第9話 道中

 違和感。


 夜明け。

 色々とあり、るんるんと出て行った宿にちょっと沈んだ気分で戻ってきた青音は、入り口の扉を開けようとして止まる。


 なんだか、妙に静かなのだ。


 別に人の声がしないことを訝しんでいるわけじゃァない、そもそも今は朝日がまだ完全に登り切っていない様な彼は誰時、きっとまだ寝ている人も多いだろうから声がしなくとも可笑しくない。

 けれどそういうのではなく、青音は今目の前に建つ建物から人の気配が殆どしないように感じる。

 故の、違和感。静けさ。


 扉の前で数秒立ち止まり、どうするか考えてから、マァ正面突破でいいかと警戒心を投げ捨て堂々と扉を開け中に足を踏み入れる。


 入ってすぐ。

 無人。


 少し進む。

 一人。

 知っている人間のモノだ。

 今代の勇者君のお供、名前はカエラム。青音がその存在を認識してすぐ少し奥から当人が姿を現す。


「アオさん……」


 赤髪の青年はその髪と同色の瞳を見開き、驚いたように青音の名を呼ぶ。

 カエラムに顔を向け、静かに一瞬観察するように全身を見てから青音は顔に笑顔を貼り付ける。


「……おはよう」

「おはよう、ございます……」


 気まずそうに青音を見て挨拶を返すカエラムは、青音の前を通って階段を登り、途中で止まって振り返る。


「今日ここでるんですよね」

「そうだよ」

「顔出せないけど、出る時は勝手に出ていいって宿の人が」

「……そう」

「はい」


 沈黙。

 そこまで話して話題が尽きたカエラムが暫く黙ったまま青音と向かい合ってから、気まずそうに顔を逸らして階段を登っていく。


 多分だけど、宿の住人は今頃あの世だよ、とは思ったけど言わないでいた青音はその背中を見つめながら、壁に寄りかかり腕を組んで目を伏せ、どうしようか考える。

 カエラムから感じる呪術の気配、一体どうするのが正解だろうか。

 発動前、条件在りか、術者の任意のタイミングで発動するか、どちらにしろ青音に解呪なんて芸当は出来ないのでそっち方面での解決はムリ。

 そして今回の呪いも、術死は青音が間違っていなければの元仲間の魔女の仕業だろうな。

 イルムからも、僅かだが似た気配がした。

 随分活発に動いているらしい。


 犯人に目星がついた、であれば取るべき選択は、このまま魔女探しに向かうか、何か問題が起こる前に人のいない場所までカエラムを連れてって死体すら残らず処理するしかの二択だろうか。


 少し目を離した隙に呪われるなんて、一体何をしたというのだろか。


 外に出て、考える。

 思い浮かぶのは件の魔女、白銀の髪と瞳の美しい少女。名はエインローズ、青音はエインと呼んでいた。


 一体彼女は何がしたいのだろうか。

 そんな疑問が湧いて、「マァ想像は出来なくもないけど」と日の出を眺めて呟く。


***


 燃え盛る火を瞬きすらせず無言で眺める。

 本日は町までたどり着けなかったので野営だ。

 一か月は寝なくとも問題ない青音は火の傍に座って何をするでもなくボーッとしていた。


「そうしてると、死んでるみたいですね」


 声を掛けられる。

 チラリと視線を向けると、感情が読めない笑みを浮かべたアレクが立っていた。


 一瞬、その笑みに一瞬、友人の姿が被って、思わず目を逸らした青音はしまったと思ってもう一度、自然に見えるように顔も一緒にアレクに向けて口を開く。


「カエラムは?」

「寝ました」


 屈託なくそういうアレクはけれど、ズボンのポケットから何かの瓶を取り出して答える。

 その瓶には見覚えがある。

 眠剤だ。

 ただし、地下街でしか売っているのを見たことないのでアレクのポケットから出て来るのは少しばかり不自然で、でもやっぱり少しばかり懐かしくて、自然に浮かんでくる昔の記憶から意識を逸らす。


「寝かせた、の間違いじゃない?」

「そうですね」

「よく使うの」

「彼、心配性なので」

「あんまり使うと、効き目が悪くなるよ、ソレ」 

「そうなんですね、気を付けます、でも今回はアオさんと二人で話がしたかったので」

「ワ、熱烈だぁ、なんの話がしたいの?」

「そうですねぇ」


 瓶をポケットに仕舞い、青音の傍に座ったアレクはちょっと考えているようなポーズで少し黙る。


「アオさんがボクに何をさせようとしているのかとか、隠してることとか、どうしてボクたちに同行したか、ですかねぇ」

「堂々と聞くじゃん」

「コレが一番聞き出せる気がするので」

「ふぅん」


 アレクは笑っている。

 こうしてみると、この少年は随分可愛くない性格をしているらしい。

 その全てが、嫌になるくらいには青音の記憶を刺激する。


「魔女をどうにかしたいだけだよ」

「どうして態々ボクたちを助けるんですか? 理由がないでしょう」

「正直、お前らはどうでもいい」

「やっぱり、そんな気はしてました」

「でも、魔女の方はどうでも良くないから」

「……そうですか」


 それだけ答えて、青音は火に向き直る。それ以上は何も言う気が無いという意思表示だ。その意図に気付いたらしいアレクはそのまま立ち上がって寝床に戻る。


 完全に遠ざかったのを確認して、青音は詰めていた息を吐く。


 答えなかったアレクの問。

 一つ目は正直青音にも分からない、でも聖剣を持っているのならきっとアレクには何かする必要があるのだろうなと思うのだ。

 けれど正直、アレクの持つ聖剣からは余り力を感じない、恐らく魔王やそれに類する存在を殺すことは出来るだろうが、持ち主を補助したりする機能はないように思う。

 女神の方で、何か起こってるのだろうな。

 二つ目は、アレクとてホントに答えるとは思ってなかった問だろうから何も言わなくともいいだろう。

 正直隠してることが多すぎて言う気になれない。


 アレクは本当に、よく似ている。

 嘗ての仲間、青音の友人、今いるこの国の当時の王子に。

 直接聞いたことはないが、アレクは恐らくこの国の王族なのだろう。友人の、子孫なのだろうな。


 だから、エインは呪ったのだろう。


「恨んでいるんだろうな」


 エインはきっと恨んでいる。

 だから、友人の血族を軒並み殺そうとした。

 アレクを殺せないからカエラムに何かしらの細工を施したのだろう。

 そのために邪魔な青音を引き離した、もしかしたら青音が所持していたライラの聖遺物を消費させるところまで考えていたのかもしれない。


 でも、らしくないとも思う。

 らしくない、青音の知るエインはこんな回りくどいことはしなかった筈だ。マァ青音が知らないここ二百年で性格が変わったんだったら何も言えないが。

 でもやっぱり、この行動には違和感がある。


 エインは術が効かなかったらそのまま前に出て相手の頭カチ割るタイプの魔女だったんだがなぁ。

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