「文末のスパシーボ」

~~~~~~~~

 依頼人は言った。

「探偵さん、それはおかしい」

 先生は怪訝な面持ちで聞き返した。

「おかしいとは?」

「殺人犯は私たちの中にいる、ですって?」

 依頼人は首をかしげた。

「なら、どうして犯人は我々と同じように、館に閉じ込められているのですか? 犯人は逃げることができません。明日になればヘリが救助にやってくるというのに」

 もっともな話だ、と僕は思った。

 吊り橋を落としたのは間違いなく犯人の仕業だった。

 先生は何も言わずに首を横に振った。

 そのまま先生は広間を後にした。

「探偵さん、待ってください!」

 依頼人は先生の背中を追いかけて行った。

 それを見ていることしか僕にはできなかった……。

~~~~~~~~


(カタカタカタ……カタ)


「あら?どうしたの、せっかく良いところなのに」


(…………)


「早く続きを読ませて。

 もうプロットは出来てるんでしょう?」


(…………)


「――もしかして。

 また、執筆中に悩みが発生したのねっ!?」


(カタカタ、カタカタ)


「やっぱりっ!」


(お姉さんは声を弾ませる)



「安心して、

 お姉さんが創作論で助けてあげるわ。


 これで創作論も第四回!


 私も創作論作家としては、

 それなりにキャリアを積んできたもの。


 大丈夫。お姉さんにどーんと任せなさい!

 さぁ、悩みを聞かせて聞かせて?」



(………カタカタ、カタ)


「え」


(…………)


「なんで嬉しそうなんだ?……って。

 そ、それは……そのぅ」


(にへへ、とお姉さんは恥じらった)



「キミが小説を書き始めてから、

 私はずっと読んでるだけだったでしょう?


 そのあいだもキミはずっとがんばってて。

 私の方が年上で、お姉さんなのに……」



(お姉さんは「ぎゅっ」と拳をにぎる)


「お姉さんはキミの力になりたいの。作家が小説を書くための必勝法――創作論はそのために覚えたわ。創作論は何のためにあるのか?それは、作家が小説を書く助けとなるため。それを学べば、私でもキミの力になれると思ったの。えーと、だから、その、ね……」


正直な話をしてしまうと。


「……キミが困ってると、嬉しいわ。

 キミの役に立てる、って思えるから」


(――カタカタ)



「せ、性格悪いって……。


 別に――キミが困ってるのを

 楽しんでるわけじゃないのよぉ……。


 純粋に、役に立てるのが嬉しくて。

 私はキミを助けたいだけなんだからぁ……」



(カタカタカタ――)

(「あなた」は『わかってるよ』と伝える)


「――わかってる?本当に?」


(カタカタカタ)


「……もしかして。

 お姉さんをからかってる?」


(……カタ……カタ)


――へぇ?

ふーん、そういうことするんだ?



「良い度胸してるじゃない?

 お姉さんをオモチャにするなんてねぇ。


 今日の創作論は甘さ控えめでいこうかしら。


 口に入れると甘さがすぐに消える、

 キシリトール(※)みたいにね……!」



(※)キシリトール

糖アルコールの一種。

虫歯の原因となる口腔内の細菌と反応しづらいため、歯に優しい甘味料としてガムなどに用いられる。

腸内で水分を吸収する働きがあるため、過剰摂取は腹痛や下痢の原因となるため注意――これはお姉さんの実体験じゃないわよ?本当に違うからね?



