№37 それぞれの道
№37 それぞれの道
様々な紆余曲折を経て、『特区』が設けられた。ここへ来るまでの間、何度放り出したくなったものか。正直、自衛隊と戦うよりも気が重かった。
それでも、俺は『特区』の区長となり、弱者たちのために今日も東奔西走している。
ここではゾンビの生存権が認められていて、万が一ゾンビに危害を加えることがあれば『特区』独自の法律で処罰されることになる。もうゾンビハンティングは終わりだ。
もちろんすべてのゾンビは俺の制御下にあって、ひとを襲うことはない。コンビニでは消臭剤をぶっかけたゾンビたちが店員をしている。さすがに飲食店では無理だが、今や給料の要らないゾンビは貴重な人材だ。
社会的弱者に対しても、手篤い福祉の手が差し伸べられた。全国の弱者たちはこぞって『特区』に押し寄せ、いつの間にか国家規模のコミュニティが形成された。
ここへ来るという意思がある以上、それは『生きる』ためにもがこうとしているということだ。でなければこんな治外法権の土地にわざわざやって来たりはしない。
弱者たちは、『ゾンビ国民』たちは、その期待を裏切らなかった。
事情があって働けないひとには必要最低限の生活ができるだけの補助を、社会に居場所のないひとには同じようなひとたちと仕事ができる環境を、働きたくても雇ってもらえないひとには特別枠での就業斡旋を。
他にも、弱者がそれでも生きていけるような政策を日々考えて、がんばるひとがきちんと評価されて、がんばれないひとも生きていけるような国を作る、それが課題だ。
俺は『特区』の区長として、やれるだけのことをやった。それでもまだ足りないことはわかっている。俺ひとりのちからでは、どうしても限界がある。
そういうときは、まわりに頼る。社会的弱者の中にも、何かしらの問題を抱えてはいるが能力のあるひとはたくさんいる。その問題さえ解決してしまえば、そういうひとたちは存分に能力を振るうことができた。
そんなひとたちに助けられながら、俺は今日も区長として書類仕事や国との折衝に追われているのだ。ゾンビたちを統制しながらなので、なかなか気が休まることがない。
「そろそろ休憩にしようか」
そんな中、課長……今は副区長が、にこにこと語りかけてくる。副区長もまた、俺にちからを貸してくれるひとのひとりだ。ありがたいことに、会社を辞めて俺についてきてくれた。サブリーダーというのは人選が難しかったが、副区長が手を挙げてくれたおかげで安心して任せることができた。
相変わらずオフィスの一角で猫まみれになって、俺といっしょに書類仕事をしていた副区長は、タバコのジェスチャーをしながら席を立っている。
あれからというもの、副区長は禁煙を解いた。俺を選んでくれた証か、過去からの脱却か、すっかり喫煙者に戻っている。
「そうですね」
へら、と疲れでヨレた笑みを浮かべながら、俺もまた席を立って区役所の屋上へと向かった。
もうすっかり夕方になっていて、屋上には強烈な茜色の西日が差している。しかし、そろそろ肌寒い季節だ、あの頃のように暑くて仕方がない、ということはない。
屋上は全面喫煙可だ。俺と副区長は屋上のフェンスに寄りかかって、それぞれタバコに火をつけた。やりがいのある仕事に疲れたときの一服は至福のひとときだ。
「そういえば、鉈村さんからまた絵葉書が届いたよ。今度はカンボジアにいるんだって」
「カンボジア……本当に、あのひとは世界中どんなところでも行きますね」
タバコを吹かしながら、呆れたように笑う。
そう、鉈村さんは『特区』建設についてはノータッチだった。復讐が終わって、すっかりアクが抜けたようになってしまった鉈村さんは、ある日突然旅に出ると言って日本からいなくなってしまった。
