王国飛脚の話

 曇り空ではあるが、穏やかな風が吹き、過ごしやすい気候である。街道からは河が望め、渡し舟が客を満載して木の葉のように流れていた。時折、魚の跳ねる音、虫の啼き声が耳を打ってくる。

 エルマーとリコは、肩を並べて道を歩いていた。道中、話し好きなリコのお陰で、エルマーは退屈していなかった。目的地があるでもなし、至って悠長な旅である。

 その内に、リコの疲労が目立ってきたので、折良く見えてきた休憩所に腰を下ろすことにした。これは、街道筋近郷の者が出す簡易な店で、客は桟敷で休んだり軽食を摂ったり出来る。


 丁度、昼過ぎである。リコは、背骨を思い切り伸ばして桟敷に座り、早口で、葉野菜と炙り肉のサンドイッチを注文した。エルマーも、剣を帯から取って隣に腰を休めた。

 リコは隣で茶を啜るエルマーに、


「それにしても田舎だね。次の宿場までどのくらいかな」

「そうだな。さっきの石柱にはあと十キロって書かれていたから、まだまだあるぞ」

「何だ……。陽が沈むまでには着きたいね。金策もしないといけないでしょ?」

「ははは。お前に心配されたらお終いだ。用心棒の真似事でもして稼ぐさ」


 などと話していると、俄に、前の宿場町の方向から、旅人が慌ただしく駆けて来た。「王室飛脚だ」と気が触れたように叫んでいる。店で休んでいた者達が、大急ぎで勘定を済ませて去っていった。

 エルマーとリコが、怪訝な顔をしていると、同じ方角から、二人組の男が疾駆してきた。肩で風を切るような態度で、傲慢さを隠そうともしていない。見れば、棒に付けた小駕籠を担ぎ、それには王国の紋章が刻まれていた。

 これは官営の飛脚であり、王都と各領邦の首府とを結ぶ役目がある。重要書類を運ぶこともあるので、当然、街道での優先交通権があり、関所を素通りしたり妨害する者を斬ったりしても、一切の罪はない。


 今やって来る連中も、「退け退け」と叫びながら、通行人を押し退けている。

 座っている場所の悪かったリコは、彼らと足がぶつかって、桟敷の後ろに落ちてしまった。持っていたサンドイッチが宙を舞い、彼の顔に降ってきた。

 リコは、ソースにまみれた顔を怒らせ、地面に倒れたまま大の字で、


「何だよ、あれっ。あいつら、乱暴過ぎるよっ」

「仕方が無い。王国の行列と同格だからな。怒るだけ無駄だ。俺のを分けてやるから」

「もう要らない。ああいう連中見ると、本当に腹が立つ」


 と、リコは鼻息荒く立ち去った。エルマーは苦笑しながら、彼の後を追っていった。


 暫く歩いていくと、先程の飛脚二人が、騎馬の三人と相対していた。どうやら揉めているらしく、飛脚の方が半笑いで、


「おいおい、男爵さんよ。こんなちっぽけな男爵領が、王室に逆らうって仰るんですかい?」

「ぶ、無礼であろう」

「へえ、そうですかい。馬上から、王国の紋章を見下ろす方が、無礼だと思いますがね」


 と、飛脚はクルクルと小駕籠を示しながら言った。男爵近習の若者が、忌々しげにそれを睨んでいる。

 すると、男爵は馬を下り、地面に手を付いた。近習は慌てて下馬し、彼に近付いて、


「男爵っ。そこまでなされることはないでしょう」

「これで良いのだ、ソウ。お前も早く控えろ」

「そんな」


 と、ソウが何か言おうとすると、飛脚の男は、彼の胸を小駕籠で小突き、


「主人が礼を尽くしているのに、家来はそのままか。ええ? 分を弁えたらどうだ」

「おのれ……」


 と、ソウは佩剣を抜き払い、飛脚二人に斬り掛かろうとした。男爵は仰天して彼を羽交い締めにし、「控えてくれ」と懇願の口調で言う。

 飛脚は癇にさわったのか、如何にもわざとらしく紋章を誇示し、


「てめえっ。自分が何をしているのか解っているのか。貧乏領邦の分際で、王国に弓引くつもりかっ」

「黙れ! たかが飛脚風情に、莫迦にされていられるかっ。死ね!」


 と、彼は憤激の刃で、あわや、飛脚を両断しようとした。その時、「待て待て」と割り込んできた男がいる。エルマーとリコであった。

 エルマーは、努めて落ち着いた口調で、


「この一悶着、どうやら、お前達、王国飛脚の方に落ち度がある。ここは、俺に免じて手打ちにしてくれないか」

「なに、この紋章が目に入らねえかっ」

「へへ、僕達はただの旅人だから、そんな威光は通用しないよ。残念でした」


 と、リコが軽口を叩いたので、飛脚達は怒りだし、護身用の剣を抜きつれた。エルマーは帯剣に手も掛けず、悠然と腰を落とした。

 一人が、珍妙な気合と共に斬り掛かる。エルマーは素早く身を開き、踏み込んだ腕に手刀を見舞う。破砕音がした。男は悶絶してうつ伏せた。

 もう一人が、盲滅法に斬り込んだ。エルマーが跳足する。相手の懐に入り、襟を掴む。敵の勢いを利用して、軽々と宙を躍らせた。投げられた飛脚は、激痛に苦悶する仲間を連れて、振り返りもせずに逃げていった。


 家来を毅然とした態度で守るべき男爵は、突然の狼藉に、顔面を蒼白させている。エルマーは彼に構わず、リコを促して立ち去ろうとした。

 すると、先程の若者、ソウが、


「お待ちくださいっ。助けて頂いた御礼がしとうございます」

「御礼? そんなものは要らんよ」


 と、エルマーが笑いながら言うと、リコが間に入り、


「エルマーさん、痩せ我慢するなよ。お金が無いんだから。ソウさん、僕らがこの先の町にいる間、泊めてくれませんか?」

「お安い御用だよ、坊や。だが、兄と兄嫁がおるのだが、良いかな」

「構いません」


 と、リコは弾けるような笑顔で言った。エルマーは、意外に強かな少年に舌を巻いていた。

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