第8話 仲間の話 2

 振り下ろした剣を片手で適当に持って、教会跡地を眺める青音の横面目掛けていつの間にか近くに居たイルムが蹴りを入れ、ソレに対して横に軽く飛んで避けながら体をその方向に向ける。

 直ぐに距離を詰めもう一度頭目掛けて飛んできた蹴りを体を後ろに倒して避け、顔のど真ん中狙って突き出された拳を一歩右に足を踏み出して避け、今度は下から顎目掛けて飛んできた蹴りを後ろに伸び退いて避ける。


 数秒の内に繰り出される攻撃に青音は懐かしいなぁと頷いた。

 懐かしい。イルムは昔っから咄嗟の攻撃は武器ではなくステゴロだった、何なら気分が高ぶると剣を投げ捨て生身で殴り込むタイプだった。

 何分、顔の作りがお上品で色彩が全体的に淡いから初めて見たときは本気で驚いたが、マァ多分しっかりと教え込まれた剣術よりも握りしめた拳の方がよっぽど攻撃力が高かったので多分才能がそっち方面に振られていたのだろう。

 絵ズラが少しばかり野蛮だが、とても楽しそうに殴ってるので青音は好きにさせていた。


 とはいえ今回のコレはあまり楽しそうに見えないし、何よりも、らしくないなと思う。マァ二百年の間で人格が変わったからだと言われたらナンも言えないが。


「いきなり攻撃は酷くない?」


 青音はイルムに倣って聖剣を投げ捨て、一歩前に力強く踏み出し握りしめた拳を振りぬく。狙いは顎、マァ当然のように避けられそのまま腕を掴まれる。そりゃマ青音は別に喧嘩慣れしてるとかは全然ないし、なんならステゴロの経験すらほぼないので当然と言えば当然の結果。やっぱり無理かぁと掴まれた腕にチラリと視線を向けて思う。


「お前、自分にそのセリフを言う資格があると思ってるのか?」


 掴んだ腕を引き寄せ、ようやく口を開いたイルムの言葉に、青音は笑って「もちろん!」と爽やかに返す。その顔だけ切り取ったら多分青春モノの作品の表紙を飾れるような夏の晴れ空のような笑顔に、イルムは「おぉ、いい返事」とちょっと驚いた様に呟きながら掴んだ腕でそのまま振り上げ青音の体を地面に叩きつける。


 地面はへこんだがマァこの程度じゃ痛みはほぼない、というかダメージすら入らない。聖剣の力である。持ち主に対して自動で発動する幾つかの能力の一つだ、ついでに常人なら骨が折れてるだろう力で握りしめられ腕も全然ノーダメージで。ソレをイルムは何と呼んだらいいのか分からない感情がぐるぐると渦巻いてる空色の目でジィ……と見つめている。追撃はない。青音も片腕だけ掴まれたまま地面に寝転がってイルムを見つめ返す。


 両者無言で見つめ合って数秒、青音が捕まれてもずっと握りしめたままの手を動かして、手の中に握っていた何かを親指でイルムの顔目掛けて弾く。

 対してイルムは青音の動きに警戒し咄嗟に反応しようとして、飛んできたモノの正体に気付いて動きを止める。


 ソレは指輪だ。

 銀に青い宝石の付いた指輪。

 イルムの完全に迫ったソレは、鼻先にあたる直前に静止し光を発する。その光がイルムを包んだ、青音が力任せに教会にぶつけたのと似た、けれどどこか優しい気がする光に、青音は寝転がったまま贔屓かなぁと内心思う。

 状況が違うとはいえ青音に対しては大分攻撃的だったのにイルムに対しては随分と優しい。


 力が緩んだ腕の拘束を振りほどき、青音は体を起こしてイルムの方を向く。


「……ライラのか」

「正解」


 光が消え、光を発していた指輪も消え、けれども指輪が浮いてた空中を何も言わず暫く見ていたイルムは静かに呟いた。

 別に、返答は求めていなかったのかもしれないが、それでも青音はそんなイルムに是と返す。

 聞いてるのかいないのか分からない表情のイルムは、力尽きたようにその場に座り込んで息を吐くように、あるいは囁くように「どうして?」と尋ね、青音はちょっと悩むように首を傾げ視線だけを動かしてグルッと一周、それから短く「勘」とだけ答える。


 この世界では、女神から加護を与えられた人間は聖女や聖騎士と呼ばれ、彼らが死ぬとき稀に聖遺物と呼ばれるその加護が込められたアイテムが残される。

 青音が投げた指輪はライラが青音の手を取るときについでのように握らせてきた物で、聖遺物になっていたのでそのままずっと保管していたヤツだ。ライラは浄化の加護を持っていたのでその指輪にも浄化の力がある。聖遺物は基本的に、一度発動したら止めるまで発動し続けるヤツでもない限りは一回限りの使い捨て。

 何でソレが直ぐにライラの物だとイルムが気付いたのかに関しては、そりゃその指輪はイルムがライラに送った物だからだろう。別にもっとロマンのない理由だっていくらでも出て来るが今回はそういう事にしておく、態々聞くのも無粋だしな。


