期待は願望

@smk-smk

第1話

わたしは東京の高校に通う2年生の佐々木理子。今日は学校で体育祭に向けた練習があるので家を早く出た。うちの学校では本番の1週間前にほぼほぼ本番と同じ練習をするので実質体育祭が2回あるようなものだ。学校に向かう途中で同じ高校に通う幼馴染の土生ひかると会った。

「おはよーひかる」

そう声をかけるとひかるは

「おはよー!」

と言ってにこにこしながらこちらを見てきた。

「なんでそんなに楽しそうなの?」

と聞くとひかるは

「だって今日体育祭の練習あるんだよ!楽しみじゃん」

と、うきうきしながら答えた。わたしだって体育祭の練習は授業が潰れるから嬉しい。だけど、ひかるみたいに運動が大好きというわけではないから少し憂鬱なこともあった。わたしは玉入れと学級対抗リレーに出るけれど走るのがいちばん嫌なので学級対抗リレーにはでたくなかった。でも全員強制参加だったから仕方なく出ることになったのだ。黙り込んでいるとひかるが顔を覗き込んで

「どうしたの?今日あんま元気なくない?」

と聞いてきた。

「んー、学級対抗リレーやだなー走りたくないなーと思って」

と答えるとひかるは

「でも理子ってさ、走るのが遅いわけじゃないしむしろ速い方じゃん?なんで走るの嫌なの?」

と不思議そうな顔をした。そう、わたしは一応小学校の時からクラス代表のリレー選手に選ばれるくらいには走るのが速い。でも、だからこそ嫌なのだ。わたしは期待されると過剰にプレッシャーを感じてしまい思うような結果をいつも残せない。

「走るのが速いと期待してみんな見るでしょ?その視線がプレッシャーになるの」

と返すとひかるは

「そんなのみんなのことかぼちゃだと思えばいいんだよ!」

と笑いながら言った。リレーの話はそれで終わった。


学校について下駄箱で上履きに履き替えているとクラスメートの田村夏鈴と山﨑飛鳥に会った。ひかるとはクラスが違うので、今のクラスで一番仲がいいのは夏鈴と飛鳥になる。二人はわたしと目が合うといつも飛びついてくるからわたしは二人のお陰で踏ん張る力が結構ついたと思う。でも今日は大人しく近くに寄ってくるだけだった。

「今日はわたしのことなぎ倒さなくていいいの?」

と笑いながら聞くと飛鳥が

「今日は体育祭の練習があるから体力取っとかなきゃでしょ!」

と拳を握りながら言った。

「それに理子はリレーで頑張ってもらわないといけないからここで怪我されちゃ困るし笑」

飛鳥についで言った夏鈴の言葉にわたしは何も言えなくて下を向いた。


教室ではもうジャージに着替えている人が大半で、みんなやる気十分という感じだった。練習とはいえほぼ本番みたいなものなので教室にはヘアアイロンやらエクステやらがあちこちに散らばっていた。わたしたちも準備をしようとかばんからりぼんやコテを出して3人でわいわいお互いの髪をいじり始めた。今日は3人でおそろいの髪型にしようと話していたので、ヘアセットが終わるとクラスメートから後ろ姿だけだと誰が誰かわかんないと言われた。


朝のHRの時間になり、先生が入ってきた。先生は髪の毛がクラスの連合色である赤に染まっていて全身真っ赤だったので生徒よりやる気があるんじゃないかと思った。

HRが終わってみんなが移動し始めたのでわたしも飛鳥たちと移動しようと思って教室を出たとき、先生に呼び止められた。

「なんですか?」

と聞くと先生は

「今日はまだ本番じゃないけど、練習でも優勝したいから学級対抗リレー頼んだぞ」

と言って、いそいそと校庭に向かった。先生にまでそんなことを言われても、私は困る。むしろそんな事言われないほうが少しは良い結果を出せるのに。

「理子ー?そろそろいかないとやばいよー」

夏鈴に言われてわたしは水筒とタオルを持って二人のもとに向かった。


わたしがでる玉入れは1種目だったので、開会式のあとすぐに入場門に並んだ。すると、前に並んでいた同じクラスの増本くんがこちらを振り返って

「佐々木って足速いんだろ?リレー頼んだわ」

と言ってきた。これで5人目だ、と思いながら

「まーね、まかせて」

と答えた。こういうときに心からまかせて!と言えるようになりたかったなと思った。玉入れでは今までの練習の中で一番かごに入れられなかった。


ほとんどの種目が終わって学級対抗リレーの時間が来てしまった。まだ入場もしてないのにわたしは手が震え、呼吸が荒くなっていた。入場してからは何も覚えていない。ただぼんやりと、みんなから慰められていたような記憶が残っていた。そして、増本くんからは練習だからって手を抜くな、的なことを言われた記憶だけは鮮明に残っていた。