本当に突然のことで、止める間もなく旅立ってしまった。鉈村さんなりに一区切りついて、もう一度自分を見つめ直したいのだろう。そのためには、たくさんのものを見て、いろいろなことを経験しなくてはならない。
年齢的には少し遅めの『自分探し』だ。
復讐にとらわれて、今まで出来なかったことをする、いいことだ。ひとつ目的を達して別の目的を探し、鉈村さんなりに『生きて』みることにしたのだろう。
だが、まったくの音信不通というわけでもない。
時折、『特区』のオフィスに絵葉書が届いた。異国からの手紙には、『メシがうまい』『クソほどひと多い』など、鉈村さんらしいでっかい文字で短くコメントが添えられていた。俺たちのことは気にしてくれているらしい。
鉈村さんは今日も、異国の地でメタルと中島みゆきを聴きながら仏頂面で歩いているのだろう。次なる『生きる目的』を探して、世界中を旅して。
それが鉈村さんなりの『生き方』だ。
「まあ、元気にしてるならいいんですけど」
「あの鉈村さんのことだから、外国でもいつも通りにやってるんじゃないかな」
「鉈村さんですからねえ」
「だよねえ」
そう副区長と笑い合いながら、遠くにいる鉈村さんを思う。
ふふふ、と楽しそうに笑っていると、副区長が感慨深げにつぶやいた。
「……鉈村さんもだけど、君もずいぶん変わったねえ」
「そうですか?」
意外そうに返すと、副区長は小さく笑い、
「はは、自覚がないとは大物だな。オジサン参っちゃう」
そう言って頭をかくのだ。
たしかに、流されるまま生きてきたあのころとは少し違って見えるかもしれない。
ただの『ゾンビ人間』として、理由もなく『死んでいた』あのころ。今思えば、鉈村さんがいら立っていたのもわかる気がする。なにをするにも流れのままで、自分の意志などどこにもなく、責任を負わないことだけを第一に考えていたあのころ。
しかし、鉈村さんといっしょに復讐をしているうちに、俺の中に怒りのようなものが生まれた。ルサンチマンと言ってもいいそれは次第に独り歩きしていって、やがては俺の意志となった。
流されるのではなく、流れそのものになろうと、覚悟を決めたのだ。自分の意志で叛逆して、『生きる』ことを選び取った。
俺の人生の当事者は、俺だ。
自分で自分の人生を生きている実感が生まれ、俺は叛逆者として覚醒した。
そして、自分の意志でかけがえのない戦果を勝ち取ったのだ。
たしかな手応えに、俺は『生きていてよかった』と思った。毎日が楽しいから『生きている』、理由なんてそんなものでいいんだ。
きっと、これからもさまざまな出来事があるだろう。時には死んでしまいたくなるようなこともあるかもしれない。
しかし、俺は『生きて』いく。俺を信じてついてきてくれたひとたちがいる以上、『死んで』なんかいられないのだ。『ゾンビ国民』たちのためにも、しゃんとしなければ。
タバコを吸い終わり、携帯灰皿で火を消すと、俺は大きく伸びをした。
「変わらなくちゃいけなかったんですよ。もう『死んで』なんかいられない。少し目覚めるのが遅かったですけど」
「はは、やっぱり若者はそうでなくちゃね」
副区長もまたタバコを消すと、笑いながら肩をすくめた。
「さて、もうひと仕事がんばりましょうか。今日中に片付けたい仕事、まだありますから」
「まさか君にこき使われる日が来るとはねえ」
「給料少なくて申し訳ないですが、これからもよろしくお願いします」
「調子いいなあ……僕も、今の仕事嫌いじゃないからいいんだけどね」
「それはそうと、国からの予算が遅れてる件なんですが……」
俺は副区長と話しながら屋上を後にした。
まだまだやらなければならないことは山ほどある。
俺が自分で選んだ道だ、せいぜいつまずきながらも無様に走り抜けてやろう。
それが、『生きる』ってことなんだから。
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