第2話 聖域

 目が覚めた。

 視界に入ったのは雲一つない晴れ空、コレを快晴って呼ぶんだろうなってくらい美しく蒼い空。


 雨は止んでいる。

 そもそも降ってすらいなかったのなろうな、なんせ寝っ転がっている土は全然乾いているから。否別に、すっごい乾燥していて砂漠!荒野!むしろ岩!ってわけじゃない、そこまでではなく、普通に何日か雨降ってないんだなって感じるくらいの土、そして青々とした雑草、周りを囲むのはいい感じに育った木々。

 因みにだが青音は目が覚める寸前までそれなりに人口のある街の中にいた、当然だが足を付けていたのは土ではなくアスファルトだったし周りを囲んでたのは木ではなくコンクリートだった。全然違うんだよね、もう色からして違う、黒と灰色が緑と茶色に変わった。

 そんな突然に周りが様変わりしたモノだから驚いて目が見開かれ、上体を起こして周りを見回す。

 何度見ても空は快晴、周りは木々に囲まれ、下には土と草。土の上に直に寝ていたので当然だが服には土と草がついているし、起き上がるために地面に付いた掌も同様、土で汚れている。


 汚れた掌をジィ……とちょっと眺めて、首を僅かに傾げ瞬きを一回、濃色の瞳が一瞬瞼に隠され開いてからもう一度空を見上げて呟いた。


「デジャビュ」


 青い空は雲一つない。

 短くそう呟いて、直ぐに違うなと青音は頭を振った。デジャビュってのは一度も経験したことのない事柄に対して感じる物であり、今回の場合に呟く言葉としては「またかぁ」のほうが多分正しい。


 また。

 そういうって事はつまり、今回のコレは青音にとっては過去に既に経験済みだってことだ。具体的に言うのならば二回目。なので一つ息を吐いた青音はまたかぁと思いながら立ち上がり体を伸ばす。

 えぇはい、今回のコレは二回目ですとも、二回目ってことは一回経験済みってことだ、何を当たり前のことを頭沸いてるんのかと思うかもしれないがコレは大変重要な事だ、なんせ一回経験したことのあるものならば行動も一回目とは違うものがとれるってことだ。学習。成長。一回目とは違う青音はちょっと体をほぐした。準備運動って奴だ、運動の前に必要なヤツ。 さてもういいだろうって辺りでクラウチングスタートの姿勢をとり、真っ直ぐ駆けだす。全力疾走だ。ここ数年ずっと聖剣の補助が働いてる状態で動いていたから自前の身体能力で動くのは普通にキツイ、息は直ぐ荒くなるし足は痛む、聖剣ってホント便利だったな。大変苦労してる青音に関してはじゃあ聖剣アシスト使えばいいじゃんって感じだが残念ながらそう簡単にはいかない。

 青音が現在いるのは二年前に一回雷で掻っ攫われて旅した異世界、その中でも聖域と呼ばれる森の中だ、ヒルキアって国の一部。実に美しい森であり、巨大な樹が生え、美しい湖はあり、美しい花も生え、そして何故か生物はいない。いない。この状態でどうやってこんな状態を作ったのかは理解できない流石異世界。ちなみに基本人の立ち入りが禁止されてるので人の手により作られたものは一つもない、なのに森の中心には女神像が建っている、人間が建てた物じゃない。ないんなら多分、自然発生したんだろうな、流石異世界。そんな異世界の不思議が大量に詰まったこの森の中ではありとあらゆる力を使えなくなる、故に自動洗浄機能でいつもなら直ぐ綺麗になってる服は土と草が付いたままだ。あとこの森、魔獣や魔族、そして魔法使いは入ることすら出来ない。故に女神によって作られた安全地帯と認識されている呼ばれている、何でも昔傷ついた女神がこの地に降り立ち一休みしたとかなんとかいう言い伝えがあるらしい。女神ってのはこの世界を作ったとされる神で、二年前に青音を攫った張本人だ、否張本神か。故にここでは自前の身体能力だけで行動する必要がある。


 さて、そんな聖域は当然この世界の大変重要なものであり、何か異変があるとこの近くにある教会から人が派遣されるのだ。故に早々に脱出する必要がある、不法侵入者として拘束されるのも、勇者として担がれるのも勘弁願いたい。拘束されても聖域を出ればどうとでもなるけど、流石に派遣されてきた奴らを全員抜け漏れ出ないように丁寧に殺すのはちょっと疲れるし、あと前回のから考えると人数いるだろうから死体を置いとく場所とかに困るしさ。異世界生活(二度目)の最初の一歩で真っ赤っかのスプラッタスタートはちょっと遠慮したい。穏便にね、こう見えて法治国家で生まれ育ち一応カタギとして生きてきたので始まりは出来る限り穏やかなのがいい。


