第8話 失われた委員長の資料?
弓弦を含め、クラスメイトは皆、各自用意していたエプロンを身につけていたのだ。
調理する材料などは、家庭科の先生がすでに用意しており、班ごとのテーブル上には置かれてある。
「では、今日はグラタンを作りますからね。教科書の四十三ページ目を見てくださいね」
室内の壇上前に佇む、少し若めの女性教師はエプロンを身につけており、教科書を片手に、皆に指示を促していた。
弓弦はグループらと同じ長テーブルを囲むように座っており、テーブル上にはマカロニ、鶏もも肉、玉ねぎ、椎茸、牛乳がある。
その他にも小麦粉やチーズなどの材料も必要であり、その時に応じて家庭科室内の棚から持ってくる必要性があった。
弓弦は千歳とは別のグループではあるが、いつも通りの班グループと協力して作業を進める事となったのだ。
弓弦はいつもと変わらず雑用をやらされていた。
重要な任務を任されるよりかは大分気が楽で安心である。
最初の一時間目と、次の時間の数分ほどで料理を完成させ、グループごとに試食みたいな食事をし、先生から事前に渡されていたA4サイズの用紙に感想を書くのだ。
それから意見交換をして、次の家庭科の授業に生かすというもの。
弓弦からしたら、この意見を交換するという瞬間が大変に感じていた。
はあぁ……何とか、ここまで終わったぁ……。
弓弦は肩から力を抜いて、ドッと疲れた体を癒していた。
「では、皆さんも終わった頃合いだと思うので、後片付けを終えたグループから帰宅してもいいですからね。後は、感想用紙は忘れずに私に渡すように。今後の評価に関わってきますからね」
先生は周りの様子を見ながら言っていた。
今日は五時限目で最後の授業であり、そのまま帰宅したり、部活に所属していればそのまま部室に行けるのだ。
弓弦は背伸びをした後、片付けることになったのだが、他のグループメンバーらは部活などが忙しいらしく、結果として弓弦一人で後片付けする羽目になったのである。
皿洗いを終え、教室に戻った頃には殆どの人が室内から立ち去ったように、静かになっていた。
教室内には数人ほど残ってはいたのだが、すぐに室内を後にしていく。
俺もこれから用事があるし、そろそろ帰る準備でもするか。
そう思って、数人のクラスメイト入れ替わるように教室の後ろ扉から入り、自分の席に向かっていると、慌てた声を出す
普段は聴く事のない声に、弓弦はそちらの方へ耳を傾け、彼女の姿を見やった。
「どうしたの、七海さん?」
「えっとね、昨日竹田君から作ってもらった資料がないの?」
千歳は机前にしゃがんだまま、机の中を入念に覗き確認していた。
「資料? もしかして、文化祭に関する資料?」
「そう。あんなに頑張って作ってもらったのに……」
彼女は自分の机の中。
机横にかけているバッグの中など。
しまいには、教室の後ろにあるロッカーまで荷物をすべて取り出し、調べていたのだ。
「無くしたとか?」
「そうみたい。でも、昨日はファイルに入れて通学用のバッグにしまったの」
「じゃあ、家において来たとか?」
「そんな事はないわ。だって、朝のHRが始まる前にも確認したんだから」
千歳はハッキリと断言していた。
「そうなんだ……じゃあ、どこに?」
「それがわからないから焦ってるんじゃない。もうー、今から必要なのにー」
千歳は本気で焦っている。
額からは汗をかいており、死ぬ気で探しているのだ。
「じゃあ、俺も手伝うよ」
本当は今から春華と遊ぶ約束をしていたのだが、そんな事を言ってる場合じゃないのだ。
今から文化祭に関するグラス事に出し物について議論するとならば、他人事ではないのである。
弓弦と千歳の二人で真剣に探していると、教室に戻って来た一人のクラスメイトも協力してくれた。
それから二〇分ほど探したのだが、結果は全然だった。
