、うっかり反応するのが遅れた。この状況はもう何をしてもどうしようもないとは言っても、それでも被害を抑えたいって思いはするのだ。

 マァ遅れたが。

 でもしょうがないだろう、感傷に浸る時間くらい欲しいさ。

 だって、青音にとってエインローゼはちょっと特別な相手だったのだから。


 前回青音がクレファムの呪いをどうにかしようと魔女が多くいるソルテラに侵入して手伝いを頼んだ相手が、エインローゼだった。

 別にソレはエインローゼの優しさとか善意とかじゃ全然なく、ただクレファム本人とかかっていた呪いに興味を持ったが故だったように思える。アレはどう考えてもモルモットを見る目だった。けれどクレファムに対しては殺しても死なないという判断を下していた青音はそれでも良しと解呪を頼み、結果的にパーティ内に魔女が加わる事となった。因みにそこまでの道中で散々反対してきた他の三人には諦めの感情がわかりやすく込められた目を向かれらた。


 けれども、青音の行動はどうやらただ無意味に時間を使ったわけじゃァなかったらしく、ソルテラのとある古い洞窟の中で転移陣を発見した。その陣は別に魔界への直通ではなかったが繋がった先にある海の中の国には魔界への直通陣があったし、その先で更に二人程魔法使いと出会った。

 中々楽しい経験だった。


 さて、そんな感じで仲間に加わったエインだったが、当然のようにパーティ内で浮いた、ソレはもう浮きまくった。

 特に聖職者二人は魔女にいい感情を持っていなかったし、エインローゼはエインローゼで気が強く口も悪いし手が出るのも早かったのでちょっと目を離すと口論が始まり直ぐに殴り合いに発展していた。

 因みに、この直ぐに殴り合いに発展していた三者だが、ライラは穏やかに笑い慈悲深そうな緑の目をしていた優しそうな美人だったし、イルムはお上品そうにすまし顔で口数も少ない冷静そうな感じの美青年で、エインローゼは体を構成する色素が全部驚くほど白に近い幼く愛らしい美少女だった、つまり三人とも殴り合いという単語から遠い外見だったわけだ。

 そんな三人が拳を握りしめ時にそこら辺の手ごろな石や木の棒を手にとり、時に加護と呪術をフルに活用し、時に己の肉体のみで殴り合う。服には返り血が飛び、口から血や時に殴られて抜けた歯を吐き、骨が砕ける音や体に何かが叩きつけられる音、呪いで精神攻撃を受けて響き渡る叫び声、聖女の浄化を受けた魔女の苦しみの声。

 響き渡る騒音に青音は終始どうしたら良いか分からずただ黙って眺めているだけだった。


 そんな風に数ヶ月の間、全力でぶつかり合った三人はいつの間にかお互いを認め合って茶をシバきながら談笑する仲になっていた。他の二人もその輪の中に溶け込んでいて、一人その状況に付いていけなかった青音はちょっと離れた場所から不思議そうにその光景を眺めていた。


 一体何があったらあの壮絶な喧嘩を繰り返すあの三人が仲良くなれるんだろうか。

 全く理解できなかった青音は素直にエインローゼに聞いた。

 そして返ってきたのは呆れたようなため息と、「自分で考えなさい」っていう言葉だけだった。

 その言葉に素直にうなずいた青音は色々考えた。


 でも考えても分からなかったので、取り敢えず友人と殴り合ってみた。

 友人は訳が分からないという表情を浮かべながらも優しかったので青音に付き合って殴られてそのまま一週間寝込んだ。凄い怒られた青音はそのまま落ち込んで、だけどやっぱりわからなかったからそのままエインのところまで行ってもう一度聞いてみた。


 その件のいきさつを聞いたエインローゼは、堪え切れなかったのか笑い出して、そのまま青音にしょうがないやつという目を向ける。

 笑いの衝動が収まったエインローゼは、今度は呆れながらもちょっとだけ笑って「その内分かるんじゃない?」と返してきた。


 どういうわけだかそれ以来、エインローゼは良く青音に声を掛けるようになった。

 何かあった時にその時どう思ったのかとか、何がしたいのかとか、何が好きで何が嫌いで何が嬉しくて何が嫌なのかとか、他の人ならこの時何を感じると思うだとか。色々。今思うとアレは情操教育的なヤツだったのかもしれない。

 何でそんな事をしたんだろうなぁ、青音はいまだにその理由が良く分からない。でも多分、それがあったから青音は人らしくなったんだろうと思うから、エインローゼには感謝している。


 そして、質問に対する答えが少しずつしっかりしたものになった時の満足そうな笑いを見ていると、何かしら他の人らとは違う感情が沸いてきたりもした。

 あの感情を何と評そうか、憧れというか、喜びというか、青音にはまだ良く分からないタイプの感情だ。でも多分、俗にいう恋ではなかったのだろうな。恋というにはいささか冷めていて、薄く弱々しかった。

