第7話 仲間の話 1
異世界だからと言って、ここの夜空は一見してわかる程の特殊さははない。
見てわかる事、月は一つ、星はない、昼の空には太陽が昇り、天気も元の世界と変わらない。
けれどけれども、元の世界とこの世界の空とでは大きな違いがある。なんせ、この世界は空が動いているのだから。
青音が生まれ育った世界で長い時をかけ歴史の中で様々な人が否定してきた天動説は、この世界では実際に適応している。神の存在を信じさせられる事実だな。
さてそんな世界の夜空の下、満月の光だけが照らす森というのは実に暗い。
暗い森の中を、青音は機嫌良さそうに、僅かに笑みを浮かべながら軽い足取りで進んでいく。
目的の建物、森の奥の教会が見えたあたりで立ち止まり、片手を腰に当て、もう片方の手を近くの木につき寄りかかって濃色の目を細めてその教会を眺めながら、どうしようかと暫し悩む。木々の間から降り注ぐ月の光が紺色の髪と白いかんばせを淡く照らしている。
見付けた教会は、まず屋根がない。次に正面の両開きの扉は片方外れてて、もう片方も外れかけてる。廃墟って言葉がよく似合うソコは、こんな夜遅くに山奥で見つけたのならば、いかにも何かが出るかもしれないと訝しみ、勝手な考察の元ゾワリと背筋が冷えるかもしれない。知らんけど。青音はホラー系には結構強いのでこの光景を見たところで恐ろしさは感じないが。
コレは青音が偶にする他者が自分と同じ光景を見た場合の考察だ。コレに意味はないがそれでもやるので多分、趣味の一つなのかもしれない。
そんな廃墟を眺め、ちょっと趣味を楽しんだ青音は、なんだか時間経過で自然と壊れたわけじゃなさそうだなぁと思った。
根拠、は得に提示できないな、ただの勘だ、だって青音は別に専門家でも何でもないので判断基準は勘だけしかない。そしてその勘が示している事は後二つある。一つ、この廃墟の中にイルムはいる。もう一つ、イルムはこちらに敵意を向けている。
ただの勘だが、それでも青音は自分の勘に対してコレ以上ないほどには信頼していたので、コレを事実であるとした。
その勘でそんな判断を下して、木に付けていた手を引いて今度は背を預け、腕を組んで空を見上げながらどうしようかと悩む。悩んで、視線を地面に下して小さく息を吐いてから姿勢を正し、右手を頭のちょっと上辺りまで上げ掌に聖剣を取り出してしっかり握る。
白銀の剣を両手で握り、地を踏みしめ、教会に真っ直ぐ体を向けて、高い位置で剣を構え、力を込めて振り下ろす。
風を切る音。白い光が教会に落ちる。衝撃音。月の光を遮る様な強烈な光が辺り一帯を照らし、見る者の目を焼く。マァこの光景を見ているのは青音と教会の中にいたイルムだけだが。
白い光に目を焼かれた青音は、自分でやっておいて「この光景は良くないなぁ」と呟いた。
とてもよくない。
だって、昔の仲間の最期によく似ているから。
マァ当然だ、なんせ青音はその光景を思い出し、再現しようとして、実際成功させたのだから。似ているのは当然のことで、だからこの結果を生み出した青音にこの光景に対して感傷に浸る権利は全くない。
それに、何を思ったところでもう昔の話だ、それでも再現したのは多分、見せたいと思ったのだ。
昔の仲間、名前はライラ。彼女は神の加護を与えられ、この世界で聖女と呼ばれる者だった。
最期というのだから当然彼女は死んでいる、けれどソレは魔王討伐という目的の元に起こった事ではない。終わった後の話。
青音が自分の目的を最初から間違えてたって気付いた後の話。
