第17話 野生の勘

 大当たりのスープも一口味見させてもらったら、料理のことがよくわからなくても、キノコが入っているだけでこんなに違うのかと感動する美味しさだった。


「私、この実習で良いところなしね……」


 エリカ先生の言うとおりバッドな感じになってしまったミーシア嬢は、ホテルの特製弁当と普通の美味しいスープをちびちびと食べながらしょぼくれている。少し涙目になっているのは気のせいだろうか。


「そんなことないですよ。意見をまとめたり、次の指針を決めてくださったりしてるじゃないですか」

「だって、ハイドくんのほうがよっぽど頼りになるじゃない」

「もう、自信持ってくださいよ」


 一口では特に何も感じなかったが、やっぱり変なものが入ってるんじゃないだろうか、ハズレのスープ。


 そして僕のスープを味見したスノウ様は、無言でぎゅっと目を瞑り、傷一つない綺麗な眉間に皺を寄せた。ジュリも口を押さえて顔を背けた。


「ハイドくん、そのスープ食べ切るんですか?」

「もちろん。この苦いのもなんだかクセになる味に思えてきたよ」


 餓死する恐怖を味わったことがあるので、僕に食べ物を残すという考えはない。


「強いのねハイドくん……」


 僕が苦いスープを平らげているのを見て、ミーシア嬢は少なくとも自分は美味しいスープなのだから落ち込んでいてはいけないと思ったのか、少し食欲を取り戻したようだった。




 昼食を食べ終わり、そろそろ出発しようと立ち上がった時だった。


「良い匂いがするー!」


 僕たちが来たのと同じ、険しいルートの方から妙に元気な声がした。


「食べ物!? 食べ物だ!」

「いらっしゃーい。お腹空いたでしょう」

「空いたー!」


 金と焦茶がまだらに混ざった髪に葉っぱを付けた背の低い男子生徒は、全く疲れを感じさせない動きでエリカ先生に駆け寄り、びしっと手を挙げた。


「三つのお鍋から一つ選んで食べていってね」

「どれでもいいの!? んーとねえ」


 そしてすんすんと三つのスープの匂いを順に嗅ぎ、


「これ! これが一番美味そうな匂いがする! 高いキノコの匂い!」


 と、ものの数秒で大当たりの鍋を選んだ。


「あらあ、鼻がいいのねえ」

「そう! おれ鼻がいいんだー」

「あっちのテーブルを使っていいからね」

「ありがと!」


 賑やかな男子は両手で嬉しそうにスープを受け取り、零さないように器を注視しながらこちらに近づいてきた。


「あなた、一人だけ?」


 四人一組のはずなのに、一向に他のメンバーが現れる様子がないことに気付いて、ミーシア嬢が話しかけた。


「公爵家の人だ! こんにちはー!」

「こ、こんにちは」


 気安い言葉使いだが一応敬意を払わねばならないとはわかっているようで、男子生徒はぺこりとお辞儀をする。ミーシア嬢も釣られて挨拶を返した。押しの強いマイペースな相手には弱いらしい。


「あのねー、おれ以外の人は罠にひっかかってリタイアしちゃったからねー、おれ一人で来たんだー!」

「本当に一人なの? オーリー先生の課題はどうしたの?」

「背中にタッチしたら合格にしてくれた!」


 あの鬼神相手に一人でクリアしたというのか。光の加減によって緑にも金にも見える猫のような目と、妙に野性的なその能力から、僕はある生徒の噂を思い出した。


「もしかして、三組の……。名前は確か、トーティ?」

「なんで知ってんの!? そう、トーティ・ラスト!」


 トーティはよほどお腹が空いているようで、喋りながらも椅子に座って弁当を取り出し、ふわっとした食前の祈りの動作をした後スープに手をつけた。


「うまーい!」


 普通は公爵家なんていう上位の貴族を見たら畏まるものだが、そんなことより食事が優先らしい。ふにゃふにゃの笑顔で頬張る様子は、見ているだけでこちらまで笑顔になる。


「珍しい血統魔法を持ってるって聞いたよ」


 男爵家は一代限りの爵位なので、彼自身は平民ということになる。それでも入学が許された理由が、彼が父から受け継いだ血統魔法のためだという噂を聞いた。


「そう、これー」


 スプーンを持っていない方の手を出し、爪を見せたと思ったら突然その爪がシャキンと尖った。


「猫みたいね」

「名前もそのまま【猫の加護】だったと思います」


 他にも五感や脚力の強化、暗視など、猫のような能力を行使できるという話だ。人外レベルまで身体能力を引き上げる強化魔法だと思えば、オーリー先生に一人で対応できたのも頷ける。三組の所属なのは、たぶん彼の能力が入試の方法では上手く測れなかったからだろう。今後彼の家が有名になれば、【ホラントの氷】のように家名の入ったものに変わる可能性もある。


「おれより詳しいじゃん! だれー?」

「ミスティコ家のハイド。よろしくね」

「ハイド! よろしくー」


 笑った口元から尖った牙が見えた。ずいぶん人懐こい猫だ。僕がいつもどおり『みんなと仲良く』『最初の印象が肝心』を心がけていると、鍋を管理しながらにこにことこちらを見ていたエリカ先生が突然言った。


「そうだ。エーレンベルクさんたち、トーティくんも仲間に入れてあげてくれないかしら」

「んぇ?」


 トーティ本人が一番きょとんとしている。するとミーシアが初めに頷いた。


「私は構いません。いくら先生がたが見守ってくださっていても、一人では危ないこともあるでしょうし」


 と言ってから、


「……あ、ええと、他の皆がよければだけど」


 急に目を泳がせた。やっぱり少し自信をなくしている。僕たちは一度顔を見合わせ、口々に頷いた。


「俺は別に」

「はい、人数は多い方が楽しいです」

「僕はスノウ様に従います」


 するとトーティはぱあっと顔を明るくした。


「いいの!? ありがとなー、やっぱちょっと寂しかったからさー!」

「私からもありがとう。他の先生にも伝えて、不利にならないようにしておくからよろしくね」


 こうして仲間を一人増やし、どうやら書類には【エーレンベルク班】で登録されているらしい僕たちは、二つ目のチェックポイントを後にした。

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