というわけで。



今日のテーマは――「文末表現」



「ここからは創作論」


「タメになるか、ダメになるかはキミ次第……」



(コホン、とお姉さんは咳払いをする)


「先ほど、キミは自分の文章を読み返したことで不安を感じたみたいですね。書いている内容自体には問題はありません。なのに、頭の中で字を追ってみると、どうにもしっくりこないところがある。原因は明白。ずばり、キミが不安に思っているのは「文末」です」


キミが書いた文章のうち、

地の文から文末だけを抜き出してみましょう。



~~~~~~~~

 言った。

 聞き返した。

 首をかしげた。

 僕は思った。

 犯人の仕業だった。

 首を横に振った。

 広間を後にした。

 追いかけて行った。

 僕にはできなかった……。

~~~~~~~~



「いずれも文末の表現は「~だった」

 で、締められています。


 これらがズラリと並ぶことで、

 キミは不安を感じたみたいですね」


とはいえ――

地の文は起きていることを描写するもの。


普通に書き進めると、

どうしても表現は似通ってしまう。


「それがキミの悩みだったんですね。

 よしよし、お姉さんが解決しましょう♪」


――ずばり。





「え、それでいいのかって?

 いいんです、いいんです。だって――」


お姉さんは主に読む側ですけど。

その……正直な話、ですよ?





「いやあの、決して、キミの努力を

 馬鹿にしてるわけじゃないんですよ!?


 でもでも、地の文って……

 どうしても単語の拾い読みになりがちで!」



実際に文章そのものを、

頭の中で読み上げるというよりは――



「単語と単語から文章を合成する――

 みたいに読んでる人が多いと思うんですよね。


 文末にこだわりすぎても仕方ないというか」



(カタカタ……カタ……カタ)


――ショック?

――がんばって書いてたのに?


「ふ、ふふっ、良い気味ね。

 お姉さんをからかうからこうなるのよ!」


おっとっと、いけないいけない。

今のお姉さんは「先生」なんでした。


「コホン。えーと、それで」


「もちろん、中にはきちんと

 地の文までしっかり読む人もいます」


頭の中で音読しながら読む。

あるいはそれに近いペースでじっくりと。


「でも、それでも大丈夫なんです。

 だって――」


今回の冒頭で、お姉さんはキミの文章を

しっかり全文まで読み上げましたけど――



 ?」



そう――実際のところ、そうなんです。


文末表現を揃えたとしても、

音読のペースで読み上げる分には違和感が無い。


試しにテキストを自分で音読したり、

冒頭に戻して再生し直してみましょう。





――ね?



「ちゃんと読まずに、単語の印象だけで

 読み流す分には問題ない。


 音読に近いペースでじっくり読んだ場合でも、

 リズムには違和感が無い。


 端的に表現されているので可読性も良――」



つまるところ、問題が生じるのは――。



。文章の連なりを、文字を用いた一枚の「絵」として見た場合の印象ですね。ここで違和感が生じる――というのは否めません。実際にキミも感じたとおり、よく読まれるプロの文章や人気作品の多くは、そういった文体を避けているのは事実ですから」



ただし――結局のところ、問題はそこだけ。

読まれる分には実害はないのですから。



というわけで、今回の結論は――


甘々堕落創作論その④

「文末、そんな気にしなくていいと思う」



(お姉さんは「よし」と声色を変える)


「……これで今回の創作論はおしまい♪

 文末なんて、ちっさいことよりも

 ばんばん続きを書いちゃいましょう!」


(……カタカタカタ)


『それでも書いてる自分が気になる』

『できれば直したい』……?


「えぇー?

 もう……仕方ないわねぇ」


まぁ、そっちも簡単に処理できるのだけど。


「いい、良く聞いてね?

 これはキミにだけ教える秘密よ」


(――お姉さんは君の耳元に近づく)

(――声を潜めて、本当の創作論を伝授した)



~~~~~~~~

 言った。

 聞き返す。

 首をかしげた。

 僕は思う。

 犯人の仕業だった。

 首を横に振る。

 広間を後にした。

 追いかけて行く。

 僕にはできなかった……。

~~~~~~~~



甘々堕落創作論その④-2

「文末表現は、

 「~だった」と

 「子音がuで終わる言葉」

 を交互にすることで違和感が消えるわよ」



「――とっておきだから、ね?」



※ネットで文体や表現を晒されて、

 SNSで笑いものにされても、

 お姉さんは責任を取りません。



’(次回に続いた……否、次回に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る