第4話 私、彼女のことなんでも知ってるよ、なんでもね
翌日。
今はいつも通りといった感じの風景が、周りには広がっている。
授業合間の休み時間中。クラスメイト同士らで会話したり、委員長の
業務と言っても、そこまで複雑なことではないらしく、担任教師が任せられる範囲のことを請け負っている感じらしい。
基本的に来週のスケジュールなど、レクリエーションがある場合はその準備などをしていると、昨日言っていた。
それにしても、昨日の事を思うと、少しニヤついてしまう。
昨日と言えば、漫画喫茶の個室で千歳の胸の大きさを知った日である。
まだ、その衝撃的な瞬間は忘れられない。
人生で初めて遭遇した爆乳を忘れられるわけなんてないのだ。
脳裏に残っている記憶を辿り、それが顔に出そうになっていたが、平然とした表情をするようにした。
皆がいる前で、一人席に座りながら笑っていたら変人だと思われかねないのだ。
ニヤついた感情を抑えるために、弓弦は深呼吸をしていた。
今のところ千歳の姿を見る限り忙しいようで、弓弦に対して話しかけてくる様子もなかった。
そう言えば、次の時間は移動教室の時間か。
教室にいる人らが教科書を持って廊下に出ているところを見て、その事に気づいたのである。
千歳に話しかけようとしたが、皆の前で急に仲よくしているところを見せたら変に思われると感じ、弓弦も皆と同様に教室を後にしていく。
今から向かう先は隣校舎にある視聴覚室であり、中庭を通っていく必要性があった。
次の授業はただビデオを見て感想を書くだけの気楽な授業であり、肩の力を抜いて過ごせるのは、学校生活において心の気分転換になる。
校舎一階の廊下を曲がり、中庭を歩いていると――
「もしかして、あなたって竹田さん?」
「ん?」
目の前から歩いてきた一人の女の子が居た。
彼女は弓弦の事を知っているようで、自然な感じに話しかけてくる。
彼女はポニーテイルが特徴的で、表情が明るい感じであった。
「そ、そうだけど」
「私、ちょっと気になった事があって、時間があるなら話したいなって」
「別にいいけど」
次の時間までは少し時間がある。
中庭でちょっとした会話くらいしても、視聴覚室までの距離を考えても問題はないと思った。
「一応自己紹介すると私は隣のクラスの
二人は中庭のベンチに隣同士で座っていた。
「そ、そうだね」
もしや、昨日の同行を見られていたとか?
いや、でも……。
昨日は愛唯とすれ違った事もなく、街中でもバッタリと遭遇した事もなかった。
「話っていうのは、昨日のこと?」
「そうだよ。七海さんが他の人と関わっているところをこの頃見てなくて。それで珍しいなぁって思っちゃって。つい、君に話しかけたってわけ。七海さんとはどう? ちゃんとやれてる感じ?」
「まあ、そうだね……でも、七海さんとは昨日からで、そんなに彼女の事は知らないんだけどね」
「そうなの? でも、結構仲良さそうに見えたんだけど」
「そ、そうかな?」
そんな事を言われると、少し照れてしまう。
一応、千歳とは彼氏彼女の関係にはなっているものの、堂々と付き合っていると公言できるレベルではなかった。
「そうだって。じゃあ、この際、私があの子と仲よくなるやり方を教えてあげよっか?」
「え、いいの?」
「いいよ。無償でOKだし。あの子ってやっぱり、人前では本心を出さないでしょ」
「そうだね。委員長としての業務はしっかりとやっているのはわかるけどね」
「やっぱ、真面目系なんだね。高校生になってもやっぱ、すぐには変わらないよね」
さっきまでテンションを上げまくった口調だった彼女が、一瞬真顔になっていた。
何か考え込んでいるのか、それとも別の思惑があったのだろうか。
「というか、あの子が漫画好きってのは知ってる?」
「それは昨日、聞いたよ。趣味が合うし、話しやすいなって思って」
「そ、そう。それは知ってるのね……じゃあ、胸が大きいというのは? これはさすがに知らないでしょ?」
愛唯は自慢げに話す。
「それも昨日聞いたよ」
「え?」
彼女は弓弦の博識ぶりに目を点にしていた。
「色々知ってるのね。というか、本当に昨日から関係なの? ずっと前から仲良くしているとか?」
「そんな事はないよ。本当に昨日からまともに会話するようになった関係で」
「本当かしらね。まあ、いいわ。じゃあ、他には……」
愛唯は少し悩んだ末。
「んー、今は時間も時間だし、この話は後でしましょ。今日のお昼って時間は取れる? 一緒にアドバイスをしてあげるから」
彼女は中庭のベンチから立ち上がると、また後でと言って立ち去って行ったのだ。
「というか、もうこんな時間かよ」
弓弦もスマホの画面を見て、さっさと別校舎の視聴覚室へと向かって行くのだった。
「ねえ、彼女の事なんだけど」
校舎内の食堂。
今日は程よく混んでいる感じであった。
注文をし終えた二人のテーブルにはトレーに乗った料理がある。
弓弦は生姜焼き定食。
愛唯の方はサンドウィッチを注文していていた。
彼女は手を止め、話す。
弓弦は席に座ったまま、正面の席に座っている彼女の言葉に相槌を打っていた。
「あの子本当はコスプレが好きらしいの」
「コスプレ?」
「そうよ。昔、一緒に隣街のコスプレイベントに行ったことがあるの」
「そうなんだ。それは知らなかったな」
え、でも、昔、七海さんは胸の事について色々と言われていた気が……。
千歳が中学時代の頃。他の人と比べて胸が大きく、色々な男性から胸目的で話しかけられたりと、そんな話を昨日聞いた気がした。
コスプレイベントと言えば、少し露出度が高い事で有名なところがあり、そういった事情があるのに、なぜ参加していたのだろうか。
疑問に残るが、首を傾げながら、彼女の方を見やる。
「だからね、コスプレの話をしてあげれば楽しめるかも。あなたは、コスプレとか興味ある感じ? というか、漫画とかは好きな方?」
「漫画は普段から読んでるよ。好きな方ではあるけど」
「だったら、好都合ね。一緒に遊ぶ機会があったら、そういうイベントにでも参加した方が楽しめるかもね」
「確かに、そういうのが好きなら。今度、誘ってみるよ」
「その方がいいわ」
いい情報を知り得たと感じながら、その日の昼食は彼女と食事を続けるのだった。
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