ヒーローの赤いヘアゴム
@cream_soda1110
第1話
私は高校2年の女子高生だ。いつも通り学校に向かう電車に乗っている。今日は運良く座ることができた。小テストの勉強をしようかと思ったが、音楽を聴きたい誘惑に負けゆっくりしていたところ次の駅で70代くらいの女性が乗ってきた。席を譲ろうかと迷っていると斜め前に座っていた男性がささっと席を女性に譲っていた。いつも私はすぐに行動に移せず結局見て見ぬふりをしてしまう。これは席を譲ることに限った話ではない。道に迷っていそうな人や落し物を探している人を見かけても勇気が出ず「大丈夫ですか?」の声が出せなかった。
しかし、私はそんな私から変わるきっかけとなる体験をした。ある日私は寝坊し、朝からバタバタしていた。「なんで起こしてくれなかったの?」と母に八つ当たりしそうになるのをぐっとこらえて洗面所へ向かった。急いで髪の毛をとかし、結ぼうとしたら私はいつも使っている黒いヘアゴムが腕についていないことに気づいた。きっと寝てる間に落ちてしまったのだろう。部屋まで戻ろうかと思ったが、ふと赤いヘアゴムが視界に入った。誰のものかはわからなかったが今日だけ借りようと思い、とりあえずその赤いヘアゴムで髪を結んだ。その瞬間私は、私の中には生まれたことのない感情、自分とは違う人格のようなもの、が入り込んできたように感じた。だが、そんなことを深く考えている時間はなかった。急いで制服に着替えリュックを背負い家を出た。7分後に電車が来る。あの信号に間に合えば5分でつく。全力で走り、なんとか信号に間に合った。一息ついて歩き出したとき、すれ違った女性がスマホを片手にキョロキョロとしていた。迷っているみたいだ。気がついたら私は女性に声をかけていた。「どうかされましたか?」と聞くと「ええ、市役所に行きたいんですけど、迷ってしまって…。」と女性は答えた。急いでいることも忘れ、私は市役所への道を女性に教えていた。教え終わると女性から「ありがとう。助かりました。」と感謝された。不思議と達成感とともに責務を一つこなしたような安堵を感じた。結局電車を乗り損ね、ギリギリで学校へ到着した。いつもでさえ見て見ぬふりをしてしまっているのになぜ今日はよりにもよって急いでいるのに助けたりしたのだろう。
三時間目が終わり、昼休みになった。お弁当を広げたとき、クラスのどこからか「お弁当忘れた!」と焦る女子の声が聞こえた。いつもなら親しい友達でない限り、お弁当を分けたりなどしないはずなのに気づいたらおにぎりをひとつその女子生徒に渡していた。また「ありがとう」といわれ、朝と同じ感情に陥った。まただ。まるで困っている人を見ると見捨てられない正義のヒーローにでもなったかのようだ。
いやもしかしたらなっているのかもしれない…。
その後も体操服を忘れた他クラスの子に体操服を貸したり、係でもないのに荷物を運ぶのを手伝ったりと、いつもの私なら率先してやらないことを今日の私は迷わずやっている。昼休みに感じた疑問が確信に変わっていった。
放課後の部活も終わり下校している最中にも私はヒーローになった。高校の最寄り駅につき、ホームへ行く階段を登ろうとしたとき、前に高齢者用のキャリーカートを持ってゆっくりと階段を登っているおじいさんがいた。私はまた正義のヒーローのように駆けつけ荷物を階段上まで運び、その後おじいさんを支えながら階段を登った。するとおじいさんは私に「どうして、手助けしてくれたんだい?」と尋ねた。その時の私はヒーローの私ではなくいつもの私だった。私はおじいさんからの質問になんて答えたらいいのかわからず、「そんなの当たり前だからですよ。」と笑って濁すしかなかった。
家に着き、まず始めにお風呂に入った。赤いヘアゴムで結んだ髪を解き、シャンプー、リンスをして体を洗う。お風呂から上がり、いつも通りスキンケアをする。髪も乾かしたいところだが、暑いのでひとまずパジャマを取りに行ったときに見つけたいつもの黒いヘアゴムで髪を結び、リビングへ向かった。キッチンでは母が夜ご飯の支度をしていた。少し忙しそうに感じたので手伝おうかと思ったが、結局昼間のように手伝いに行こうとはしなかった。昼間の正義のヒーローのような私はそこにはいなかった。
次の日は前日の反省を活かしていつもより20分早く起きて余裕を持って支度をした。いつもの黒いヘアゴムで髪を結び、学校へ向かった。途中、歩くのがゆっくりのおばあさんを抜かして歩いた。電車の席は埋まっていたので私は立っていた。いつもならそのままドア付近の壁に寄りかかっているが、今日は座席側に立っていた。何駅か通り過ぎたあと、席が空いたが、私は座らずそのまま立っていた。そして学校の最寄り駅で降り学校へ向かった。
