第6話 公爵令嬢の尋ね人

 授業に遅刻する危機を救ってからというもの、スノウ様が僕に気を許してくれた気がする。もちろん『皆と仲良くする』というおじさんの教えもきちんと守り、他のクラスメイト――弱小子爵家と見るやいなや見下してくる一部以外――との交流も忘れない。すると自然とスノウ様の噂や評判も耳に入ってくるようになった。


「スノウ様は今日もお美しくていらっしゃいますわね」

「緊張して話しかけられないんですよねえ」

「気軽にそばに寄っていけるハイドくんが羨ましいよ」


 さすが孤高の美少年、素っ気ない態度を取っていても男女問わず人気は高い。単に極度の人見知りで口下手なだけだということを知っているのは、今のところ僕だけのようだ。話しているそばからスノウ様のヘルプを求める視線を感じたので、次の授業の準備をすると言ってやんわりとクラスメイトから離れると、小動物のような空気を纏いながらそっと寄ってきた。


「ハイド、魔獣学の教室ってどこだっけ……?」

「北棟の一階です。僕も同じ授業なのでご一緒しましょう」

「うん」


 聞いたところによると入試の成績はミーシア嬢に次ぐ二位だったそうだが、時々妙に抜けているというか、ぼーっとしていて天然っぽいところがある。加えて少々方向音痴らしい。しかし歴史に名を残す優秀な官僚を多く輩出していることで知られるホラント伯爵家の一員が道に迷うとは言いづらいようで、そっと僕を頼りにくるのが同い年ながらなんだか微笑ましかった。


「スノウ様、ここの席空いてますよ」

「うん」


 伯爵家の嫡男ともなれば実家には使用人がたくさんいるだろうし、着替えも食事も部屋の掃除も自分で考える必要はなく、至れり尽くせりだったことだろう。他人に身の回りの世話をされることに慣れていて、僕が申し出ても抵抗なく任せてくれる。おかげでこそこそと探りを入れなくても、付き人の顔をして周りを堂々とうろつけるようになった。この調子でいずれはホラント伯爵との縁を繋いでいきたいところだ。




 こそこそと言えば、学年首席のミーシア嬢についても興味本位で少し調べた。彼女のエーレンベルクという家名については、この学校では知らない者のほうが少ない。建国当初から存在する魔法に長けた一族として王家と縁が深い三大公爵家の一つで、国中の魔法士を統括する立場にある。おかげで少し聞き込みをしただけでもそこそこ情報が集まった。


「完璧な淑女よね。あの優雅な所作、惚れ惚れしちゃう」

「魔法はもちろん、武術も大人の騎士顔負けだそうよ」

「可愛いよなあ。一度でいいから微笑みかけられてみたい」


 こちらもスノウ様以上に人気があり、身分の高さもあいまって信者のようになっている生徒が多数見受けられた。しかし、気になる話もあった。


「最近、誰かを探してるって聞いたな」

「ああ、私も聞かれた。藍色の髪で、魔法が得意な同い年の男子を知らないかって」

「へえ……」


 成績優秀者が集まっているのはこの一組なので、彼女の尋ね人はこの学校にはいないということだ。でも学年首席が探すくらい魔法が得意なのに、国内で一番の設備が整っている我が校に入学しないなんてことがあるのだろうか。


「えっ、探してるのって男なのか……」


 もし探しているのが女の子だったとしてもミーシア嬢が振り向いてくれる望みはないというのに、妙なショックを受けているクラスメイトのことはさておき。


「そういえば、ハイドくんも藍色の髪だね」

「そうだね……」


 脳裏をよぎる、入試での出来事。もしかして、エーレンベルク家を差し置いて一位を取ったことを根に持っているのだろうか。でもそれならいくら僕が地味で影が薄くなるように努めていると言っても、同じクラスなんだから声をかけてきそうなものだ。きっと違う人間に違いない。




 そう思いながらも、もし彼女の探している男とやらを見つけられれば公爵家とも縁が繋げるという打算から、なんとなく頭の隅に置いたまま一ヶ月ほど経ち、寮生活にも学校のカリキュラムにも慣れてきた頃のことだった。


「歯磨き粉が少なくなってきたなあ」


 休日の朝、歯を磨こうとしたらチューブがピスッという情けない音を出したため、売店に行くくらいならいいかと変装用眼鏡をかけず、髪もセットせずに部屋着でのこのこ外に出た。わざと髪をもっさりさせるのも実は大変なのだ。


 生活用品の店で会計をしてくれる女性にも、にこやかにお礼を言って愛想を振りまくことを忘れない。


「ここに来たのは初めてじゃない? 一年生?」


 週に二度は入荷商品をチェックしに来ているのに、店員の女性は常連の眼鏡だと気付いていないようだった。しかし気の抜けた格好をしているのを見て、上級貴族ではないと判断して気さくに声をかけたらしい。


「はい」

「そう、寮生活って大変でしょう」


 こういうことは女性のほうが目ざといとヤンさんが言っていたのに気付かれないなんて、僕の変装技術はなかなかのものじゃないだろうか。


「また来てね」

「お姉さんはいつもいらっしゃるんですか?」


 彼女がいない日にはふくよかなお母さんといった感じの中年女性が店番をしていることまで知っているが、面白かったので初対面のふりをして聞いてみた。


「私は学校の休日明けと休日前はお休みよ。あと、週の真ん中は午後だけなの」

「じゃあ、お姉さんがいる時に来ますね」


 そしてひらりと手を振りながらウィンク。『年下好きの女性は若者の大人ぶった仕草に弱い』というのもヤンさんからの教えだ。試しにやってみただけだったのに、


「うん! 待ってる!!」


 頬を少し赤らめて目を輝かせながら、興奮気味にぶんぶんと手を振り返してくれた。さすが女たらし直伝のテクニック、効果は抜群だ。




 帰りにベーカリーで昼食にできそうなパンを買って、さて昼からは何をしようかと考える。スノウ様は上級貴族の寮で暮らしているので、下級貴族の僕は軽率に訪ねられないのが残念だ。図書館に行くか、姉に連絡を取って上級生女子の間で最近ホットな話題を教えてもらうかと考えていると、


「み……み……」


 背後から変な鳴き声が聞こえた。思わず振り返ってしまったのが良くなかった。


「見つけた!!」


 僕を指さしながらよく通る声で叫んだのは、衣料品店の袋を抱えたミーシア嬢だった。

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