 雷が脳天から真っ直ぐ貫き、次目覚めたときには女神像の前で寝いた、傘の柄を握っていた手には代わりに聖剣の柄を握っていて、目覚めて直ぐに老若男女どれとも形容できない、しいて言うなら女よりかなって感じの声が頭の中に直接響いたのだ。曰く『勇者として、人類の危機を救え』だそう、挨拶もなしに人の頭ン中にいきなり語り掛けた癖に随分と偉そうだった、なのでまぁコレは神かなって思ったのだ。恐らくそれは使命だったのだろう。青音を呼び出した女神の言葉。なので言われた通りに人類の危機を救うため東奔西走した。それにしても不親切な言葉だ、だってコレだけはその人類の危機が何なのか全く分からないんだもの。もしかしたら洪水で人類流されるのかもしれない。酷い病が流行るのかもしれない。戦争が起こるのかもしれない。不確かで曖昧な指示。次があったらもっと具体的にどうしろって言って欲しいな、例えばどこぞの誰かが人類に絶望と憎悪を抱いて滅ぼそうとしてガチ成功しそうだから殺してくれとか、それなら大変分かり易くてよいと思う。マァ青音に女神に言葉を伝える手段はないので意見は申せないが。

 マァつまり前回の異世界召喚には確かな目的が与えられており、けれど今回はソレがないのだ。ジャ何故異世界の人間を呼び出したのか。異常事態ってことなのかね。話しかける余裕がないのか、それか女神がボケて必要ないのに呼び出したか。この世界の創生から存在してるんだからそりゃいいお年だろう、ボケもするかもな。青音の神への信仰は前世に捨ててきたので神への冒涜とかそんなん知らんって感じに好き勝手に適当なコトを頭の中で呟いてた。


 そこまでの距離を走ったわけでもないのに痛み出した肺とその他体の色んな部位に、自分の身体能力の限界を感じながら駆け抜けた聖域。

 ようやく落ち着ける場所に辿り着き、聖剣の力により体の不調が全て回復した。抜けた瞬間に聖剣で自分に関する他者の認識を歪める系の力を使い、姿を隠す。ついでにこれまた聖剣の持つゲームのインベントリみたいな力で仕舞っていた元仲間の魔法使いに貰ったローブを取り出して頭から被る。コレには装備者を隠す魔法がかけられているのだ。ありがとう友よ。


 前も思ったことなのだが、異世界に呼び出す手段は雷を脳天目掛けて落す以外なかったのだろうか。

 否痛みとかダメージは全くないが、というか聖剣の力があるなら雷が脳天から直撃しようが掠り傷一つ付かない自信あるし傷ついてもすぐ直る、それでも雷に撃たれるというのは何となく気分は良くないのでちょっと方法を変えてもらいたい。


 歩きながら、さてコレからどうしようかと考える。

 青音は基本自分から何か目的をもって行動したりがちょっと、かなり苦手だった。何をやったらいいのか、何をやりたいのかわからないって方が正しいか。やりたくない事なら分かるようになったんだけどね、拒否は全然できる、ただやりたいことは何かってのはまだ難易度高いのよ。

 選択肢示されれば選べるんだけど自分から行動できない。

 なのでゆっくりと自分が何をしたいのか色々考えて、考えて、悩んで、そうしてようやくちょっと頭に浮かんできたのは前回で旅を共にしてきた元仲間たちだった。別に、もう一度一緒に旅したいとかそういうのは全然考えてない、考えてないが、それでももう一度静かな空間でのんびり茶でもたしなみながら話がしたいのだ。穏やかで静かで、落ちる木の葉や流れる水、柔らかに吹く風なんかに意識を向ける余裕がある様な状態で世間話でもね。やりたいなって。


 そこまで考えた青音はいいじゃんって呟いて、のんびり歩き出した。

 元仲間、マァあのころからどれだけ経ってようが恐らく殆どがまだ生きてるだろう、ついでにちょっと関りがあった魔王の息子とものんびり話がしたいな。

 その為に、この世界の現状について調べよう。

 まずは人を探すところから始めないと、そう決めた青音は適当に人のいそうな方向を目指して歩く。

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