整列

壱原 一

 

遠地に進学が決まり、下宿へ住まう手筈となった。歴史ある個人経営の下宿で、部屋は古くも清潔。朝晩の飯も口に合うので不満なく新生活を始めた。


数日して異変に気付くことには、部屋の入口近くの巾木はばきに髪が1本据えられている。


壁と床の継ぎ目の部材に、毛根がくっついている。抜け落ちた自毛が偶然着地したのだろうと何気なく拾って捨てた。


捨てた筈だったが、翌日も巾木に髪があった。


うまく摘まめていなかったかと、今度は注意して髪を摘まむ。確実に屑籠へ落ち入るのを見届けて、これで良しと忘れ去った。


忙しい週日を過ごし、待ちに待った週末を迎える。思う存分だらけたい気持ちで形ばかり掃除機を掛けていると、巾木の髪が目に入った。


部屋の入口近くの巾木で、傍に照明のスイッチがある。例えば何かこう配電の関係で静電気やらが発生しており、同じ具合に抜け毛を引き寄せてしまうのだろうか。


巾木の髪を掃除機で吸い、念入りに掃除機を掛けて、集まったごみを纏め集積場所へ運び出す。


よもやまた在りはすまいなと部屋へ戻るなり巾木を見る。無かったので清々として、換気用に開けていた窓を閉めるべくレースのカーテンを捲って息を呑んだ。


窓の桟に小さな羽虫の死骸が整列している。等間隔にびっしりと、偏執的な熱意を以てずらずら並べられている。


ふわりと風が吹き込んで、せっかく掃除した部屋に羽虫の死骸が散らばった。


すっかり気分が悪くなり、不貞腐れて死骸を掃き集め集積場所へ運んだ後、戻ると巾木に髪があった。


しかも2本に増えている。


水平にぴたりと並んでいて、被害妄想も甚だしいが、何者かが部屋へ侵入し巾木に髪を並べたのではと益々不快になった。


*


部活の合宿の自由時間に愚痴がてらこの話をすると、先輩達が直ぐに下宿先と部屋を言い当てた。


曰く付きの部屋だと言う。


何年も前にあの部屋へ下宿していた先輩が、様々な事を思い詰めて自ら命を絶った。その先輩には妙な習癖があり、多くの人が捨てるような物を集めて気の向く場所へ整列させていたとか。


先輩達は意地悪く茶化し、呪われるから引っ越した方が良いと煽り立ててきた。


初めての1人暮らしで、遠い地、新しい環境、競い高め合う部活仲間達の手前、僅かでも臆病風に吹かれたとか尻尾を巻いたとか思われたくなかった。


本当は「ああ、それで」と納得していたにも係わらず、故人を軽侮する表現を交えて過剰に悪ぶった虚勢を張ってしまった。


ほんのり面倒臭さを漂わせた先輩達から口々に宥められ、己の幼稚さに辟易した。


*


傷心に浸る間も無く扱き倒されて、へとへとで合宿を終えて暮れに下宿へ帰り着く。


薄暗い廊下の自室の前で、隣室の同級生が及び腰におろおろドアを見ており、声を掛けるとはっとして「だよね」と走り寄ってきた。


そうだよね。合宿だよね。中に誰か居るみたいで変な音が聞こえる。


咄嗟にここまでの鬱屈が八つ当たり気味に噴出し、同級生を脇へ退けて素早く鍵とドアを開けた。


室内は暗く、背後から廊下の灯りが差し入っている。


足元で何かが反射して、見れば蹲る誰かの炯眼がこちらを睨み上げていた。


声を上げなかったのは、殆ど意地だったと思う。電気を点けて窺うと既に人影は無かった。


巾木に髪、窓の桟に死骸、机の縁に爪の端、枕元に皮膚片。


全部まっすぐ並べられ、きっちりと整列していた。


*


単なる悪戯と断定されたものの、犯人が見付からず程度が深刻として下宿を出られる運びとなった。


転出先では何事もなく現在に至っているが、ある習癖が染み付いて一向に脱せない。


やたら「変わった」と言われるのが厭で学校を辞め、誰にも見付からない場所で先輩と暮らしている。



終.

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整列 壱原 一 @Hajime1HARA

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