第9話 その話…初耳なんだけど
クラス委員長である
だから、約束通りに幼馴染の
「私も丁度、街中にあるデパートに行く予定だったんです」
愛唯は、二人がいる前の席に座っている。
「ねえ、弓弦。この子とは知り合いなの?」
隣にいる春華がこっそりと、弓弦の耳元で囁く。
「知り合いというか、委員長の知り合いで、その繋がりで関わるようになった子で」
弓弦は曖昧な表現を用いて、こっそりとした声で説明していた。
「そうなの? 弓弦はこの子とも約束していたとか?」
「そんな事はないさ。そんな約束もないし。でも、この頃世話になっているから断りづらくて」
「そういう理由で? もうー、久しぶりに二人で遊べると思ったのにー」
バスの窓側の席に座ったまま、窓の外を眺めながら力なく肩を落とす春華。
窓のガラスには、彼女の不満そうな顔が映っていた。
彼女の隣に座っている弓弦も申し訳なく苦い顔を浮かべていたのである。
この前から世話になっている愛唯を無下に扱う事が出来ず、弓弦は教室に残っていた彼女をやむなく誘う事にしたのだ。
教室から帰る時に、ハッキリと断る勇気があればよかったと、今になって思う。
春華がここまで嫌がるとは思っておらず、心の中で申し訳なさを感じつつも、自身の情けなさを痛感してしまうのだ。
『次は、公園前――、公園前に停車いたします――』
バス車内からのアナウンスが聞こえ、その数分後には目的となる街中のバス停に到着し、そこで下車した三人はデパートへと向かうのだった。
「ねえ、お二人さんはどこに行く予定なの?」
デパートに入るなり、愛唯が二人の前に佇み様子を伺う。
「あの、愛唯さんだよね」
「そうだよ」
「そもそもね、私は弓弦と一緒にデパートに来る予定だったんだけど」
「そうなの? でも、竹田さんは一緒に来てもいいって」
「それは、弓弦がハッキリと言わないからで」
春華は、弓弦の方を横目でチラッと見ていた。
その視線は怖く感じたのだ。
「え? でも、二人で来たかったって事は、二人は付き合っているの? そういう関係とか?」
愛唯は首を傾げていた。
「そ、そうじゃないけど。な、なんていうか、幼馴染的な関係よ」
「そうなんだ、幼馴染なんだね。へえ、てっきり、付き合っているのかなって」
愛唯は春華の方を見て話した後、弓弦の方を見て口角を少し上げていたのだ。
その仕草に、弓弦は嫌な予感を感じつつあった。
「でも、竹田さんって、千歳と付き合ってるんじゃない? 幼馴染の関係っていっても、それはよくないんじゃないかな?」
「え?」
春華は一瞬、声を失っていたが、その後で弓弦の事を横目で見つめていた。
「付き合っている? 千歳って? 誰?」
「えっと、委員長のことで」
春華の隣で、弓弦は小声で説明する。
「あの委員長って、七海千歳っていうのね。そう、でも、弓弦が誰かと付き合っているとか初耳なんだけど」
その時、春華のオーラが変わった。
「弓弦に彼女ねぇ……それ、もう少し詳しく知りたいだけど。まあ、いいわ、愛唯さん。本当はあなたと遊ぶ予定じゃなかったけど、その話もう少し聞かせてくれないかしら?」
春華は目の色を変え、弓弦を睨みつけた後、人が行き交うデパート内を愛唯と共に先へと進んで行くのだった。
「弓弦も早くついて来て」
先を行く春華から強い口調で言われ、冷や汗をかきながらも弓弦は従うのだった。
「へえ、そういうことね。大体わかったわ」
デパート内のファミレス内。
三人はテーブルを囲うように座っている。
弓弦の前の席には春華と愛唯が隣同士で座っているのだ。
金曜日の夕暮れ時という事もあって、家族ずれの人らを見かけ。少々騒がしくもあったのだが、ファミレスらしく、それもありだと思う。
「幼馴染の関係なのに、知らなかったんですね」
「ええ……弓弦って、そう言うこと全然話さないし……むしろ、彼女なんてまだいないのかと思ってたくらいなんだけど」
春華は不満を小さく零していた。
「ねえ、なんで言わなかったの、弓弦」
彼女は睨むような瞳で、弓弦の事を見つめていた。
どうやら、まだ納得していない様子だ。
「でも、そんな事を言う必要性もないと思って。逆に、なんで知りたかったの?」
「だ、だって、昔からの仲なんだし、一応ね……なんていうか、情報を共有したかったというか。そんな感じ」
春華は頬を軽く膨らませながら弓弦の事をチラッと一瞥すると、心を落ち着かせた後、テーブルに置かれた水を飲んでいたのだ。
「それで、その付き合っている彼女とは、どこまでの関係なの?」
「まだ、そこまで長い期間ではないし、数日だけでそこまで大きな関係にはなっていないから……」
「そう。まだ数日ってことね」
春華はホッとした表情も見せ始めていた。
「まあ、だったらいいわ」
「な、何が?」
「なんでもないわ。こっちの話よ。まあ、一先ず大体の事はわかったから。愛唯さん、ありがとね」
「いいえ、大した事はしてないですから」
と、愛唯は謙遜した話し方をした後、何かを考え込むように口元に自身の右手を当てていたのだ。
深刻そうな顔つきになり、弓弦は少しだけ愛唯の思考が気になってしまう。
「まあ、ファミレスまで来たんだし、ちょっとだけ何か食べよ」
春華はテーブル上に広げられたメニュー表を見て、注文商品を選んでいた。
その隣では、愛唯も覗き込むように悩んだりしながら選んでいる。
これは一件落着なのか?
いや、一時的なものか?
そうに決まってるよな……。
弓弦は頭を抱えながらも気分を切り替え、メニュー表に掲載された商品の中から注文したい料理を選ぶことにしたのである。
でも、今まで春華と恋愛的な話なんてしたことはなかった。
珍しいと言えば、珍しい方だと思う。
もしかして、俺の事が好きとか?
「え? なに?」
丁度、対面上の席にいる春華と目線が合う。
対する彼女は少しばかり頬を染めていたが、すぐに弓弦から目線を逸らしていた。
「え、い、いや、なんでもないよ」
「……ゆ、弓弦はさ、何を食べるの?」
春華は目をキョロキョロさせるも、自然体な姿勢を保ちながら問いかけてきたのだ。
「じゃあ、このパスタ系でもいいかもな」
考えすぎか。
そう思いつつ、弓弦は注文したい商品の写真を指差していた。
今まで友達のように過ごしてきた間柄なのに、恋愛的な関係性になるというのもあり得ないと思う。
その時は深く考えることなく、春華と愛唯と共にファミレスで食事をして過ごすのだった。
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