そもそも青音がこの世界に来て最初に聞いたのは人類の危機を救えであって魔王の首を落としてこいじゃない、そもそも女神のお言葉には魔王のマの字すらない、なら何故その二つを同一視したのかっていうとこの世界の人間にソレを願われたからだ。青音は別の世界の生まれだったのでこの世界の事に付いては当然何一つ知らない、そんな状況での判断基準とするのは当然この世界の人間の言葉だ。
そしてこの世界の人間に人類の危機を救うって何かって聞いたら、魔王を倒してくれと言われたので魔王討伐に行った。
普通なら多分ソレで青音の役割は終わったんだろうが、今回の一件はそうではなかったので魔王を倒した後も青音は魔王を倒した後も元の世界に変えることが出来なかったのだ。
役目を終えたら帰れる、コレは間違いない、なんせヴァイスを魔王城に送り届けて、そんで封印を施した後すぐ頭の中に聖域の女神像に触れて祈れば帰れるって情報が入ってきたので。
別に、魔王が人類の危機じゃないっていうわけじゃない、確かにこの世界の人間は件の魔王により危機に瀕していた。そして魔王の討伐を勇者に頼むのも間違いじゃない、なんせこの世界では青音の前に十人くらい勇者がいたしそいつらの役目は魔王討伐だったので。ただ今回はちょっと色々複雑なコトが起こったのでもうちょっとやることが増えたってだけだ。
例えば、王城の敷地内に見つけた地下にある一室で拘束された頭から角生やしたボロッボロの少年をどうにかする、とかね。
魔王討伐が完了し、城に報告がてら戻った時の事だ。魔王を倒した後も帰れないし、なんか王城の下あたりから魔王に似た気配を感じるしでコレはなんかあるなぁと思ったのだ、そして青音が帰るためにはその何かを解決する必要があるとも思った。後者はただの勘だが、しっかり当たったのでやっぱり一番信用できるのは直感だな。
色々探してみたら、もう誰も存在すら知らなさそうなのに誰かがいた痕跡の有るボロッボロの塔を見つけ、適当に壁を叩いたり床を叩いたりしてみたら隠し扉が開き、地下に続く階段を見つけたのだ。
そうして、階段を降りた先で見つけたのがヴァイス。魔王の子。マァその時にはもう魔王は死んでたのでソイツを魔王って呼んだ方がきっと正しかったが、ややこしいので魔王の子ってことにしておく。
見つけたヴァイスはしっかり死にかけてたし、多分そのまま放置するか、あるいはとどめを刺せば取り敢えず青音の役目は終了ってことになってたのだろうなと思った。十割勘。
けれどその時の青音は何を思ったのか意識がギリギリあったっぽいヴァイスに近寄り、どうしたいのか聞いた。なぜそんな事をしたのか、多分ただの気まぐれだろう。あるいは、紅い目に憎悪とか殺意とか諸々を籠めて睨みつけてきた視線が気になったのか。
青音はどうも、何もできないのにそれでも反抗の意思を残してる目を無視できないらしい。異世界に来て初めて知った自分の性質だ。
とはいえそこで少年が人類を滅ぼすとかそれ系の事を言ってきたらそのままとどめを刺していただろう、けれど少年はちょっと考えて、帰りたいと答えた。
なので青音は拘束を壊して少年を抱え、王城から抜け出して再び魔大陸へと向かう旅に出た。前回は魔王討伐の旅だが今回は魔王運搬の旅、落差が凄い。そして当然というべきか追いかけられた。ヴァイスをさっさと始末したかったのだろう。
青音は、その時の選択を後悔してない、実際ヴァイスを家に帰すこと自体は成功したのだから後悔する必要もない。けれど、正しかったとも思ってない。望む結果に行き着くまでの過程が余り楽しいものではなかったので。
最初の旅路ではソルテラを通るルートで向かったが実は正規の道はそっちではない、そもそもそっち側は陸地で繋がってないから通れるとすら思われてなかったし。正規ルートはカーロを通って陸地を進んでいく方で、二度目はそのルートを進んだ。だって一回目と違って逃亡しながらだったので多分ソルテラを通ると思われてただろうし、なら裏をかいた方が安全に進めると思ったのだ。向こうだって表立って追いかけてはこないだろうし。実際追手は少なかった。
