「隠しペン 俺の爪」

(カチャカチャ……カチャカチャ……)



「ネットサーフィンをしているのね。


 簡単な資料集めならできるし、

 旬の話題も手に入る。いいんじゃないかしら?」



(カチャカチャ……)


「でも、SNSのやりすぎはダメよ?」


「本来は作品に昇華すべき大切なアイデアを、

 「いいね」と引き換えに野に放つなんて」


日々の日常で見つけた、ちょっとした出来事。

それに対してキミがどう思ったか、

何をどう感じたのか。


(カチャカチャ……)



「そういったものは、いわば創作の芽。

 アレンジ次第では立派な作品に仕上がるはずよ。


 お姉さんと一緒に大切に育てましょうね?

 だからSNSで時間を浪費するのは――って」



(お姉さんは息を呑む)


「キミ、何を見ているの……!?」


「このアカウント――ネット創作論じゃない!」



ネット創作論とは――

SNSで我流の創作論を公開するアカウントである。


強い言葉を用いる断定口調と、

それらしい語り口が得意技。


だけど、よくよく見ると何処の誰ともわからず――

創作者としても実績らしいものはなく、

どこぞの小説学校で教えているわけでもない。


それなのにフォロワー数はいっぱいで……



「キミ、こんなものを読んだら身体に毒よ?

 創作論なら、お姉さんがいるじゃない!」


(カタカタカタ――とキーボードを打つ)


「え……」


(カタカタカタ、カタカタカタ)



『お姉さんの言うことを聞いてきたけど』

『作品のPVは増えないし』

『コメントも相変わらず辛らつだし』

『コンテストに出しても、また落ちた』……



「そ、それは――」


(カタカタカタ……)


「実績は無いのは、お姉さんも同じぃ……!?」


たしかに、お姉さんは創作論を始めたばかり。

主にキミにしか創作論を教えてないから。


実績らしい実績は、無いっ……!


「でも……だからってぇ。

 お姉さん以外の創作論に、浮気するなんて!」


「ううっ……」


「うっ………」


「うぇ」



「うぇぇーん……!ひどい、ひどいわ。

 私だって、がんばってるのに……


 寝る間も惜しんで創作論を考えてるのに!


 そんなに他所の創作論が、いいなら……

 他所の子になっちゃえばいいんだわぁ……!」



キミなんて、もう知らないんだから――!


(バタン、と扉を開けてお姉さんは出て行った)


(どんどんどん、と階段を下りる音)


(…………)


(…………)


(…………)



そして、三日後のこと。



(ピンポーン)


「あのぅ……はい、お世話になっております。

 えっと、二階ですね?

 すみません、お邪魔しまーす」


(とんとんとん、と階段をのぼる音)


「…………」


「――すぅ」


(――コンコン)


「……怒ってる?」


(…………)


「無理もないわ。悪いのは私よ」


(…………)


「いきなり泣いて逃げ出すなんて。

 ――ひどいのはお姉さんの方よね」


(カタカタカタ――)

(ピロン!とスマホの通知音)


「……入っていいの?

 ありがとう。……し、失礼しまーす」


(バタン、と扉からお姉さんが入ってくる)


「……っ。ごめんなさい」


(カタカタカタ……)

(カタカタカタ……)


「え……いや、キミは謝ることなんてないのよ?」


「お姉さんの創作論が不安だったから、

 つい、他の人の創作論を読みたくなったのよね?」


(カタカタカタ……)


「うん……うん」


「うん」


はぁー……。

これじゃ、お姉さん失格よね。


「私、これでも年上なのに……。

 やっぱり、向いてないのかな?」


「お姉さんはね、キミの作品を読みたいの」


「でも、キミの助けになるのなら――

 別に私の創作論じゃなくてもいいはずよね?」


「……私。キミに甘やかしてほしいのかも。

 天然由来の甘味料、ラカンカみたいに」



「――お姉さんのおかげだよって。お姉さんこそが創作論だよって、お姉さんがいたから書けたんだよって……キミに頭を撫でてほしかったのかもしれないわ」



でも、それじゃお姉さんじゃないものね。

――甘やかすは我にあり。


「目が覚めたわ」


お姉さんも、初心に帰ることにするわね。



今日のテーマは――ずばり、「創作論」



「ここからは創作論」


「タメになるか、ダメになるかはキミ次第……」



(コホン、とお姉さんは咳払いをする)


