№30 リベンジ

№30 リベンジ

「……本当に来るのか?」


 双眼鏡を覗きながら、前線の隊員がつぶやいた。


「俺ならケツまくって逃げるけどな」


「今回はそういう相手じゃないらしいぞ」


 同じく辺りを索敵していた隊員が返す。


「統合幕僚長は『必ず来る』って言ってたらしい」


「どうだかねえ」


 隊員は懐疑的だった。他にもそういうものがいる。『敵』を退けてから一週間、なんの動きもない。そのまま逃げた、と考える方が自然だ。リベンジマッチはない。


 とっとと迎撃から追跡に切り替えた方がかしこいのに。退屈そうに双眼鏡を覗きながら、隊員は無為な時間を消費していた。


「俺、ちょっとションベン」


「早く戻れよ」


 同僚が草陰に入っていくのを見届けてから、隊員は双眼鏡を目から離した。このクソ暑い中、やってられない。


 タバコを取り出すと、百円ライターで火をつける。同僚が戻ってくるまでサボろう。どうせ『敵』なんて来ない。


 紫煙を吹かしていると、背後の草むらから、がさ、と音が聞こえた。ずいぶん早いな、と思いながら声をかけようとした、そのとき。


 雄叫びを上げながら、ゾンビが飛び出してきた。


「う、うわあああああ!!」


 完全にスイッチを切っていた隊員は、タバコを取り落として尻もちをつく。かろうじてホルスターの拳銃に手を伸ばしたときには、もう遅かった。


 飛びかかってきたゾンビが、隊員の肩を食いちぎる。


「ぎゃああああ!!」


 血しぶきがほとばしり、それでもゾンビは隊員を食い続けた。


 ……やがて、屍となった隊員が、ゆらり、と立ち上がる。


 ゾンビとしてよみがえった隊員は、操られるように本営の方へと向かっていく。


 ……始まりの合図だった。




 鮫島は森の奥深くにある本営で、各所から上がる悲鳴を聞いていた。無線機から一斉に、前線の隊員たちが『ゾンビに襲われている』と叫ぶ声が上がっている。


 やはり、来たか……タダでは転ばない相手だとは思っていたが、こちらが油断し始めたタイミングでやって来るとは、なかなかやるものだ。


 現場は完全にゲリラ戦の様相を呈していた。索敵のために各所に展開していた隊員たちが、少数のゾンビたちに狙い撃ちされている。


 今回は人海戦術ではない。静かに忍び寄り、こちらの首を掻く。数で押してくることはなく、散開してひとりひとり確実に仕留めに来た。


 五億寸釘が離反した今、あの『戦術核』は使えない。あのフィールドがあれば部隊が展開している周辺のゾンビたちは一気に浄化できるが、あの坊主がいないとなると、ゲリラ戦はこちらの不利となる。


 ヘリも戦車も使えない。あれは怒涛を削るための兵器だ。敵味方入り乱れている現在、使えるのは白兵のみ。歩の駒のみで対処しなければならないのだ。


 しかし、鮫島もなにも対策をしていないわけではなかった。


「落ち着け。『敵』も少数、各員できる限り合流して囲んで叩け。今度はこちらが数で押す番だ」


 無線に向かって告げると、あちこちから了解の声が上がる。


 ゲリラ戦ゆえに、ゾンビたちも目立った集団で行動することはできない。多くて三体だ。合流した精鋭たちがまとまってかかれば勝てる。


 白兵戦による各個撃破。対策はそれだった。


 向こうの戦力も残り少ないだろう。それはこちらにも言えることだが、練度が違う。ここまで生き残ってきた少数精鋭だ。簡単には負けない。


「……五分五分、といったところか……」


 つぶやいた通り、勝率はフィフティフィフティだ。隊員たちがどれだけ合流できるのか、そこに勝運がかかっていた。 


 戦車やヘリなどは出さず、完全に敵味方入り乱れての白兵戦だ。派手な火器も使えない。市街戦ではないが、森の木陰がゾンビたちの姿を巧妙に隠蔽している。


 囲んで集中攻撃してしまえば簡単に撃破できるが、1体1で対峙してしまえば、あの超ゾンビ相手では歯が立たないだろう。ショットガンも無意味だ。なにせ相手は上半身を吹き飛ばされても動くのだから。


