第14話 VS鬼神先生

 世の中に存在する魔法の中でも特殊なものとして、血統魔法と呼ばれるものがある。これは教本に掲載されていて学べば使えるようになる魔法と違い、その魔法を発現させた者の血を引いていなければ使えないという制約がある。その分威力や性能は一般魔法とは桁違いで、歴史上でもたった一人の血統魔法が戦局をひっくり返したという記録が残っているほどだ。


 そして王家はもちろん、伯爵以上の家はほぼ百パーセント強力な魔法を保有している。というより、血統魔法のおかげで現在までの地位を築いてきたと言っても過言ではない。


「あれが、ホラント伯爵家の血統魔法……」


 陽の光を浴びた氷の槍が動きに合わせてきらきらと煌めき、ジュリが思わず小さな声を漏らした。


 血統魔法が発現する条件は未だに解明されておらず、平民でも戦場や日常生活の中で突然使えるようになったり、別の血統魔法を持つ貴族の中から全く違う魔法が使える人間が現れたりと、規則性も見当たらないらしい。神の祝福だという説もあり、一部では信仰の対象になっている。


 ヒュッと槍を振り、僕の身体強化魔法を受けたスノウ様は走り出した。


「こんなところで【ホラントの氷】が見られるたあ光栄だな。教師になった甲斐があるってもんだ」


 いつもどことなくやる気がなさそうなオーリー先生の目に光が灯り、鋭い打ち込みの軌道を腕一本で逸らした。


「何よあれ、篭手も着けずに防御するなんて」


 ミーシア嬢は呆れながらもオーリー先生の死角を狙うために走っている。


「オーリー先生はいつもそうですよ」


 授業中に自分が教えた強化魔法を使わせる時も、防具や盾を身に着けていたことはない。それで怪我をしたところも見たことがない。攻守一体、敵が強ければ強いほどテンションが上がるタイプの戦闘狂バーサーカーなのだ。


「本当に? 変態じゃない」

「そこ! 聞こえてんぞ!」


 ミーシア嬢の辛辣な感想を聞いて、オーリー先生はスノウ様の攻撃を捌きながらもちゃんと突っ込んだ。


「聴覚も強化してるんですか? 気持ち悪いですね」

「精神攻撃か? 普通に凹むからやめてくれ」

「あら、効いてるんですね。もっと積極的に罵倒しようかしら」

「これだから貴族は……」


 観戦料を払って場外から観ていたいくらいの試合だが、僕も悠長に見学している場合ではない。スノウ様の信頼を裏切らないために、最善を尽くさなくては。


「先生はまだ余裕、でもミーシア様とジュリもさほど疲れてないから大丈夫。やっぱりスノウ様の負担が大きいな……」


 遊撃と言われて何をするべきかと考え、僕はひとまず全体を見渡せる距離からオーリー先生の死角を狙って移動しつつ、三人の動きを把握することにする。


 スノウ様が使う血統魔法【ホラントの氷】は、氷結魔法の最高峰と呼ばれるほどの純度の高い氷を創り出す魔法だ。別に槍の姿を取らなくても、使用者のアイデアと魔力適性次第でどんな大きさ、形にも変えられる。本人に訊いたところによると、氷を作った本人は触れても冷たくないらしい。


 そんなにとんでもない魔法なのにどうしてホラント家が伯爵位なのかというと、『それ以上のことができない』からだ。


 生成した氷を水に戻したり、対象を直接凍らせたりといったことはできず、水晶のような美しさを持つ氷は溶けても霧のように消えてしまう。

 ただ鉄に匹敵する硬度の氷を操るだけ。しかも発現した者の素質によって扱える大きさや操作精度が変わるため、要は汎用性が低いのだ。


 それでもスノウ様は歴代屈指の適性を示しているそうで、十二歳にして現当主よりも使いこなしているとさえ噂される。今だって、槍での攪乱をメインにしながらも次々につららや障害物を生成しては不意打ちに使い、常に注意が自分に向くよう仕向けていた。しかし、


「もう、せっかくスノウが引きつけてくれてるのに全然当たらない! 後ろにも目が付いてるのかしら?」


 オーリー先生はスノウ様の全ての攻撃を躱し、いなし、逸らして時には弾き返した上で、ミーシア嬢とジュリが遠距離から飛ばす魔法も器用に避けていた。


「おら、残り半分だぞ」


 ついでに時間を確認する余裕まである。息も切らしていない。本当に人間だろうか。僕は強化魔法をかけ直したり、治癒魔法で三人の疲れを軽減したりといった面で細々とサポートしながら考える。


「そういえば、この課題をクリアできたら何ポイントもらえるんですか?」


 少しでも気を逸らすべく、僕は先生に遠くから話しかけた。


「当てた奴に十ポイント、それ以外の班員には五ポイントくれてやる」

「へえ、太っ腹ですね」


 それを聞いて、ミーシア嬢の目が少し険しくなった。十ポイントを狙う目だ。

 ――でも僕は正直、スノウ様に取ってほしかった。


「あと一分!」


 時々距離を詰めて直接攻撃を仕掛けるようになったミーシア嬢と、こめかみから汗が伝い、いつも涼しげな顔に疲れが見え始めたスノウ様、二人の様子を見ながら遠距離での攻撃を続けるジュリの三人をオーリー先生は避け続けている。


 このままでは僕たちが疲れ切って、まだ最初のチェックポイントなのに今後の行程にも支障が出そうだ。むしろそれが目的なのか。できる限り早く切り上げなくてはならない。考えろ、先生の注意を逸らす方法だ。


「先生が絶対に注意を向けなければいけない状況を作るには……」


 そして一つ、試してみたいことを思いついた。もっと良い策があるかもしれないが、迷っている時間はない。僕は意を決して走り出した。


「あと三十秒! ん?」


 さすが先生、できる限り消したつもりだった僕の気配にも敏感に反応した。しかし視認はできないはずだ。『魔法の応用』で学んだ『物を見えなくする魔法』の更なる応用で、僕は自分の姿を消している。


 そして、


「すみません、先生」


 先生の背後を取った瞬間に姿を現し、ここまでツタや枝を払うために使ってきたサバイバルナイフをを狙って突き出した。


「っ!」


 戦闘狂であるが故に微かな殺気にも敏感に反応してしまうオーリー先生は、本気で殺す気だった僕の攻撃に反応せざるを得ず――


「取った!」

「ああ、くそっ!!」


 珍しく興奮し、息切れして上ずった声を上げたスノウ様の槍が、ゼッケンの中心を貫いた。

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