僕と犬

@mtzwayumu

僕と犬

「僕も犬が飼いたい。」僕はお母さんに言った。今は犬を飼うのが流行なのだ。クラスでは「おれチワワ飼ってるー!」や「おれの犬の方が可愛くね?」などの声が響いている。僕もそんな会話に参加したかった。家に帰るとお母さんからは「学校どうだった?」と聞かれる。そんなことを聞かれても、僕は犬を飼っていないから仲間に入れてもらえないんだと言いたかった。「いつも通りだよ。」僕は言った。いつになったら犬が飼えるだろうか。そう考えているうちに我慢の限界が来た。「僕も犬が飼いたい。」僕はお母さんに言った。「自分で散歩行ったりできないでしょ。ダメよ。」そう言われた。なんでみんなは飼っているのに…なんで僕の家だけ…なんで…とそのまま家を飛び出した。唇を噛み締め僕は走った。不意に視界が歪み、前が見えなくても僕は走り続けた。どこまで来たのだろう。一面が緑になっている。トコトコ歩いていると、大きなおじいさんが近づいてきて「可愛いねえ、どこから来たの」とそのまま頭を撫でられた。急に頭を撫でられた僕は「や、やめろ!」と咄嗟に叫んだ。つもりだった。確かに僕は「やめろ」と言ったはずだった。しかし、声に出たのは「ワン!」それだけだった。微笑みながら撫で続けるおじいさんと呆気に取られて立ち尽くす自分がいた。僕は再び走り出した。空はすっかり暗くなり、冷たい水が頰を伝う。あたりには水たまりができている。水面には暗い空と毛に覆われた自分。「ワン」と声が漏れた。やっぱりだ。僕は犬になってしまった。なんで僕は犬になってしまったのか。考えに考えたが、動揺しているのかうまく頭が回らない。僕はそのまま寝入ってしまった。朝日が僕を照らす。あたりにはカラカラのミミズ。昨日の雨はもう乾いたらしい。寝てスッキリしたのか少し遊びたくなった。僕は気が済むまで駆け回った。少し疲れて休んでいるといい匂いがしてきた。そのまま匂いを辿るとおばあさんがいた。手には何か持っているようだ。そういえばお腹が空いていた。口を開けて待っていると手に持っていたものを食べさせてくれた。何かわからないがとても美味しい。誰かわからないけどこのおばあさんが好きだ。そう思った僕はおばあさんについて回った。いつの間にか大きな建物の前にいた。キラキラと輝く夕陽がガラスに反射している。ここがおばあさんの家のようだ。おばあさんは僕を歓迎してくれた。僕はそれに応えるようにおばあさんに甘えた。朝から散歩に出かけ、公園を走り回り、帰ったらご飯を食べてお婆さんに甘えて寝る。雨の日は家の中でおもちゃで遊んだりもした。時には雷が鳴り、恐怖を感じてもおばあさんがいる。おばあさんの懐はいつも温かった。そんな幸せな日々を過ごしていた。犬とはなんと楽しく幸せな生き物なんだと思った。このまま気の済むまで同じように暮らしていたいと思っていた。しかし、おばあさんはいつからかいなくなってしまった。大きな家には静寂が響く。僕一匹には大きすぎる家だ。どこを歩いても誰も撫でてはくれない。このままこんなに寂しい日々が続くのか不安になった。不安では表せないほどの動揺と恐怖だった。僕はそのまま眠りについてしまった。どれほど寝ただろうか。外は暗く、水滴が窓ガラスを伝う。「ゴロゴロ」雷が鳴った。僕は怖くて震えていた。そんなことをしている間にドアが開いた。おばあさんだ。僕は確信した。走ってドアへ向かうとそこには知らないおじさんがいた。匂いは似ているがおばあさんではない。「今日から俺が飼う。」という一言。おばあさんではないが、また幸せな日々が始まるのかと期待する僕。雷は鳴り続けている。このまま甘えてしまおうと懐に飛び込もうとしたが、「ドン」床に落ちてしまった。おじさんは僕を避けて歩いて行ってしまった。驚きを隠せない自分がそこにはいた。何かの間違いだと思い、もう一度おじさんの足に少し噛みついてみた。「痛えな!何してんだ!」と壁に打ちつけられた。また同じように幸せに暮らしたいという僕の希望は消え去った。ご飯もまともに食べられない。撫でてもくれない、甘えさせてもくれない。僕にとっては苦痛で仕方がなかった。おばあさんが恋しく、辛かった。外を眺めるが、視界が歪んで何も見えない。いつぶりだろう、こんなに辛い思いをしたのは。水滴が窓ガラスと頰を伝う。犬もこんなに辛い思いをすることがあるのだとわかった。もういっそのこと人間に戻ってしまいたい。そう思いながら眠ってしまった。窓から朝日が差し込み、暖かく心地の良い朝。起きるとそこには見覚えのある景色。僕はドアを開ける。階段を降り、洗面所で顔を洗う。鏡を見るとそこには人間の自分。「あっ!」と驚く。そういえば当たり前のようにドアを開けていた。僕は人間に戻っていた。キッチンにはいつも通りのお母さん。「おはよう。」と声をかけられ「おはよう。」と返す。ダイニングには朝食が用意されていた。美味しい。いつもの味だ。学校の支度をして「いってきます。」と学校へ行く。いつものようにクラスはペットの話で盛り上がっている。なんとか授業が終わり家に帰る。「おかえり。」という母親の声と「ただいま」と僕の声。意を決して母親に伝える。「僕は僕の手で犬を育てたい。」

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