№38 僕らはみんな生きている

№38 僕らはみんな生きている

『……続いてのニュースです。先日のクーデターによって誕生した『特区』ですが、現在順調に運営されている模様です。国からの予算が滞っているとの情報もありますが、この『ゾンビ国家』、今後どのように成長していくと思われますか?』


『いやあ、ネット見ててもね、一般からの支持は相当高いようですよ。問い合わせも殺到してるとかで、まだまだ拡大するでしょうね。ネットと社会的弱者、その救済『国家』ということで、それらがうまくマッチした結果ですね』


『『国家』、とおっしゃいましたが、現在国家規模にまで発展していると考えてもいいのでしょうか?』


『もちろん。これはもはや、一大国家ですよ。国民の数もですが、支持率が内閣の比じゃない。国民はみずから選択して『ゾンビ国家』に参画しているんです。選挙で選ばれた政治家でやってる内閣とは、そもそも質が違うんですよ』


『なるほど、国民のそれぞれに自由意志が認められていると。予算に関してはいかがでしょう?』


『まあ、ゾンビっていう労働力は貴重ですね。給料要らないんですから。その基盤の上に人間がやらなければならないことを社会的弱者が請け負う。働けなくとも生きてはいける状態にはなってると思います』


『しかし、財源の確保が課題のようですが?』


『それはそうでしょうな。政府もかなり出し渋ってるみたいですから、今後は外貨獲得に向けた動きが重要になってきますね。地場産業の開発や自治体独自の財源確保が今後の鍵となってくるでしょう』


『一見順調そうに見える『特区』ですが、今後どのような問題が起きるとお考えですか?』


『そうですね。いくら弱者の集団とはいえ、いずれは弱者の中でも上下が出来上がるでしょう。集団の摂理ですな。弱者と強者の間には、また対立が生まれます。その軋轢にどこまで対応できるかです。『ゾンビ国家』の根幹をゆるがす問題として、真摯に受け止めてもらいたいものです』


『ありがとうございます。それでは、ここで『特区』区長のインタビューです』


『現場からです。今日は特別に区長にお時間をいただき……』


『お願いします!! 予算がぜんっっっっっぜん足りないんです!! どうか助けてください!!』


『あの、インタビューなので急に土下座されても……』


『お願いします!! 政府のシブちんどもが予算を出し渋ってるんです!! このままだと俺たち火の車です!! なんでもいいから予算をくださああああい!!』

 

『……とのことです。現場からは以上です』




 あのテレビのインタビューからすぐに、クラウドファンディングにたくさんの寄付が寄せられた。富裕層の中にも俺たちの思想に共鳴してくれるひとがいるらしい。


 その予算は『特区』のために大切に使わせてもらっている。返礼品としてゾンビまんじゅうを送っておいた。


 これで少しは『特区』の運営もラクになる。相変わらず首の皮一枚で繋がっている、まさにゾンビたちの国家だ。


 世間では順調だと言われているが、『ゾンビ国家』の内情なんてこんなものだ。副区長といっしょにひぃひぃ言いながら、その日その日をやりくりしている。


 せっかく作り上げた『特区』が財政難で頓挫、なんてやり切れないことにはしたくない。とにかくお金が必要で、資金繰りにあちこちを駆け巡って精いっぱい頭を下げまくっている。


 しかし、区長の仕事なんてこれくらいしかない。思い上がっているわけではないが、みんなをまとめている立場として、責任を負う必要がある。なにせ、言い出しっぺは俺だ。他に誰が責任者をやるというのだ。


 そんなわけで、俺は今日も頭を下げている。5K仕事のころとあまり変わらない仕事内容だが、不思議とこころが折れたりはしなかった。背負っているものが違うのだ。あのころ、なにも責任を負わずに流されるまま生きてきた俺とは違う。今は明確な目的がある。


 俺の行動のすべてには意味があった。無意味なことなどひとつもない。ひとつひとつをこなして、『特区』のためにがんばる。それが俺の目下の生きる意味だ。


 もしかしたら、将来そんな生きがいを見失ってしまうかもしれない。また生きる意味を見失うかもしれない。


 だが、ふと想像してみる。世界中を旅している鉈村さんが急に帰ってきて、俺に『キッショ』と冷たい顔で告げるのだ。それから、背中を叩いて送り出してくれる。鉈村さんの助けがまだ必要なのが情けなかったが、そうやって考えるとちからが出てくるのだ。


 ……俺はドMかもしれない。


 それは置いておいて、鉈村さんが世界のどこかで応援してくれていると思うと、共犯者としてはがんばらざるを得ない。


 そんなこんなで、俺は『特区』区長としてなんとかやっているのだ。


 ひとりの『ゾンビ人間』として、今日もちからの限り抗っているのだ。


 弱者がまったくの無力だなんて言わせない。


 死にかけの『ゾンビ人間』だって、やるときはやるのだ。問題はその『やるとき』がなかなかやって来ないことだけど。


 それでも、『ゾンビ国民』たちは今がその時だと集まってくれた。区長として、少しでもそれに報いたい。


 たしかに、『ゾンビ人間』には感情がないかもしれない。生きることに疲れ、社会での居場所をなくし、ただ『死んでいる』のかもしれない。


 けど、ひとたび怒ればなにをするかわからない。ルサンチマンが核爆発を起こして、とんでもない革命を引き起こすのだ。それは社会のカンフル剤であり、腐った世の中に投じる一石だ。


 そうして、ナメてかかってきた世の中に思い知らせてやるのだ。俺たちだって生きているんだと。叛逆の意思があるのだと。


 生きることは、抗うことだ。俺たちを押さえつけようとしてくる強大なちからに、そして、おのれの現状に。


 変わるのに遅いも早いもない。ただの『ゾンビ人間』だって、自分が生きていると自覚すれば、それは立派なレボリューションだ。


 自覚すれば行動が伴い、生きようと必死にあがくようになる。あがけばそこに活路が見えてくる。選び取って、生きていく。その繰り返しだ。


 俺は『特区』で少しでもその手助けができればいいと思っている。かつての俺のような『ゾンビ人間』にも、生きていいんだと、あきらめなくてもいいんだとエールを送りたい。


 なにもなくたっていい、生きているうちになにか得るものがあるのだ。今は持たざる者でも、必死こいて生きているうちになにか自分の糧になるものが見つかる。


 ……身をもって思い知った俺が言えるのは、それくらいだ。


 あとは『ゾンビ人間』次第。死んだままでいるのか、生きることを選ぶのか。誰だって、半分死んでいて半分生きている、シュレディンガーの猫なのだ。自分で観測しようとすれば、勇気を出せば、きっと生きていける。


 おのれに叛逆せよ。


 現状を打破せよ。


 立てよ国民。


 そう叫んだことを、俺は一生忘れないだろう。


 そして、俺はなんとなく『僕らはみんな生きている』と口ずさみながら、今日も特区のために東奔西走するのだった。

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