第4話 魔王と勇者

 勇者という言葉を辞書で引いてみたとする、そこに書かれている言葉の意味は勇気ある人とされているだろう。

 けれどここは異世界、全く違う言語を使っているゆえか何なのかこの世界では勇気があろうがなかろうが聖剣を与えられたモノであれば勇者と呼ばれる。言語は自動翻訳されるので青音にはそう聞えているだけでこの世界の人間にとっては聖剣保持者みたいなそんな感じの名称なのかもしれないが。この翻訳機能の聖剣の力の一端だ、基本的には高性能だが偶に適当になる、分かり易さを重視しているのか何なのか。マァ便利だしいいだろう、そもそも異世界語を日本語に訳して引ける辞書はないので違っててもどうしようもない。

 そんなワケでこの世界での勇者というのは聖剣を与えられた者の事であり、もっと言うのなら魔王への対抗手段として女神が聖剣を与えたものに対しての呼び名である。抑止力。対抗手段。神が指定する人類守護の兵器って感じのヤツ。


 対して魔王というのはそのまま魔の王って事だ、魔族や魔獣従え、人類へと侵攻してくる存在。マァこの世界の人間にとってはソレは一言で表せる、人類の敵。

 この世界では魔王は魔王だ、こちらも青音にとってはそう聞えるだけだが、それ以外のなにでもないので詳しいことは推測と昔暫く魔王の息子のヴァイスと一緒に行動していた際に聞いた話が全てになる。


 ヴァイス、名前は気持ち硬い感じの名前だが見た目は白くって小さくってよわよわしい感じのヤツだった。

 そんな彼曰く、魔王とは最初にそう呼ばれた存在とその血を引く者たちの総称みたいなものだそう、因みに子供は何か体一部から生まれる、単為生殖ってヤツかな。

 そんな魔王は長生きで、魔獣を生み出せ、魔族を操ることができ、そして必ずしも人類を侵攻しようって思って生まれてくるワケじゃぁないらしい。

 最後のそれを聞いた時、青音はたいそう驚いた。そりゃだって、目の前の、人間によく似た容姿のそれはそれは美しい少年は、その魔王の人類侵攻への対抗手段としてこの世界に呼び出された人間にそんなことを言ったんだから。そりゃ驚く。

 マァ青音以外に言っても驚かれるし虚言を吐くなとはっ叩かれ、袋たたきにされ、意識を刈り取られ、目が覚めたらそこは処刑台の上だったってなるだろう。なんせこの美しい少年の頭の、美しい白銀の髪を掻け分けて生えているのは普通の人間にはないツノで、この世界の人間はそれが魔王の特徴だと知っているから、人類の敵を見つけたら即殺そうとするさ。だって怖いし。

 そんな世界だが、青音は異世界出身だったし基本的に他者の言葉をはなっから嘘と決めつけそんなことはあり得ないだろと否定する程心無い人間ではなかったので、ヴァイスの言葉に黙って頷いて「そうなの」と返事をした。

 後単純に、青音はこう、全体的に色彩が淡い、キラキラしてなおかつちょっと幼気な綺麗な顔が好きだったので。ヴァイスの顔の造形は結構好みだったものだから、その綺麗な顔を曇らせるのはあまり気が進まなかったって理由も全然ある。贔屓。


 だが魔王に関して青音が思うに、アレは女神と結構近い何かなんじゃなかろうか。

 なぜそんな事を思ったのか。なんせ魔王からもヴァイスからも聖剣の力、つまり女神の力と似たようなものを感じたので。それに魔王を倒すために与えられた聖剣、何度も言うがコレは女神の力の一部が込められている、普通の件で切ろうとしてみたが刃が通らなかったのに聖剣だと豆腐みたいにスパスパ斬れた。後仲間に浄化の加護を持つ者がいたがその加護を込めた武器は普通の剣でも傷がついた。つまり重要なのは女神の力であり人間ではない、事実青音が召喚される前の勇者は初代を除けばこの世界の人間だったらしい。