 ジャァ何故ソレをイルムに使ったのかというと、そりゃなんだか呪いの気配がしたからに決まってるだろう。中にいる人間から呪われている気配を感じたのでどうにかしようとしたのだ。

 聖剣にだって浄化系の力はあるが残念ながら持ち主に対して限定だし、純粋な力をぶつけてみてどうにか出来ないかなぁと思って廃教会吹き飛ばす勢いでやってみたが意味はなかったので手持ちで唯一どうにか出来そうなアイテムを使ってみただけだ。

 青音は別に戦闘をしたかったわけではない、ちょっと話したいなぁという軽い気持ちで会いに来ただけだ。人間の味方をしたいわけでもないので、もしイルムが人間を滅ぼすぜイェーイとか言い出したら手を貸してただろう。マァ狙いが青音の命だったら流石に逃げていたが、それでも戦闘の意思は最初からない。


 青音のこの呪いの感知能力はただなんか呪われてんなってのが分かるだけで一体どういう呪いなのか分からないので、もしかしたらイルムは実はもう死んでて死体を呪術で動かしてるだけとかなら呪いを解くより両手足切り落として動きを止めた方がいいが、呪いを解いた方がいい気がしたので解いた。

 その行動を取った理由は完全に勘だ。


 勘だけで行動しているフシがある青音に、イルムは息を吐いてからちょっと笑った。


「変わらないな」

「人はそう簡単には変わらないさ」

「否、変わらないどころか、ちょっと縮んだか?」

「九年若返ってから二年年喰ったから、実質七年若返ったね」

「なるほど」


 小さく呟いて、納得したようにうなずいたイルム。


「何で、出てきたの?」


 落ち着いた状態のイルムに、青音はちょっと気になる事を聞いてみることにした。

 この出てきたっていうのは、イルムが囚われていた地下牢獄の事だ。

 青音の問に、イルムは言葉を探すために少し黙ってから口を開く。


「出る気は全くなかったんだ」

「ほぉ」

「けど、何故か突然何と言っていいか分からない激情がわいてきて」

「なるほど」

「怒りに身を任せてたまま気付いたら殺しながらここまで来ていた」

「物騒だね」

「ホントにな」


 ワハハ。

 当事者と質問者の応答とは思えない程あっさりとしたやり取りにたいして、何が言うものはココにはいない。なんならこの二人はこの熱のないやり取りを懐かしいなぁと思ってちょっとテンションを上げている。


 因みに、イルムは青音が嘗ての旅路で特別仲良かった二人の内の一人だ。


 特別仲が良かったからこそ、正直青音は脱獄に関してはムリヤリ連れ出すしかないんだろうなぁと思っていた。いたのでまさか牢屋が壊れた程度で自分から出て来るとは思わずちょっと驚いたものだ。

 しかも笑ってたとかいう話を聞いて何か心情の変化があったのか、全くの別人か、あるいは操られているのかと勘ぐっていたので。実際はほぼ操られているような感じだったが。


 けれども、そうか、怒りか。


 いかに優れた使い手による呪術でも全く存在しない感情を生やすことは出来ない、つまり、この友人は怒っていたのか。

 全く気付かなかった青音は、昔最後に交わした会話を想い返す。


 ヴァイスを魔王城に送り届け、後は聖域を経由して元の世界に帰るだけってなった青音はちょっと遠回りをしてイルムのいる地下牢まで忍び込んだのだ。


 「出る?」


 そう牢の中にいるイルムに問いかけると、暗い表情で、どこか絶望の感情を瞳の奥に押し込んでいたイルムは青音を真っ直ぐ見て妙に静かに「出て、何があるんだ?」と聞き返してきた。

 なんと返したらいいのか迷った青音は、ちょっと考えてから「……現実?」と答えた。正直それ以外に何を言ったらいいのかイマイチ分からなかったし、もしそこにいたのが青音じゃなかったらもっといい感じの事を言って外に誘い出せたのかもしれないが、畜生青音は口が余り上手い方じゃなかった。

 そんな青音の言葉を聞いたイルムは「そうか」と呟き、顔を逸らして「なら、やめとく」と会話を締めた。


 あんまり楽しい記憶じゃないな。


「なぁ、アオト」

「何?」


 対して楽しくない過去を回想していると、正面に居たイルムが微笑んで声を掛けてきた。


 余り楽しい予感がしなかったが、友人として呼びかけに答えるとイルムが笑ったまま指の先を自分の首にトントンと軽く当てて、軽い調子で口を開いた。


「ちょっと、介錯頼めるか?」


 こいつの笑顔なんて珍しいなぁと思いながら聞いた言葉に、青音はたっぷり十秒ほどかけて意味を理解して、同じく笑みを作って答える。


「いいよ」

「ありがと」


 立ち上がって、放り投げた聖剣を手元に呼び寄せて握りしめる。


「生きようとは、思わないの?」


 疑問をそのまま問いかける。


「生きて、何かあるのか?」


 丁度さっきまで思い返していた牢の前の問答のような言葉が返ってきて、青音はやっぱりちょっと何と返したらいいか考える。


「……何もないね」


 その質問に、やっぱりいい感じの答えが思い浮かばなかったのでそれだけ言って剣を構えて、座ったまま動かないイルムの首を目掛けて薙ぐ。

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