第18話 大鷲

 いよいよ後は頂上に辿り着くだけとなり、先行してうきうきと歩いていくトーティの背中を追う形で、僕たちはまた険しい道を進んでいた。


「よっ、ほっ」


 急な斜面をひょいひょいと登っていくトーティは本当に疲れ知らずだ。


「なんで彼、三組なの?」


 スノウ様が足を踏み外した時のためにその下を行く僕より更に遅れて、心身へのダメージがまだ回復していないミーシア嬢がぼそりと呟いた。


「うーん。魔法実技と筆記試験の成績がすごく悪かったとか……?」


 トーティは身体能力は高くてもあまり物事を深く考えるタイプではないように見えるので、ひっかけ問題に簡単に引っかかりそうだ。僕が武術と筆記で少し手を抜いた結果七位になったみたいに、一つが突出して良くても他が足を引っ張れば三組になる可能性はある。


「なるほど……。あいつもそのパターンかしら……」


 しまった、墓穴を掘った。


「ま、まあ、罠も見分けてくれますし、頼もしい仲間が増えてよかったですよね」

「……そうね」


 最後尾のジュリが慌てて話題を逸らしてくれた。持つべきものは協力者だ。




「着いたー!」


 トーティのペースに着いていった結果、予定よりも早く頂上に辿り着けたのは良かったが、


「ちょっと、休憩させて……」

「やっと平らな場所ですね……」


 一同息切れで景色の美しさに感動するどころではなかった。さすがに僕も少し疲れた。体力には自信があったのに上には上がいることを思い知らされたので、今後は高低差のある地形での訓練も視野に入れようと心に決めた。


「ねー、誰もいなーい!」


 一人元気に辺りを見回し、休憩所として設置されている大きめの山小屋の中まで覗いていたトーティが、こちらに向かって叫んだ。


「え? ここ、頂上よね?」

「そのはずですが……」


 近くに山頂の目印もある。事前の説明のとおりなら、ここが最後のチェックポイントのはずだ。ところが。


「なんか来る!」


 トーティが突然、髪を逆立てて独特の構えをとった。次の瞬間、晴れていた空が暗くなり、一拍置いて突風が吹いた。


「あれ、もう来ちゃったのきみたち! ごめんね、山小屋に避難しててくれる!?」


 暗くなった空が再び明るくなると同時に、若い男性の声が頭上から聞こえた。地面に仰向けに転がっていたスノウ様以外の全員がほぼ同時に空を見上げる。と、


「ハンマーイーグル!」


 ジュリが叫んだ。巨大な岩でも持ち上げるという強靱な脚力と爪、ハンマーの名前の由来になった硬い嘴による突きが脅威とされる災害級の魔獣だ。空が暗くなったと思ったのは、山小屋を包むほどの大きな翼のせいだったのだ。


「この山って、大型の魔獣はいないんじゃなかった!?」


 ミーシア嬢が言うとおり、この辺りが貴族の静養地や避暑地として人気なのは、魔獣に出くわす危険が少なく、出没したとしても民間人が簡単に倒せる弱い魔獣の目撃情報しかないからだと聞いていた。


「そういえば、南部の山にいた大型のハンマーイーグルが突然姿を消したって、最近新聞で読みました!」

「それ本当ー!?」


 相変わらず声は上空から聞こえる。よくこちらの声が聞こえるものだと手で庇を作って目を凝らすと、小さな黒い影が大鷲を地上に近づけないように牽制しているようだった。


「とりあえず、先生の言うとおり一旦山小屋に入りましょう!」


 僕たちが大鷲の見えるところにいると、あの黒い人影が全力を出せない。


「……わかった」


 スノウ様が真っ先に頷いて、山小屋に向かった。


「えーっ! 戦わないのかー?」

「飛べるなら戦えばいい」

「飛ぶのは無理!」


 一度は臨戦態勢になったトーティも、すれ違いざまに言われた言葉に納得して後に続いた。これはスノウ様の短い説得が的確なのか、トーティが素直なのか。


「ミーシア様とジュリも早く!」

「はい!」


 扉を開けて手招きすると、ジュリが慌てて入ってきた。


「ミーシア様?」

「うう……、もう!」


 ミーシア嬢は最後まで何かできないか考えていたようだったが、結局教師ですら対応しかねている魔獣が相手では、自分にできることなどないという結論に達したようだ。


 小屋の窓から外の様子を伺うと、僕たちが避難したことで高度を下げられるようになった黒い影が、少しずつ大鷲を地上に誘導している。近づいてくるほどその大きさがわかり、頑丈な山小屋が羽ばたきが生み出す強風で揺れた。


「やっぱり、先生一人では対処が難しいんじゃないかしら……」

「ええ、おそらく他の先生がたの応援を待つまでの時間稼ぎをしているんだと思います」


 と言っていたそばから、


「あっ!」


 黒い影が翼によって叩き落とされた。乾いた山頂の地面に土埃が舞い、それも強風ですぐに晴れる。


「あいたた……」


 若い男性教師が腰をさすりながら顔をしかめているのが見えた。どうかすると今年卒業したうちの長兄よりも若く見える、爽やかな金髪の青年だ。片手には持ち手の曲がった黒いステッキを持っている。


「魔法学のライズ先生です」

「ハイドくん、もしかして先生がたの顔と名前全部覚えてるの?」

「はい。確かライズ先生は、影を操る血統魔法をお持ちだったはずです」


 地面に触れる直前、ライズ先生の影が本体を受け止めるように揺れたのが見えた。身体への衝撃はそう大きくないはずだ。


「確かに強力な魔法だけど、災害級相手に持ちこたえるのは無理よ……」

「応援って、あとどれくらいで来るんでしょうか……」


 僕だって、自分にやれることがあるなら加勢したい。しかし僕の攻撃魔法なんて高が知れているし、スノウ様やトーティのような強力な血統魔法もない――と考えたところで、ライズ先生の影を操る魔法について噂で聞きかじったことを思い出した。僕は窓を開け、先生に向かって叫ぶ。


「先生! イーグルを地面に触れさせることができたら、勝てますか!?」


 するとライズ先生は一瞬ぽかんとした後、


「もちろん!」


 親指を立ててウインクした。そこで僕は室内に向き直る。


「スノウ様、協力してほしいことがあります。トーティも」

「うん」

「いいよー!」


 二つ返事が頼もしい。僕は二人に作戦を伝え、頷き合うとできるだけ音を立てないようにドアを開け、小屋を出た。

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