「――創作論とは、刀。

 創作という戦場で、作家の力となる武器です」


(カン、カン、カン……地面に無数の刀が突き刺さる)


「浜のまさごは尽きるとも、

 世に創作論の種は尽きまじ――」


この世に創作が出続けるかぎり、

創作論も生まれ続ける運命にあります。


創作論の生みの親、

創作論作家にも様々な種類がいることでしょう。


「作家時代の豊富な経験を元に創作論作家となった者。もしくは現役時代は芽が出ませんでしたが創作論作家としては成功した者。あるいはお姉さんのように、ろくに創作をしないままに創作論作家となった者……」


(スッ――と突き刺さった刀を手に取る)


「……ですがッ!」


(カキン!カキン!――カキン!)

(刀と刀を打ちつけ合う剣戟の音色)



「十人十色、創作論と創作論は互いに矛盾し合います。


 文で感情を書いてはならない。

 文で感情は書くべきだ。


 登場人物は細かい履歴書を用意しろ。

 登場人物は細部を詰めすぎないように。


 神は細部に宿る。

 読者は細部を気にしない――」



そうです。


全ての創作論が互いに矛盾なく

同居することはありえません。


――キミは選ぶ必要があるんです。


どの創作論を使うのか。

自分の手になじむ刀はどこにあるのかを。


己の命を預けるに足る力を――!



「無限の荒野に広がる創作論!


 これらの刀が使えるかどうかは、

 振ってみるまではわからないっ!


 なまくらかっ、名刀かっ!?

 あるいは――

 使い手をも振り回す妖刀なのかっ!?」



(キィン――!お姉さんの一閃が空を切る)


「……多くの実績を積み上げた創作論も存在します。

 創作論としての実績――プロの輩出です。

 有名なハリウッド脚本術が最たるものでしょう」


 もしも創作論ビギナーである、

 お姉さんが助言できることがあるなら……





一般的な創作論は良い作品――

あるいは評価される作品を書くために存在する。


ですが、お姉さんの甘々堕落創作論は違うッ!



「お姉さんの考える創作論とはッ!

 キミのことだけを考える、私の……ッ


 創作論とは……その目的は……

 !」



粗製乱造――?駄目サイクル――?

そんなの、知ったもんですか……っ!


そもそもが創作なんてものは、

書く前からどうなるかなんてわからない。



評価されるかどうかはもちろん――

良いものができるかどうかだって。


めぐりあわせ、天運、お天道様の気分次第。



「これなら、書けるかもって。

 いいものが書けるかもって。


 キミを机に向かわせる創作論。

 言わば外付けのターボエンジン!


 そうでさえあれば、お姉さんじゃなくてもいいわ!」



それに、キミの書いたものはキミだけのもの。

積み上げた作品はきっと財産になる!


それに、ね。



「せっかく良いアイデアの作品なのに……読者からのウケが良くなかったりしたら。ほとぼりが冷めた頃に、もう一回使いまわせばいいのよ!はっ、どうせ、誰も覚えてないわ!えっ、覚えてる?うふふ、古参ファンの人ありがとーっ!ってねぇ!?あぁん!?」



というわけで、今回の結論は――


甘々堕落創作論その⑤

「キミが書きたいと思える創作論が一番!」



「……ふぅ。

 気づいたら、すっかり素に戻っちゃったわ」


(カタカタカタ……)


「ちょ、元ヤンって言うのはやめてよ。

 お姉さん、別に不良とかじゃないし……」


(ポン、ポン、と頭を撫でる)


「えっ」


(カタカタ……カタカタ……)


「……役に立ったなら嬉しいわ。

 あ、あの、でも、その――」


(ポン、ポン……)



「恥ずかしいわ……私、キミより年上」



(ポン、ポン……)



「ううぅ……」



(ポン、ポン……)



「もう、お姉さんを甘やかすのはやめてぇ!?」



甘やかすのは我にあり、なのにぃ……。


あぁ、顔が真っ赤に――

見ないで、見ないでぇ!



※お姉さんの創作論で

 上手くいかなくても、

 お姉さんは責任を取りません。


 でも――

 完成した作品は、キミの財産です。



’(次回に続く……)

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