 頼む、無事合流してくれ。


 そう祈るようなここちで、鮫島はシガーカッターで葉巻の先端を切り落とすのだった。




 戦況は五分五分。散らばってひとりひとり敵を倒していくという作戦を取ったものの、相手もさるもの、確実にゾンビたちから逃げおおせ、集まって各個撃破している。


 今また、ゾンビとの接続が切れた。宙に浮かべた十指から伸びる無数の紫の糸が段々と途切れていく。


 しかし、食った敵は俺たちの味方となった。元同僚を攻撃させるのは気が引けたが、これに賭けるしかない。


 途切れたそばから新しい糸が繋がっていく。食った隊員たちが、ゾンビとなってよみがえっているのだ。


 数はこちらが勝っている。あとは、いかに囲まれる前に敵を仕留めるか。それに賭かっている。


 ゾンビたちに迅速に行動するよう指令を送り、指先にちからを込めた。今回のゾンビたちはひと味違う。残った数少ないゾンビたちには、思いっきりネクロマンシーの能力を注ぎ込んである。今まで以上に強力になっているはずだ。


 糸が切れ、また繋がり。


 状況は拮抗しているようだった。


 そんな拮抗状態も想定内だ。そのために最後のひと押しの策も用意してある。


 隣にいた鉈村さんが、拡声器を持ち出してスイッチを入れた。ひぃん、とハウリングしてから、鉈村さんの声が増幅される。


『あー、テステス。本日は晴天なり。本日は晴天なり』


 ぶっきらぼうな定型句が爆音で放たれた。これだけ大きな音なら森の隅々まで届くだろう。


 そのタイミングで、俺はゾンビたちに止まれと指令を出した。今ごろ、いきなり聞こえてきた声と攻撃をやめたゾンビたちに、隊員たちは戸惑っているだろう。


 鉈村さんは拡声器に向かって言った。


『みなさんお勤めご苦労様です。ご迷惑おかけしてすみません』


 敵からしてみればバカにされているような言葉も、続く声のインパクトには勝てなかった。


『今現在交戦真っ最中だとは思いますが、もうやめて大丈夫です。基本的に、武器を捨てて投降すればあなたたちを襲わないようにします。もうこわい思いをすることはありません、降参してください』


 鉈村さんはそう宣言した。


 すると、敵の一部が武器を捨て始める。誰も好きこのんでゾンビたちに食われたがらない。ひとりが投降すれば、それに連鎖してもうひとり。半分ほどは鋼鉄の精神で戦い続けているようだが、半分は降参した。


 甘い言葉をかけて士気を下げる。いくら規律で縛られているとはいえ、隊員だって人間だ、ゾンビたちに食われるかもという恐怖からは逃れたい。


 恐怖とは原始的な感情で、人間の生存本能に根ざしている。よほどのつわものでなければ、自分のいのちを第一に考えてしまう。


 忠義と本能、そのふたつの間で揺れていたとしても、誰かひとりさえ銃を捨ててくれれば、『ああ、あいつがそうなら俺も』と同調してしまう。集団心理を逆手に取った作戦だ。


 甘言で敵を惑わせ、士気を下げるその策はどうやら奏功したようだった。たった二言三言で敵の半数の戦力を削ることができた。


 よし、今なら行ける!


「一気に畳み掛けますよ!」


 駄々崩れになった敵勢力を突っ切って本営へ向かうよう、ゾンビたちに指令を出す。こうなったらもう王手は確実だ。


 獲った。


 俺は今度こそ勝利を確信して、大いに十指を動かした。


 行け、ゾンビたち!

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