「ダメだ、なんでこんなに探してるのに」
弓弦は頭を抱えていた。
「というか、千歳さん、本当に教室にあるの?」
クラスメイトが彼女に問いかけていた。
「あるわ。だって、朝見た時はあったもの」
「だよね。ごめんね、疑って。千歳さんみたいな人がモノを無くすとか考えられないよね」
それから教室のカーテン裏、ごみ箱の中などをさらに本格的に探し始めるのだった。
「ああ、ダメだ、やっぱ無理かも」
「私も……というか、私、そろそろ塾だから帰るね。本当にごめんね」
クラスメイトが申し訳なさそうな顔を見せた後、通学用のバッグを肩にかけて、立ち去って行ったのである。
「どうする、七海さん」
「んー」
千歳は気の抜けたぐったりとした状態で自身の席に座り、今にも倒れそうな表情で教室内の時計を眺めていた。
「……後、三分で会議始まっちゃうじゃん」
「五時からなの?」
「そうだよ。ああ、どうしたら」
「はッ、そうだ、昨日のパソコンだ。あのノートパソコンの履歴を確認すればデータが残ってるかも!」
弓弦は自分でもよい提案をしたと思った。
「俺、ちょっと職員室に行ってくる!」
「え、竹田君⁉」
千歳から呼び止められたものの、そんな事は気にしない。
むしろ、彼女のためになんでもする。
そんな心境に陥っており、教室を後にした弓弦は廊下を走って移動していたのだ。
職員室に行けば絶対に――
刹那、曲がり角のところで、パッと視界に入ってくる存在があった。
「きゃッ」
「あッ! ご、ごめん……」
気づいた時にはもう遅い。
誰かとぶつかっていて、弓弦は床に四つん這いになっていた。
「……」
「……」
互いに無言のまま。
弓弦の視界の先には、幼馴染の
という事は、必然的に弓弦が彼女を押し倒し、覆いかぶさっている状況である。
「ご、ごめん、本当に! お、俺、そんな事をしたくて、そんな事をしたわけじゃ」
「そ、それはわかってるわ」
弓弦は咄嗟に立ち上がる。
「というか、弓弦はどうしてそんなに急いでたの?」
春華も制服のスカートについた埃を払うように立ち上がっていた。
「なんていうか、同じクラスメイトの委員長が大事な資料を無くしたみたいで。それでさ、昨日職員室から借りたノートパソコンにデータが残っていればワンチャン、そのデータを印刷できると思って」
弓弦は目の前にいる彼女に早口で説明していた。
「そういうこと。え、でも、職員室のノートパソコンって毎日データが消えるよ」
「へ?」
「だから、昨日のデータは残ってないと思うわ」
「……そ、そうなの⁉」
「う、うん」
「ああ、終わった……」
「そんなに大事なら、USBにでもデータを移しておけば良かったのに」
「そ、そうだよな。全然、忘れてたぁ」
「もう、それなら素直に無くしたって、話すしかないんじゃないの?」
「だけど、それだと委員長が可哀想だから……」
「そうだけど。まあ、私も探すの手伝うわ。すぐに終わるでしょ。それが終わったら一緒に遊びに行こ」
「ありがと、助かるよ」
二人は駆け足で教室に戻る。
「ごめん、七海さん、やっぱり」
「それは問題なかったわ」
「え?」
弓弦が頭を下げながら教室に入ると、意外と解決していた。
教室内には、千歳の他に
「千歳って、ロッカーの中に入れていたみたい」
「そうだったの?」
愛唯から話を聞いて、弓弦は肩の力を落とす。
「でも、七海さん、ロッカーも探していたよね?」
「そうだけど。なんかあったって愛唯が。でも、まあ、いいわ。もう会議の時間を五分も過ぎてるし、急ぐから」
千歳は見つけた用紙を片手に、教室からダッシュして立ち去っていったのである。
これはこれで一件落着なのだろうか。
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