 それ以外だと魔術とか呪いも通じたが。

 この世界には魔力が存在する、基本的には魔族とか魔獣とか魔王が扱う力だが、稀にその魔力を糧に魔術や呪いを行使できる人間がいる。そしてその魔力からは、女神というより魔王と似たように感じたのでマァ、自分で自分を噛めば痛いし更に強く噛めば血が出るってのと似たようなもんだろう。


 それらの話から考えて、恐らくアレも元は神だったのではなかろうか、女神とかなり近い性質の神。人類は女神が作った存在で、魔族やらはその神が作った、その神が何かしらあって人類を害そうとした、人類を作った女神はそんな状況に対して危険だと判断した為に魔王と名付け斃そうとした。

 自分の創造主から偶に力が与えられるこの世界の人間ならそんな創造主と近い性質の神の力を扱える奴もたまに出るのだろう。

 以上、ただの推測。

 正解を知ってるっぽい相手に心当たりはあるが、特に興味はなかったので聞いたことはない。


 マァ長々と並べ立てて何が言いたいのかっていうと、勇者というのは魔王がいて誕生する存在であり、逆説的に新しい勇者がいればこの世界には魔王、あるいはそれに類する女神の力が無いと斃せない人類にとって危険な存在もいるということになる。


 つまり、青音が見つめる先、魔物相手に苦戦している、聖剣を持っているので勇者だと思われる少年の存在から考えて、魔王もどっかにいる。

 勇者。金の髪に青い目、どことなく見覚えのある、というか昔の仲間だった王子と似た整った顔。

 歳は十四歳程だろうか、幼さが目立つが成長したらさぞ美しい美男子に育つのだろう美少年は、その綺麗な顔を歪めて狼の様な魔獣に対峙している。

 手に握っているのは銀の美しい聖剣、輝く剣を握りしめている姿は様になっているが、見た目に実力が追いついていないのでジリ貧だ。

 少年の隣で共に戦っている赤髪の美丈夫は、まだ戦えているが少年を庇いながらの戦いは大変そう。


 少年らが倒そうとしている魔獣は禍々しい狼の姿をしていて、群れをなして行動する習性がある、一番小柄な狼が群れのボス、周りにヒラ狼。動きから考えておそらくこの近くに巣があり、子供がいるので全力で侵入者を排除しようとする。つまり少年と青年はこの魔獣らにとっては侵入者であり、子にとって危険な存在である為に命を賭して襲い掛かってきているのだ。正直ここで死んでも自業自得だな。

 正直この狼型の魔獣は数があってすばやく一々相手にするのが面倒だから多少遠回りでも相手しない事をおすすめしたい部類だ、そのことを教えてくれる相手はいなかったのかそれとも自分の力を過信してたのか。分からんこともない、聖剣があると自動的にある程度肉体の能力が強化されるので今なら何でもできるって気がするのだ。青音も最初はそうだった。

 だが赤髪の方は止めるべきだった。


 どちらにも気付かれていないので特に動くことなく傍観したまま数分、どうしたものかとちょっと悩んだ青音は、しょうがないかと木から飛び降りボス狼の首を切り落とす。

 群れのボスが消えれば当然統率は乱れ、そして狼たちは自分らのボスを斃した者を危険視して飛び掛かってくるのでタイミングよく数匹を真っ二つに切る。警戒して後方に下がった狼も出るので踏み出して一か所に集めてから一掃する。


 聖剣の力があれば推定勇者が死ぬことはないだろう、アレには自動的に傷を癒す機能もある、赤髪の方もお荷物抱えてても死なない程度の実力はあると感じたが、それでも目の前で危険な状況に陥っている人間を見捨てる程青音は酷い奴じゃないので。

 因みに推定勇者君の顔が青音の好みだったってのも全然ある、この顔が曇るのはちょっと可哀そうなので。

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