第12話 罠
最初の分かれ道までの道のりはどちらのコースをとっても一緒だ。しかし、
「うわーっ!?」
「いやーっ! 虫!! 虫が!!」
「助けてー!」
五分ほど遅れただけだというのに、道中は既に阿鼻叫喚だった。ある者は縄で宙づりにされ、ある者は甘い匂いのする液体を被って虫に襲われ、ある者はちょっとした深さの落とし穴に落ちていた。
「先行しなくて正解でしたねえ」
「ずいぶん気合が入ってるのね……」
凄惨な状況を見て、豪胆なミーシア嬢もさすがにおそるおそる進む。
「兄曰く、『今までままならないことなどなかった子どもたちに初めて挫折を味わわせるのが目的』だそうですよ」
「『トラウマを植え付ける』じゃなくて?」
ちなみに教師が定期的に巡回しており、リタイアしたい時は一人ずつに支給されている信号弾を発射することで助けにきてくれるそうだ。もちろんその場合は、チェックポイントまでの点数しかもらえないわけだが。
「きっと先生がたも、日頃の鬱憤が溜まってるんでしょう」
今まで身分が低い者は全て見下していいと思って生きてきた貴族の子どもたちは、たとえ相手が教師だろうが自分より家格が下だというだけで言うことを聞かなかったりするので、この辺りで実力差というものを思い知らせてやろうということのようだ。――格下に助けを求めるのが癪なら自分で脱出すればいいだけの話であり、そこまでプライドと根性があるならたぶん、この実習もクリアできる。
「危険なルートにも罠があるんでしょうか……?」
「歩きやすいルートの方がよりたくさん仕掛けられてるみたいだったって、姉さんは言ってたけど。スノウ様、そこ落とし穴です」
僕の最優先事項はスノウ様の安全なので、どんな罠が来ても対処できるよう道の隅々に目を光らせながら、ついでにジュリとミーシア嬢も危なそうな時にはサポートすることにした。
「ここ?」
踏み出そうとしていた足を戻したスノウ様は、近くに落ちていた大きめの石を拾って試しに僕が言った場所に投げる。途端に地面がバキバキと音を立て、幅一メートル、深さ五十センチメートルほどの穴になった。這い上がれない深さではないが、中は泥水で満たされている。こういうしょうもない罠に引っ掛かり続けたら、身体に怪我がなくても心が折れるかもしれない。敵の中に熟練のいやらしい罠師がいるぞ。
「よく気付いたね……。教えてくれてありがとう」
「さっきからあなた、器用に罠を避けてる気がするのよね。罠の場所がわかるの?」
ミーシア嬢が首を傾げている横で、スノウ様とジュリも不思議そうにしている。
「先日授業で、魔力の流れを見る方法を習いましたよね。あれを使うと、罠がある場所に微弱な魔力の跡が見えるんです」
初めて訪れる場所や初対面の人を調べる時にも役立つので、僕が頻繁に使う地味魔法のひとつだ。おそらく罠を作る時に魔法を使ったのだろう。そしてわざとその残滓を残しておいたに違いない。魔法を使った後は痕跡を消す手間をかけないと使用者の魔力残滓が残るという、子どもが読む教本に書いてあるような常識を教師が見逃すわけがないのだから。
「なるほど。力の差を見せつけることが目的だとしても、あくまでも実習ってことなのね」
「ちゃんと授業内容を理解して、応用できれば切り抜けられるってことですね!」
発動しなかった罠も後で解除しなければならないので、目印の役割もあるのかもしれない。ずぶ濡れになったり髪に枝葉が絡まったりしている生徒たちが無傷の僕たちを恨めしそうに見送るが、さすがいつも目立っている三人というべきか、視線を気にせずさっさと歩いていく。
遠くで一人目の信号弾が上がった音がした頃、例の分かれ道に着いた。
「ええと、二番目のルートはこっちですね」
ジュリが代表して地図を確認し、木々がより密集している方に進んでいるうちに、勾配が急になってきた。どこに罠があるかわからないのでスノウ様の前を率先してさくさくと歩いていると、大して息切れもしていない僕にミーシア嬢が話しかけてきた。
「いかにも文官って感じなのに、思ったより体力があるのね。一応は七位ってこと?」
「そう見えますか!?」
「どうして嬉しそうなの?」
ちゃんと地味な文官の家の子に見えているようだ。数多の官僚を見てきたミーシア嬢が言うのだから間違いない。
「ホラントくんがそばにいるのを許しているからどんな人かと思っていたら、ずいぶん変わり者ね……」
「か、変わり者ですか?」
そんな、普通を体現したミスティコ家の末弟として恥じない、その他大勢の中の一人を演じてきたはずなのに。そんなことないですよねとスノウ様を見ると、
「うん。見てて飽きないよ」
「スノウ様!?」
唐突に裏切られた。そんな風に思われていたなんて心外だ。唯一僕の素顔を知るジュリはくすくす笑っていた。後でどこが変わり者なのか聞いてみなければならない。
賢明なメンバーのおかげで良い雰囲気を保てているものの、道が険しくなるとどうしても息が上がってくる。罠の位置をお互いに知らせ合う以外は喋らず、黙々と歩くことしばし。
「あっ、チェックポイントってあれでしょうか」
木々の間から山小屋の屋根が見えた。近づくと小屋の前は拓けていて、出入り口の前に教師の姿もある。あれは魔法学担当のオーリー先生だ。赤茶色の髪をうなじの辺りで細く結い、あまり手入れされていないぞんざいな顎髭を他の教師に咎められているのをよく見かける。
「先生、ここが最初のポイントですか?」
「ん? おお、やっぱり一番乗りはエーレンベルクさんたちでしたか」
柔和な微笑みを向ける男性教師にミーシア嬢も微笑みを返し、一歩進もうとして――
「危ない!」
思わず腕を掴んで引き寄せた。直前まで彼女がいた地面が突如盛り上がり、下から大きな網に掬われて木の葉が舞う。ミーシア嬢は驚きすぎて悲鳴すら上げず、大人しく僕の腕に収まったまま、大きな目を更に見開いてぽかんとしていた。
一方のオーリー先生はというと、
「バレたか。せっかく頑張って仕掛けたんだから、一つくらい引っかかってくれよ」
舌打ちをしてポケットからタバコを取り出し火を付ける姿は、貴族というには少々ガラが悪かった。
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