異世界出戻り勇者の話

リオ

第1話 落雷

 学校帰りだった。

 今度の誕生日で十七になる、現在十六歳の現役高校二年生な青音あおとは一人、傘を差して歩いていた。

 傘ってのは、普通の傘だ、雨の日に濡れないようにするための奴。本日の空は分厚い灰色の雲に覆われ、大粒の雨粒が激しく降り注いでいるので、傘が必要なのだ。


 とはいえ、雨の勢いが強すぎて傘を差していようと服や体は濡れる。その感覚に眉をしかめた青音はそのまま手に持った傘を躊躇することなくその辺に放り捨てた。安心して欲しい、別に自棄になったのでもなきゃ突然狂ったわけでもない、単に手が塞がってるのに雨が完全に防げない傘の意味がちょっと分からなくなったので捨てただけだ。

 十分凶行のように思えるかもしれないがしかし、放り投げられた傘は地面に落ちる前に光の粒となって消えたのでポイ捨てではない。ならなんの問題はないな、青音は地球環境への配慮だって出来るので、ポイ捨てはしないよう気をつけている。

 因みに雨を防ぐ役割である傘を捨てたので青音にはしっかり雨が無理注ぐことになる、それによりその近くにもし誰かがいたら雨水滴る美男子が一瞬だけ見られるようになった、一瞬だけ、なんせ紺色の髪や高校の制服を濡らす雨水は一秒と経たずに綺麗に乾くので。

 一瞬濡れるのは変わらない状況に、傘さしても濡れるからって苛立って傘を投げ捨てた青音は当然その状態にはさらに苛立った。短気。我儘。そも青音は濡れる感覚というのがどうも好かんのだ。

 雨に濡れる現状を改善せんとして、青音は鬱陶しそうに手を頭の上辺りで軽く振る、すると見えない何かが傘のように雨を遮り始める。魔法のような一連の流れは、見たまま魔法を使って起こした現象だ。


 さて、基本的に現代において魔法なんぞはファンタジーの代物だ。もしかしたら世界の片隅では魔法を習得し日夜世界の闇と戦う愛らしい少女たちがいたり、はたまた長いこと魔法を研究を続けてこの世の真理を紐解かんと努力する大人がいるかもしれないが、少なくとも青音は知らない。ではなぜそんな現代に生きる男子高校生がそんなモンを使えるのか。実は青音、二年ほど前に一回異世界に行ったことがある。


  一応言っておくが、青音は別に変な薬を摂取して幻覚を見てたり記憶が混濁してたり、心の病で妄想にとらわれてるわけじゃない。全然違う。多分。

 否だって、ホントにそうなら自分じゃわからないし。

 たとえ魔法みたいなものが使えたとしても実際は妄想で、異世界での出来事もただの幻覚で、実際は心の病院のベットの上かも知れない。そういうときは自分じゃ分からないからどうしようもない。なので異世界に行ったって事を真実ってことにしておく。


 そんなわけで異世界で習得した魔法で傘の代わりの障壁を張った青音は、なんとなく空を見上げた。

 濃色の目に映る空は灰色。曇空。後降り注ぐ雨。ときたまピカっと網膜を焼く光、鼓膜に蹴り入れてくるような轟音。

 雷鳴轟く空。

 雷雨。


 青音は基本的に、雷は嫌いじゃない。水にぬれる感覚が余りよろしくないので雨は嫌いだがな、雨音すら気に入らないくらい嫌いだ。


 それでもやっぱり、雷は異世界に行った時のことを思い出すので嫌いじゃない。

 あの日。二年前。当時の青音は十四歳だった、中三だったけど、誕生日がまだだったので。十四ってことは当然ぴちぴちのガキで、多分目が輝いて未来が希望に満ち溢れて見えた。否嘘だ、全然希望なんてものに目を輝かせてなんていなかったさ、自分のことだからよくわかってる。ジャ逆に濁った暗い眼をしていたのかっていうと、どうだったかな、忘れた。なんせ異世界で九年、こっちの世界で二年の合計十一年も前の事なので。十一年だ。小学校に入学したガキがもうそろそろ高校卒業が見えてくるかなってくらいの月日、高校三年生の始業式で小学校の入学式に何を思っていたのか上手く思い出せないように、青音は異世界に飛ばされた当時に何を思っていたのかよく思い出せない、まぁ兎に角まだたった十四のだった青音は異世界に召喚されたのだ。