 それでも愛に類するものではあったのだと思う。

 そんな相手だから、存在を無視できなくって、明らかに怪しかったのにわざわざ来たのだ。


 そんな相手の成れの果ての姿を見て、ちょっとくらい動きを止めてもいいじゃん。ね。

 でもダメなんだろうな~~。だって、固まって動けない青音を置いてカエラムが駆けだして、その後をアレクが追いかけて行ったもん。いつだって現実は待ってくれないのだ、時間は止まらない進み続ける、ホント最悪。


 まだギリギリ間に合いそうだと思って一歩踏み出して、けれどもそんな青音を後ろから腕の中に抱き込んで誰かが止めた。

 視界の端に映るのは綺麗な白金の髪で、この空間でそんな色をしている人間は青音の見る先で赤毛を追って走っている。


「だぁめ」


 とても、優し気な声だった、甘く、耳障りのいい。その声で言われたことは何でも一瞬信じてしまいそうなくらい、心に入り込んでくる声。聞き覚えのある声だった。

 そんな声が耳元でささやいたその言葉に、あぁそういう事かとこっちに来てからの事柄の裏を大体察した、察してしまえばこの後の出来事も予想できる。

 本来は止められないくらい力を込めて動こうとしてるのにどうやったのか完全に止められて、目の前ではカエラムがゆりかごを剣で突き刺している。

 呪いの媒体である胎児のミイラが壊れ、壁に絡みついた蔦とその中にいたエインローゼのミイラが形を保てなくなりチリとなって宙を舞い、魔力と混ざり合ってカイラムに纏わりつく。


 そこからはそれこそ一瞬だ。

 後ろから声を掛けたアレクがそのままカエラムに心臓を刺され、ソレが条件だったのか前に感じたカイラムにかかっていた術が発動して、絶叫を上げながら黒ずんで、数秒としないうちに干乾びて形を保てなくなりチリとなる。

 アレクの方は幾ら力が弱くとも聖剣を持っているからか心臓を刺されたくらいじゃ死ななかったが、カエラムに纏わりついてた呪いの残滓と混ざった魔力が周りを取り囲むとそのままカエラムと同じように黒ずみ始め、呻き声を上げて倒れ、今度は溶けるように体が崩れ墨汁のような黒い液体の水溜まりが出来る。


 己を抱きしめてる人物の満足げな感情を感じ取り、青音は強引に体を離す、今度は簡単に振りほどけた拘束にイラだちながら、顔を後ろの人物に向ける。


 白金の髪に青空を映したような色の瞳、輝かんばかりの麗しい顔に満足げな表情を浮かべたその青年は、アレクによく似ていた。否、アレクがこの青年によく似たって方が正しいのだろうな。


「……アルハルト」

「アルって読んでよ、アルハルトだとちょっと距離を感じちゃう」


 青音の元仲間、ヒルキアの王子だった、初めて出来た友人は、そういってちょっと不満げな表情を浮かべた。


 「……それで、アルハルト」

「アルで呼んでってば」


 青音の肩に腕を回して、おどけたように、でも楽しそうにニコニコとそんな事を言うアルハルト。対して青音は、何とも言えない、どんな感情を出力したらいいか分からず微妙な表情を浮かべている。


「……アル」

「なぁに~?」


 ニッコリ。

 数秒の葛藤の後絞り出した青音の声に、アルハルトは実に楽し気に笑い、横から青音に抱き着いて頬ずりまでしだす。大変ご機嫌な様子で実に結構なこと、鳥肌が立ち寒気がするからあまり触らないで欲しい青音は、全力でアルハルトの肩を押して引きはがす。


「クレファムはどうしたの?」

「エ、殺したけど」


 どこまでも軽く、そう答えたアルハルトに青音は拳を握りしめて短く「……そー」と呟き、深く息を吐いて、握りしめた拳をその大変綺麗な顔に叩きこんだ。

 全力で殴ったのに対してダメージが入ってなさそうな姿にもう一発入れ、襟元を掴んで引き倒す。

 肩に足を乗せて仰向けに寝かせて、馬乗りになって聖剣を逆手に持って振り上げ、そのまま振り下ろす。


 別に、コレはクレファムを殺したことに対するだけじゃない。

 前回の事と今回の全部を含めたことに対する青音の怒りだ。


 前回、そもそもヴァイスが王城の隅っこの地下室でボロボロの状態で鎖につながれてたのも、その後青音がヴァイスを魔王城に送り届けている間にイルムがとっ捕まったのもライラが自爆特攻仕掛けてきたのも何ならエインがさっきまでここで干乾びてたのも大体全部コイツの所為なのだ、なんせ前回帰ろうとした青音に聖域でそんな感じの事をネタ晴らしをしてきたので。


 そんで今回は良く知らないが、それでもさっきの様子を見る限り多分コイツが原因なのだろう。

 アルハルトは人間だ、否やってくれやがった事を考え見て青音としてはコイツを魔王と呼べって言いたくなるような奴だが。少なくとも生物的には、ただちょっと魔女となるには足りないくらいの呪術の才能がある普通の人間だった。そんな奴がどうして今も生きてるのかとか色々思うところはあるが、それでも今回もしっかりやらかしてくれやがったらしい。


 だからコレは、そんな二回分の怒りを込めての行動だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る