第5話 彼女にはコスプレが似合いそうだけど…
「竹田君、今日もありがとね」
「大丈夫だよ、そんなに気にしてないから」
放課後の教室内には、
誰もいなくなった教室内で、弓弦は委員長である千歳の手伝いをしているのだ。
弓弦は席に座ったまま、職員室から借りてきたノートパソコンを起動し、手慣れた手つきで操作していた。
来週からは文化祭週間で、今から何をするのかについて、今日の午後の自由時間に皆と一緒に議論していたのである。
学年ごとに出し物がかぶらないように、各学年の委員長同士で議論する日があり、それに向けた資料作成を行っていたのだ。
「こんな感じでいいの?」
「そうだね、ありがとね。いい出来だと思うから、私、少し確認させてもらうね」
そう言うと、彼女は弓弦が作成した資料へと目を向け、その場に佇んだまま目で文字を追っていた。
弓弦は中学生の頃、パソコンを使う部活に所属していた事もあり、何となくツールを用いた資料作成は朝飯前だった。
千歳は資料を最後まで読み終えたようで、これなら大丈夫だねといった自信ありげな顔を見せていた。
「えっと、七海さん、あとはやる事は無いの?」
「んー、そうだね。あとは大丈夫かも。それと、今日は本当にありがとね。私、パソコンの操作とか得意じゃないから」
「いいよ。むしろ、役に立てて、俺も嬉しいというか。とにかく、終わったのなら、そろそろ帰ろう」
席に座っていた弓弦はノートパソコンの電源を切り、席から立ち上がる。
「そうだ、今日もどこかに寄って行かない?」
通学用のリュックを背負った時、弓弦の方から提案してみた。
「今日も……」
「ダメだった?」
「そうじゃないけど。竹田君は時間に余裕あるの?」
「俺の方は問題はないよ。一応、付き合ってるんだし、もっと遊びたいなって。七海さんの予定に合わせるけど。時間ないのなら、今日はここでってことになるけど」
「……んー」
千歳は少し難しい顔を見せ、悩んでいた。
「やっぱり、ちょっとだけ遊ぼうかな。じゃあ、行きたいところがあるなら、一緒に行ってもいいよ」
「本当?」
「うん。でも、遅くまでは無理だから、少しだけの時間しかいられないと思うけど。それでもいいのなら」
「全然、それでも十分だよ。一先ず、街中まで行こう」
弓弦の問いかけに、明るく反応を返してくれる千歳。
彼女も通学用のバッグを肩にかけ、二人で教室の電気を消し、廊下へと出る。
職員室から借りたノートパソコンは返す必要性があり、昇降口に向かう前に、その場所に立ち寄る事にしたのだ。
「そう言えば、さっきの資料はどうするの?」
職員室でノートパソコンを返した後、彼女と校舎一階の廊下を歩いていた。
「これはね、今週中に使うから、私の方で管理しておくから。それにしても楽しみだよね」
「そうだね。七海さんは、どんな出し物になってほしいとかってあるの?」
「私は、なんでもいいけど」
「そうなの? 今日、クラスメイトの中でも話題に上がったメイド喫茶とかは?」
「まあ、そ、それもいいかもね」
あれ?
コスプレが好きだと、千歳の友人を名乗る子から聞いていた。
しかし、千歳の様子を見る限り、どこか違うような気がして、首を傾げてしまっていたのだ。
不思議な感情を抱きながらも、弓弦は彼女と共に学校を後にするのだった。
学校を後に、街中へ向かう。
昨日と同じ光景がそこには広がっており、店屋の明かりで暗くなった周辺を照らしている。
昨日は漫画喫茶に向かったのだが、今日はそこまで時間をかけることができない事もあって、本屋に向かっていた。
学校帰りに立ち寄る本屋は楽しい。
現実逃避出来る漫画などが本棚に置かれているからだ。
新しい価値観に浸らせてくれたり、心に訴えてくる作品なども幅広くあり、本屋という空間にいられるだけでも心が落ち着くのだ。
「近場の本屋と言ったら、ここだよね」
弓弦が案内した本屋というのは、昔から通っていたお店である。
小学生の頃から利用している場所であり、休みの日に訪れて、新刊を購入したりするのが好きだった。
そんな思い出のある本屋なのだ。
「やっぱり、竹田君もこのお店を利用してるんだね」
「やっぱりって、七海さんも?」
「そうだよ。私も、この本屋で注文したりしてからね。他の今流行りの本屋より品揃えが悪いかもしれないけど、ちゃんとお客の意見は聞いてくれるし、注文した時も最後まで親切にしてくれるからね」
意外と、皆、街中での行動範囲は決まっているらしい。
高校生になるまでに、街中にも色々な本屋が出てきたが、それでも、この店をイチオシするらしい。
「じゃあ、入ろっか」
「そうだな」
彼女の方が先に店の中に入っていく。
弓弦も後を追うように入店するのだった。
二人は店内の漫画エリアにいる。
そこの本棚の前。二人で横に並びながら、どんな本があるか眺めていた。
漫画を読むのもいいが、本の表紙に描かれたイラストやタイトルを見るのも楽しく感じる。
人にもよると思うが、漫画のクオリティよりも、漫画の表紙イラストが良くて購入する人だっている。
楽しみ方はそれぞれであり、むしろ、好きなジャンルを考えずに本棚に置かれた漫画を眺めているだけでも楽しめたりするものだ。
「竹田君は他にどんな漫画を読んだりするの?」
「えっとね、そうだな……」
弓弦は本棚に置かれた本を眺める。
何となく見ていると、そこには異世界系の漫画のタイトルが視界に入るのだ。
それはラノベが原作の漫画であった。
原作の方は読んだことはないけど、漫画はこの前から読み始めたのである。
「それとかかな」
「これ?」
弓弦の指さしで、彼女はその漫画を手に取る。
「へええ、竹田君って、こういう漫画見るんだね……異世界系? ファンタジー系みたいな感じ? あれ? そう言えば、この作品って、数か月前にアニメ化されてなかった?」
「そうだよ」
「だよね。じゃあ、私も読んでみようかな」
彼女はその漫画の表紙イラストと裏表紙のあらすじを見ていた。
「そう言えば、七海さんって、アニメのコスプレって好きなの?」
「え? どうして?」
「なんか、そうなのかなぁって」
弓弦はあえて、あの子から聞いたという発言はせずに問いかけていた。
「え、ま、まあ、そうかも」
彼女は弓弦とは視線を合わせず、言葉を濁しているようだった。
隠していたい事だったのだろうか。
「私、実際にコスプレはしたことはないけど」
え?
「でもね、そういうイベントには参加していた事はあるよ」
「そうなんだ」
「で、でも、その時は私、コスプレはしてないからね。ただ、見ているだけだから」
彼女は焦っているようだった。
でも、あの話は嘘ではないらしい。
弓弦は一人で、納得していたのだった。
仮に彼女が異世界系の漫画に登場するキャラクターのスププレをしたら、とんでもないくらい似合いそうだと、弓弦は脳内で妄想を膨らましていた。
その後は、千歳の帰宅時間もあり、彼女は弓弦が進めた漫画を購入し、二人は本屋の前で別れる事となったのだ。
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