第13話 実習課題その一

 貴族学校の教師である以上、ほとんどは貴族家の出身だ。しかしマナーや歴史といった分野の担当と違い、魔法学の教師は実力がものを言うところがあり、子爵家の出身や平民出身から魔法学分野での功績を上げて男爵になった人を登用していることも多い。


「こっちは公爵家に泥付けられると思って張り切ってんのに、これだから優等生はやだねえ」


 まさにその平民上がりであるオーリー先生は、貴族らしからぬ安タバコを介して大きく息を吸い、ふー、と美味しそうに吐いた。


「仕方ねえ、仕事するか。えーと、ここまで無傷で辿り着いたからまず十ポイント」


 人差し指と中指でタバコを挟み、わきに挟んでいたクリップボードを面倒くさそうに取り出して、僕たちの成績を書き込む。


「で、ここからがこのチェックポイントの課題だ」


 すると、急に後ろを向いた。


「何でもいい。三分以内にここに攻撃を当ててみせろ」


 親指でぞんざいに示す背中には、正方形のゼッケンのようなものが縫い付けられていた。


「攻撃を当てる?」


 ミーシアが、その物騒な課題を聞いて微かに眉をひそめた。


「この実習が狩猟祭に向けた訓練だってことはわかってんだろ? 獲物の急所を的確に突く練習だ」


 狩猟祭の相手は人間ではないはずだが、警戒心が強くて力量が上の魔獣を相手にすると思えば、間違いなく良い経験となるだろう。


「すみません、挑戦する前に作戦会議をしてもいいですか?」


 四人で協力しろということなら話し合いの時間が欲しい。挙手するとオーリー先生は快諾してくれた。


「お前は確か、俺の授業を取ってたハイドだな。手短にやれよ。もたもたしてると後がつかえるぞ」

「はい、ありがとうございます」


 そして四人で再び顔を突き合わせる。


「ハイドくん、オーリー先生ってどんな方なの?」


 ひそひそとミーシア嬢が訊ねる。オーリー先生は魔法学の中でも身体強化魔法を専門としており、選択授業を取っていなければほとんど関わらない。僕はスノウ様が取っていたので一緒に取ったのだが、授業のほとんどが実戦形式で楽しいので割と好きだったりする。


「地方の傭兵から各地の紛争や魔獣の騒ぎを収める働きをして男爵位を授けられた、叩き上げの方だと聞いています」


 ひととおり調べた教師の経歴の中でも一際異彩を放っていたのでよく覚えている。


「武闘派ってこと?」

「はい。その働きぶりから、戦場では鬼神と呼ばれていたそうですよ」

「一筋縄じゃいかないってことね……」


 僕が見た限りでは、戦闘スタイルは他の魔法学教師のように遠隔で使う魔法らしい魔法を駆使するのではなく、もっぱら自身を強化して行う肉弾戦だ。武器にも精通しているが騎士のヤンさんのように型を重視するタイプではなく、奇策や心理戦まで取り入れた『何でもあり』の戦い方をする。


「背中ですし、誰かが先生の注意を引いたところを他のメンバーが攻撃するのがセオリーでしょうか」


 ジュリが真剣な表情で唸り、ミーシア嬢が頷いた。


「そうね、問題は誰が囮になるかだけど。そもそも実戦経験が豊富な相手に不意打ちなんてできるかしら?」

「手加減はしてくれると思いますけど……」

「それも癪ね」


 本当に負けず嫌いなお嬢様だ。


「先生、質問してもいいですか?」

「ああ」

「攻撃というのは、威力や手段を問わないということでしょうか」

「そうだな。細い針程度でも、毒を塗れば有効打になることもあるだろ?」


 本当に実戦を想定しての演習のようだ。オーリー先生らしい。


「時間内に当てられなかった場合はどうなりますか? 失格でしょうか」


 すると先生は首を振った。


「ここでの加点がなくなるってだけだ。失格になるのは、信号弾を打ち上げた奴と気絶や怪我でこれ以上続行不能と判断された奴、時間内にゴールできなかった奴」


 ならばそこまで気負わずに、胸を貸してもらうくらいの気持ちで挑めばいいか。何なら僕が囮役になっても、と考えていると、


「……囮は俺がやるよ」


 ここまで黙っていたスノウ様が、突然口を挟んだ。


「ホラントくんが?」

「俺とハイドは授業を取ってるから、二人よりも先生の戦い方を知ってます。でもハイドは器用なので、正面からぶつけるより遊撃に使った方がいいです」

「スノウ様……」


 そんな風に思っていてくれたなんて。これは期待に応えなければ。


「ずいぶん高く買うじゃない。そこまで言うなら任せましょう」

「うん。エーレンベルク様とジュリは、先生への攻撃優先で、俺一人で手に負えなかったら適宜加勢してください」


 こんなに長く喋るスノウ様は珍しい。勝算があるのだろうか。ミーシア嬢はじっとスノウ様の顔を見た後、ため息をついた。


「ミーシアでいい。敬称も敬語もいらない。つまらない上下関係のせいで、連携が必要な時に舌噛まれたら困るもの」

「……助かる。俺もスノウでいい」

「二人も、言いづらかったら好きにしていいから」

「はいっ」


 そして頷き合い、僕たちはスノウ様を中心に各位適当に距離を取った。


「終わったか。始めるぞ」


 覚悟が決まった顔をしている四人を見て、オーリー先生は二本目のタバコをポイ捨てして足で揉み消した。


「言い忘れてた。俺は身体強化魔法しか使わないし、こちらから攻撃はしない。それから、ゼッケンには少しでも触れたら色が変わる魔法をかけてある。ゴネて判定を偽ることもしない。安心してかかってこい」


 しっかりとハンディキャップを設け、フェアプレーを心がけてくれるようだ。


「ありがとうございます」


 代表して、正面に立つスノウ様が答えた。


「このコインが地面に落ちたらスタートだ」


 そう言って、親指でピンとコインを弾いた。高く弧を描いた小さな銀色の円盤が、一拍置いて地面に落ち――


「……よろしくお願いします」


 音を立てたのとほぼ同時に腕を振ったスノウ様の手に現れたのは、氷で作られた美しい槍だった。


「おお、本気だなホラント家。たとえ演習でも全力を尽くす男は嫌いじゃないぜ」


 突然現れた武器を見てもオーリー先生は怯むこともなく、むしろ嬉しそうににやりと笑って拳を構えた。

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