 学校からの帰宅途中、今日と同じ様に雨だったので傘をさして歩いていた。当時は今より雨が嫌いだったので慎重に慎重に、雨に濡れる量が出来うる限り最少になるように歩く。今のように超高速乾燥なんて技能も当然なかったので濡れたら家に帰って服を脱ぎタオルで拭くかどっかで雨宿りして乾くの待つかしないと濡れたままなのでね。

 そんな時に、頭上に雷が落ちた。轟音に耳をヤられ、光が視界を覆い、アこれ死ぬな、来世は愛猫家な金持ちの飼い猫になりたいな人間はもういいやって神様に注文つけて目を閉じた、あの時は自分の命に対して諦めがお手軽簡単スピーディに出来る程度の興味しかなかったので。

 マしかし、次に目が覚め時に見たのは猫にデレデレする金持ってそうなおっさんでもなきゃ金かけて可愛がられてそうな親猫でもなく、ましてや生物ですらなかった。広々とした草原の真ん中にドンっと建てられた、見たことのないでかい女神像の前だった、当然その女神像は異世界にて信仰されている女神様の像だったが、まぁ青音は別に地球上の全ての女神像を知っているわけじゃないのでその像を見た時はまさかそこが地球ですらない異世界だとは全く思わなかったが。

 というより当時はもう少し驚くことがあったので、なんと傘の柄を握っていた手から傘が消失していたので、それだけならマァ死んだかかろうじて生きてても吹っ飛ばされてるよな、で納得できるが、なんと傘の代わりに銀色の美しい剣の柄が握られていたのだ。吃驚。剣なんて握ったこともましてや直接見ることも初めてだったがその時握りしめていた剣はとても軽くて手によく馴染んだ。素晴らしい逸品、もはや名剣を超えている。当然だな、なんせ女神の力の一部が込められた聖剣だったので。


 今になって思うが、とんでもなく派手で規模のデカい誘拐だったな、警察に駆け込んでも犯人は異世界の神なので捕まえようがないが。タチが悪いな。

 カミサマに世界規模での誘拐カマされた青音はそうして異世界で聖剣を手にし、勇者なんて呼ばれ、現地人と仲良くなり、各地で起こる事件を解決し、魔王を斃し、色々あって最終的にこの世界に返ってきた。

 よくみる、所謂王道異世界転移って感じの日々だった、青音はそういうジャンルについての知識がそこまで豊富でないので異世界と勇者が揃ってたら王道ってヤツだと認識している。王道異世界もの、勇者の冒険、本かゲームにしたら売れるかな。無理だろうな。少なくとも青音は買わない。


 異世界でのことで、正直思うことが全くないワケじゃぁないが、それでも概ね満足したし楽しかったなって認識している。少なくとも青音は自分の最善を尽くして出来る限りのことはしたので、まぁそれで世界が良くなったのかどうかについては、ノーコメントとしておこう、青音は所詮脆弱な人の子なので全てを完璧で最善な状態にするのは無理なのだ。そも完璧で最善な世界などという曖昧なもの、完璧でも最善でもない人間にどう作れというのか、そこからして間違っているのだ。なお、誰も青音に完璧で最善の世界の創造なんざ頼んでないがって話はその辺のマンホールの穴から下水にでも流しておく。

 マァ青音のちょっとしたモヤモヤはともかくとして、与えられた役目は終わらせたので勇者として召喚した女神としては満足のいく仕事ぶりだっただろうさ。多分。


 そんな感じで生まれ育った世界に帰ってきて、一番驚いたのは向こうで九年過ごしたのにこっちじゃ二週間程度しか経っていなかった事だな。気分は浦島太郎、竜宮城で贅沢三昧は出来なかったけど。