けれど陸地を進むとなるとカーロを通る必要がある、ソコは宗教国家で、ヒルキアなんて目じゃない程魔族とか魔獣とかを蛇蝎の如く嫌っている。なんなら魔術師も魔女も立ち入り禁止だし見つけ次第殺せみたいな指示が出てる、否捕縛のち処刑だっけか、マァ似たようなもん。そんな国を頭から角生やした如何にも人間ではありませんなヴァイスと通るのはちょっと苦労した。
途中でイルムと会って国を抜けるちょっと前まで一緒に行動したりもした。マァその所為でイルムは投獄されたわけだがな。
その途中で手を借りたそイルムは投獄されるし、ライラは自爆特攻仕掛けてきたしで正直もうあの国にはいい思い出がない。
自爆特攻。
意味はマァ、読んで字のごとく自爆攻撃を仕掛けてきたのだ、魔王討伐の仲間の一人だったライラが。
アレはイルムがカーロの地下牢獄に投獄されて数日後の事だ。
青音はやりたい事が幾つもある場合は優先順位を付けるようにしている、その時はヴァイスを魔大陸に届ける事とイルムを脱獄させる事とヒルキアに向かってちょっとどういうことなのか話を付ける事の三つほどやりたいことがあったが、最初に決めたのはヴァイスを魔大陸に届ける事だったので他の二つを後回しにして進んでいたのだ。
その時も夜だった。
聖剣のお陰てひと月くらいは寝なくとも問題なかった青音は傍で寝ていたヴァイスがの様子を気にしながら空を見上げていた。空に星はなく、満月の光が意外と明るくって、でも元の世界の街灯とかと比べると心もとないなぁとなんてことを考えて。
「アオト」
そう、名前を呼ばれた。
聞き覚えのある声だったので特に警戒せずに振り返った。
白金の神に白い修道服を纏ったライラがいた。
久しぶりに見た彼女は穏やかな笑みを浮かべていて、不自然なほどにいつも通りだった。そんな様子をちょっと不自然に思って青音は警戒心を引き上げ立ち上がり、けれど動く前にライラが青音の手を握った。ソレは握るというより掴むって方が正しいような、どこから出てるんだってくらいには強く掴まれている。
どういうつもりなのかは、イマイチ分からず聞こうとして、そのまえにライラの体の内側から光が溢れ出した。
辺りが昼間のように明るくなる、ライラは変わらず笑っている。けれどその緑色の目はどこか澱んでいて、焦点がちょっとぶれていて、なんだか泣きそうだなと思った。
けれどその表情を気にすると同時に、青音は彼女から溢れる光の方に思考が回る。コレは駄目だと直感的に思う、例えるなら空気を許容量を超えて入れられた風船。このままだと多分、肉体が破裂するのだろうな。
たとえこのまま放置しても、負傷はするだろうが青音が死ぬことはないだろう。けれどそれは青音だからだ、直ぐそばで寝ているヴァイスは間違いなく死ぬだろうな。
このまま何もしなければライラとヴァイスの二人が死ぬ。
そう思った瞬間青音の体は動き出した。
まずは青音の手を掴むライラの手を切り落とす、次にその体を空に蹴り上げ、剣を地面に突き刺してソレを軸に結界を張る。
「ア」
殆ど息のようなそんな声が喉から洩れた。
白い光が爆ぜる、爆風が木々を揺らす。直視できない程眩しいのに、目を逸らせなかった。ライラを蹴り上げたのは自分なのに、青音はその光景に一瞬驚いて硬直し、けれど被害を最小にするならソレが一番だったなと思った。
それだけ。
でもその光景をよく覚えていた。
だから再現してみた。
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