帰りのSHRが終わって飛鳥たちが声をかけてくれたけど、なんとなく一人になりたくて先に帰ってもらった。ひとりで廊下を歩いていると屋上の鍵があいていることに気づいた。普段なら絶対に入らないのに今日のわたしはなぜかそのドアノブをひねってしまった。ドアを開けると優しく風が吹き込んできて、なんだか心が浄化されるような気がした。そして体が軽くなって気持ちも楽になった。そのとき、横にいる人と目があった。会釈をするとそのひとは

「…鳥?今このドアから入ってきたよな」

といって不思議そうに首を傾げた。わたしは、このひとは何を言ってるんだろうと思って自分のことを見下ろすと驚愕した。体が羽毛で覆われていて、まるで、いや、もうすずめのようになっていた。わたしは何が起きているのかわからず、慌ててジタバタした。

「なんですずめ!?さっきまでちゃんと人だったのに!」

と言ってたら、その横にいた人は目を丸くして

「お前、人間の言葉喋るんだ」

といった。わたしは言葉は人間のままなことに安心して、その横の人に話しかけた。

「あの…わたし、2年の佐々木理子っていいます。さっき屋上に入った瞬間に急にこの姿になってしまって、」

するとその人も自己紹介してくれた。

「俺、3年の井上史緒里。お前、人間なんだな。」

「はい、だから今どうしてこうなったのかわからなくて」

「俺よくファンタジーものとか読むんだけど、こんなの実際に初めてみたよ。」

「屋上に入った瞬間に、体も心も軽くなった気がして」

「なるほど…それって屋上に入った瞬間、なにか大きな不安とかストレスから開放されたってことなんじゃね?」

わたしは先輩のその考えがしっくりきて、思わず相談してしまった。

「実は、わたし体育祭の学級対抗リレーがすごく嫌で。走るのは昔から速い方なんですけど、その分みんなから期待されることも多くて。それに過剰なプレッシャーを感じてしまっていつも良い結果を残せないんです。」

「あー、なんかわかるわ。俺も昔っから勉強がまあまあ人よりできんのよな。小学校の頃は褒められて期待されるのが嬉しかったんだけど、中学生になったくらいから逆にその期待がプレッシャーになっちまって。今はもう割り切ったから平気だけど」

「先輩はどうやって割り切ったんですか?」

「期待はされるけど、それはあくまで他人の願望だし、その期待に応えることが俺がやるべきことじゃなくて、自分の目標を達成することを重要視するべきだよなって思ったんだよ」

「つまり、みんなから期待されるけどそんなの気にせず自分の目標を定めろってことですか?」

「まあ、そーゆーことになるな」

先輩はにこっとわらって言った。でも、そんなこと思い付きもしなかった。期待はただの他人の願望なんだからそんなの気にせず自分の目標を立てろだなんて。その話を聞くと自分にもなんだか自信がついたような気がした。そして、たった数時間前まであんなに憂鬱だったリレーが今はもう何も感じなくなった。

「せんぱいありがとうございます!なんだかすごく自分のことを好きになれた気がします」

そういった瞬間、白い煙が上がってわたしは人間に戻った。

「あれ?りーじゃん」

「へ?」

その時わたしはその先輩が小学校の時仲良かった近所の男子であることに気づいた。ずっとしーくんと呼んでいたからフルネームを知らなかったのだ。

「しーくんだ!」

「いやー、お互いにフルネームを知らなかったから今びびったわ」

「たしかにしーくんって頭良かったもんな」

「まあまた鳥になったら屋上に来いよ。相談乗ってやるから」

「うん!!」


体育祭当日。わたしはじぶんのなかでちゃんと目標を立てた。それは、最後まで走り切ることだ。玉入れでは増本くんとどっちが多く入れられるか勝負した結果勝利したのでアイスを獲得した。練習のときはリレーまでのこの時間が憂鬱で仕方なかったけど、今日はなんだかすごく楽しめた。そしてリレーの時間になり、わたしは自分を鼓舞して入場門に向かった。すると飛鳥と夏鈴がやってきて

「理子、だいじょうぶ?」

と心配そうに聞いてきたのでわたしは

「だいじょうぶ!優勝に繋げられるかはわからないけど、全力で走るからみててね」

と返した。そんなふうに言えるようになった自分に感動するとともに、しーくんに感謝してた。


体育祭が終わって屋上に行くと、やっぱりそこにはしーくんがいた。

「リレーお疲れ」

「ありがとー。優勝はできなかったけど、みんながあんなに理子が速く走ってるの初めてみたって褒めてくれて嬉しかった!」

「よかったやん。俺のほうが速く走れるけどな」

「それ言わないでいいでしょ」


高校2年生にして体育祭もじぶんのことも好きになれてわたしはなんだか自分が成長した気がした。










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