「人間の不在証明」

(カタカタカタ……)


(今日も「あなた」はパソコンに向かう)


「日々、少しでも文章を書く習慣をつけているのね。

 えらいわ」


「お姉さんも毎日欠かさずに創作論を考えているわよ。

 まずはご飯をいっぱい食べること。

 夜はよく眠ること。

 椅子にお金をかけること。

 晴れた日には布団を干すこと――」


(カタ……とキーボードを打つ手が止まる)


「あら?また手が止まっているわね」


(…………)


「応援コメントが届いたのね?

 お姉さんにも見せて見せて。

 どれどれ…………な、なぁんですってぇ!?」



『あなたの小説は人間が書けていません。

 もっと小説以外にも目を向けて、

 他人に興味をもってはいかがでしょうか?』



「こ、こぉんのぅ……

 いい加減なことを言ってぇ……!」


「キミ、こんなの気にすることないわ!だいたい応援コメント機能は、読者が作家さんを応援するためにあるものよ。文章の添削だの批評だのは、お門違いもいいところなんだから。ね?削除、削除。ほら、気にしないで執筆を再開しましょう?」


(…カタ…カタ……………)


「――なんて言っても、気にしない方が無理ね」


(ふぅー、とお姉さんは息を整えた)


「いいわ、お姉さんが助けてあげる。


 ……まったく、ざけんじゃないわよっての。

 この手のヤカラには、頭にきたんだから!」


(パァン!とお姉さんは拳を打ちつける)


どうやら、お姉さんには私怨があるようで……。



今日のテーマは――「人間を書くこと」



「ここからは創作論」


「タメになるか、ダメになるかはキミ次第……」



(コホン、とお姉さんは咳払いをする)



『人間が書けていない』


「小説の批評で頻発するマジックワードです。


 マジックワード――

 一見、意味がありそうで意味をもたない言葉」


(ほわわん、と魔法のエフェクトがかかる)



「実は『人間が書けていない』という言葉は、

 一見して深い指摘をしているように見えますが、

 実のところ何も具体的な批評にはなっていません」



(すらすらすら、と紙に字を走らせる)


「小説を書くとき、キミは人間を書いているはずです。

 (異星人しか出てこないSF?はーっ、知らない)


 人間を書いている事実と、

 人間が書けていないという批評。


 ともあれ――

 なぜ、存在するはずの人間が不在とされたのか?」


「これは、どうとでも解釈できます。

 もっとも想定される答えは「登場人物が『プロットや作者のやりたい展開に奉仕するだけの血の通わない道具』になり果てたことで人間味を感じない」というあたりでしょうか?」


作者が「人間」だと思っているものを、

読者は「人間」とは思えない。


「実は、ここに罠がひそんでいるのです」


読者と作者のあいだで作品に対する解釈が異なっている、という事実を示した上で――どこに違いがあるのか、その違いが何に由来するのかを、作者に考えさせるように仕向ける狙いで放たれた罠――それ故にマジックワード。


マジックワードは何のために使われるか?


「マジックワードは、ビジネスの場では相手の思考を誘導することで発話者の要求を呑ませるために用いられます。それでは『人間が書けていない』というマジックワードは、誰の、どのような目的のために用いられたのでしょうか?」


お姉さんが教えましょう。



 『人間が書けていない』という言葉は、作品に対して不満を抱えているが、それに対して実際には具体的な指摘をする能力に欠けた人物が、己の能力を誤魔化して、さも的確な批評をしていると思わせたい――といった目的のために使われています」



「納得がいっていない、不満を抱えている――

 平易な言葉を用いれば「説得力を感じない」で終わるはずの感想を、批評であるかのように見せかける言葉」


一億総SNS時代。


誰もが自身のアカウントを有して、

誰もが感想を気軽に呟けるようになった時代。


そのような中で「感想」には飽き足らず、

「批評」をする自分になりたいという欲望が存在する。



「感想はもちろん、自由です。

 どんなことを話してもかまいません。


 読んでいるときにお腹が痛かったから――

 虫の居所が悪かったから、0点。


 それだって立派な感想です」



「ですが、批評は感想とは異なります。

 批評は作品の価値を定めること――


 その価値を検討する場において、

 意味がありそうで意味をもたない言葉を

 用いることは推奨されません」



『人間が書けていない』は批評にはなっていない。

それに言外の意味があるというのなら――


「言外」の言葉を「言内」に下ろさなければならない。



「言葉を正確な意味で用いることでしか、

 批評は成立しないのです」



というわけで、今回の結論は――


甘々堕落創作論その③

「批評家気取りは気にしない。

 書いてる人がよっぽどえらい」



(お姉さんは「ふふん」と声色を変える)


「さて、今回の創作論はこんな感じかしら」


「読者の声に耳をかたむけるのは決して悪いことじゃないわ。それが耳に痛い批評であっても、的確な指摘をもらえれば、作家として成長できるはず」


「でも、なんでもかんでも受けれなくていいのよ?

 ましてやそれが「自分を批評家であるかのように見せたい」なんていう――どこの誰とも知らない人の、ちっぽけな自尊心を満たすためのものであれば尚のこと」


「……今日の創作論は、ほんのり甘かったかも。

 甘味料で言えば、エリスリトールぐらい?」


でもね――



「甘くてもいいの。甘々でもいいの。

 だって、創作論は作家のためにある。


 お姉さんが創作論を話すのは、キミのため。

 キミの作品だけを読みたいの。


 それ以外はどうだっていいんだから」



(「だから早く続きを書いてね……」と、ささやく)



※読者の声を無視して、

 アンチが大量発生することになっても、

 お姉さんは責任を取りません。



’(次回に続く♪)

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