今日は昨日のように気づいたら人助けをしていることはなかった。昨日のは何だったのだろうか。
あの日から2週間が経ち私はすっかりあの変な感覚や感情を忘れていた。夏も終わりに近づき涼しさを感じ始めた今日は学校の文化祭だ。朝はいつもより1時間も早く起きて気合を入れて準備をした。メイクも着替えも終わり、ヘアアレンジに取りかかっていたときちょうど私のクラスのイメージカラーである赤のヘアゴムを見つけた。せっかくなので私はそのヘアゴムで髪の毛を結んだ。そしてまたその瞬間私とは違う人格、まるで正義のヒーロー、が体の中に入るような、自分自身がヒーローに変化するような懐かしい感覚に陥った。
文化祭は学校関係者だけでなく、生徒の家族や他校の生徒、入学を考えている中学生などたくさんの来客で学校が賑わう。私は去年に増してクラスの出し物だけでなく、ステージで行われる催しなどを楽しんでいた。廊下を歩いていたとき、6歳くらいの男の子が暗い顔をして何かを探していることに気付いた。「迷子だ。」そう思ったときには体が勝手に男の子の方へ向かっていた。またあの日のように私は無意識のうちに困っている人へ手を差し伸べていた。無事迷子の男の子はお父さんと合流できたようだった。私の心は達成感と安堵と責任感で埋め尽くされていた。私はふとあのときのおじいさんの質問を思い出した。「なぜ、手助けしたのか?」今の達成感や安堵が心に残っている状態なら答えが出せるのではないかと思ったが、ピンとくる答えは浮かばなかった。ヒーローの状態になっている私は、困っている人を見つけたらすぐに迷わず助けに行き、見返りを求めたり、相手にどう思われるかなど自分中心の考え方をしていない。「助けよう」と思う前に体が動いている、ただそれだけだ。
今日一日私は文化祭を楽しみつつ落とし物を届けたり、探したり、道案内したりと困っている人を見つけたらすぐ駆けつけるということを繰り返した。そうして文化祭が終わり、後夜祭が始まった。軽音楽部の2️組目のバンドのバンドが始まったときに、私は後ろの女子生徒の顔色が悪いことに気がついた。すぐに声を掛け、保健室に行き休むことを勧めた。私は一緒に保健室まで向かっていた。その道中私の髪の毛が校内の装飾に引っかかり、髪の結びが緩んでしまった。結び直すためヘアゴムを外したとき、自分の心の正義感が揺らいだ感覚がした。ヒーローが私の中から抜けていくそんな感覚とも言える。とりあえず、女子生徒を保健室まで連れて行き、養護の先生に手当をお願いした。保健室を出たあと私は冷静になって考えた。赤いヘアゴムを外してから私は正義のヒーローではなくいつも通りの私に戻っている。よく考えてみれば2週間前のあの日も私はこの赤いヘアゴムで髪を結んでいた。このヘアゴムが私に正義感をもたせ私を正義のヒーローに変えたのだろうか。そう思うと少し不気味に感じ、私はいつものくろいヘアゴムで髪を結んだ。その後、何事もなく後夜祭は終わり、下校となった。
駅につき、電車に乗ると空いていて座ることができた。しかし、4駅ほど過ぎた頃にはだんだん人が増え席が埋まってしまった。そして次の駅で70代くらいの女性が乗ってきた。私は気づいたら席を譲っていた。その時に責任感や安堵は感じなかった。ふと我に返って私はスマホのカメラで自分のヘアゴムの色を確認した。黒色だった。ではなぜ私は赤いヘアゴムをしていたときと同じような行動をとったのだろうか。
家のベットに寝転がっていると私は自分の変化に気がついた。前までは困っている人のことを考えた行動をしていなかったが、気づけばこの2週間私は電車のドア側に立つのをやめ、席前に立っていたり、母が忙しそうにしている様子に気をもんだりしていた。それは前の私にはなかった行動だ。今日一日で私は赤いヘアゴムの力ではあるにしても多くの人を助けた。その助けた時の感覚や経験は私の体に刻まれている。だからさっき電車で無意識のうちに体が動いたのだろう。むしろあの赤いヘアゴムは私をヒーローに変身させているように見えて、本物の私を引き出してくれていたのかもしれない。勇気が持てずに行動に移せなかった私を後押ししてくれていたのかもしれない。
ヒーローの赤いヘアゴム @cream_soda1110
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