四
ジーノの邸宅で、エマの遺骸を囲み、エルマー達が沈鬱な表情で座っていると、リコがただならぬ雰囲気で帰って来た。
エルマーは彼の様子を見て、
「取り逃がしたか」
「それどころじゃない。あの所長と小者はグルだよ、エルマーさん」
「どういうことだ?」
リコが、飛脚役所で見届けた顛末を説明すると、ソウは鼻息を荒くして、
「兄上! もう我慢なりませんっ。あの男の引渡を求めましょう。拒否されれば、押し込んででも」
「……それは出来ない」
「何故ですかっ。かように侮られては、我が家の意地が立ちません」
「相手は王国直属だ。騒動を大きくしては、我らが主にも累が及ぶ」
「ええい、もう頼みません!」
ソウは吐き捨てると、剣を引っ掴んで出て行った。ジーノが止める声も聞かず、彼は荒々しく、門から去った。
ソウは、門番の制止も押し退けて、男爵の屋敷に入り、私室にまで押し入った。男爵は眼を皿のようにし、
「な、なんだソウ。今日は呼んでおらぬぞ」
「閣下! 私に、義姉上の仇を討たせてくださいっ。家の小者が、義姉上を刺殺した上、飛脚役所に逃げ込んだのでございます」
「ならぬ! この狂人め。我が領邦など、すぐにでもお取潰しになるのだぞ。それを考えろ」
主人の一喝を受けても、ソウは動揺しなかった。それどころか、反骨精神に火が付いたらしい。彼は、
男爵は、斬られると思ったのか、その場で腰を抜かしてしまった。ソウは、眼を怒らして、懐から一通の書簡を取り出し、男爵に押しつけた。『辞官願』と書いてある。
「もう私は、当家の家臣でも何でもありませんっ。今まで、お世話になり申した。御免!」
と、ソウは男爵が何か言う前に、扉を蹴り開けるようにして立ち去った。
暫くして、今度は別の客人が立ち入ってきた。ソウの兄、ジーノである。弟の行方を捜し回り、此処まで来たのだろう。
ジーノは、男爵から、怒り狂ったソウが来て辞官願を叩きつけたと聞き、血相を変えて風のように立ち去った。外で待っていたエルマーとリコは、彼と共に、飛脚役所へ駆けていった。
――同じ頃、ソウは飛脚役所を急襲していた。庭先で役人十数名を相手に剣を振り回し、義姉を殺した小者を求めている。
やがて、見つけた。母屋の一部屋の、怯えた顔と眼が合った。ソウは、目の前に立ち塞がった一人を突き飛ばす。ソウは、跳躍した。着地と同時に、走り出す。仇が近付く。後十歩、九歩。八歩。
不意に、視界が上を向いた。ソウは、空を見上げていた。青い。そう思った瞬間、彼は地響きを立てて倒れ込んだ。剣が、背中に刺さっていた。誰かが投げたのだろう。そう思ったのと同時、首に剣が突き立った。それで、全てが終わった。
エルマー達が飛脚役所に到着すると、待っていたかのように門が開かれ、役人共が狼藉者の屍体を運び出してきた。紛れも無く、ソウであった。
真っ赤になった屍体を前に、ジーノは跪いて啜り泣き始めた。すると、門の方にいたアラン所長が、下卑た微笑みを浮かべ、
「この者は、役所に闖入してきた狼藉者ゆえ、成敗致した。仇がいるなどと、乱心したことをほざいていたが、迷惑なものだ。ははは」
それだけ言って、アランは門を閉めさせた。勝ち誇った哄笑が、外まで聞こえてくる。
リコが歯噛みしながらエルマーを見ると、彼は、その顔にぎょっとした。エルマーは、阿形・吽形も裸足で逃げ出しそうな表情である。
彼はただ一言、丹田の底から、
「許さん……!」
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