 しかも精神的には二十代だったのに十四、五のガキの集団の中に放り込まれることとなった。とはいえ、この件に関してはそこまで問題にはならなかった。なんせ青音、元から人との関わりが少なかったので、友人って呼べる相手もいない、よく話す相手すらいない、そも人と関わることがない。青音の学生生活はぼっちだった。でもおかげで楽だったからよし。ただし勉強内容は何一つ覚えてなかった。授業を一日聞いてて何一つわからなかった、受験生が長期間異世界に飛ばされると悲惨です、覚えておけよカミサマ。


 あと聖剣を女神に返しそびれちゃってこっちの世界に持ってきたのも驚いた、そんでこっちの世界でも問題なく便利な機能が使えたのも驚いた。とはいえこっちは驚きよりも喜びの方が強かった。なんせこちらの聖剣、とんでもなく便利だったので。この聖剣、武器としても他に並ぶものがないほど優秀だ。当然。なんせ人類の危機を救うための武器なので、弱いと話にならない。

 だがマァ、武器として使う以外にも聖剣にはいろんな便利な力があった。そりゃ、神の力の一端だものな、要は軽い奇跡が起こせるようなモン、大抵のことは出来るさ。

 例えば持ち主の肉体を自動的に清潔に保ったり、コレのおかげで風呂に入らなくてもいいし身に着けていれば服のを洗う必要もない、泥浴びても数秒で綺麗になる。あと自動修復機能も付いてるから常に新品同様、実にありがたいアイテムだな。本来の使い道と違うとか言うヤツはこの世界にいない。


 そんなこんな、色々驚きながらも異世界からこの世界に戻ってきた青音は、最初は大分生活するのに苦労した。

 例えばそうだな、ちょっとばかり手が出るのが速くなってしまったりね、なんせ物騒な世界で過ごしたもんだから思考とかが少しばかり物騒になってしまったのだ。

 具体的に言うなら、というか一番分かり易い変化を表すのには一言で足りる。選択肢に人を殺すが入った。以上。なんせ異世界は日本よりも治安の悪いので、殺さなきゃこっちが殺される世界で殺生を戸惑ってちゃ待ってるのは死のみ。

  でもこっちは平和なのでそんな思考をしてたら大分浮く、暴力に戸惑いがないって時点で浮いた、戦地でも体験してきたのかって冗談半分で言われて似たようなもんって答えられなかったので曖昧に笑って流した記憶。

 とはいえ誰からかまわず殴るわけじゃない、そんな物騒にはなってないさ、なんせ日本は法治国家だもの、見境なく暴れちゃ堂々と日の下歩けないしな。ただ毎日毎日律儀に青音の家のポストに恋の手紙を投函したり、剥いだ爪を詰めた瓶投函したり、しまいにゃ体液投函しようとした輩の頭ひっ叩いて適当な橋から投げ落としたりしただけ。あと友人の親がちょっとヤバそうなどこから借りた借金の連帯保証人になって困ってたから友人のよしみで取り立てに来たヤーさんをその辺のビルの屋上から吊るしたり、借金したとこの事務所に忍び込んで書類とか金庫とか盗んだり、そのまま火ィつけたりもした。そのくらいだな。


 否正直今の青音が昔みたいに生活できているのかって言ったら首を傾げざるを得ないが、それでも最初の頃に比べればだいぶ慣れたものだ。人間は慣れの動物だも、一つの環境で長いこと過ごせばどんなにおかしな環境でも慣れるんだから、自分が生まれ育った環境ならそりゃ簡単に慣れるだろうよ。

 あと異世界前より異世界後の方が楽しく生活できてるので、楽しく生きてられるんならもう、全部が瑣末な事なのだ。この世の中いろんなもんに縛られて押し潰され抑圧されて苦しみながら生きてる人間もいるが、そんな人生よりかは全部滅茶苦茶だけど楽しく生きてた方がいいさ、そうだろう。


 まぁ、つまり長々と何が言いたいのかというと、異世界は結構楽しい所だったって事だ。


 そう思っていたら、いつかと同じように雷光が体を貫いた。

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