№23 敗北の味

№23 敗北の味

「……やっと到達しましたよ」


 涼しげにたたずむ五億寸釘は、そう言うとタバコを取り出して火をつけた。未成年のくせに、と言いたくなったが、今言うべきことはそれじゃない。


 紫煙をたなびかせながら、五億寸釘は静かに続ける。


「あなたがたはよくやりました。おかげでせっかくの精鋭部隊も残り数名だ。でも、結局はこちらの粘り勝ちでしたね」


 それは紛れもない、勝者の余裕だった。五億寸釘は、見事こちらの戦力を壊滅させたのだ。


 全能感ががらがらと音を立てて崩れさる。勝者から敗者へ、この落差に耐えきれず、俺は取り押さえられながら吠えた。


「ちくしょう!! なんで勝てない!? 俺たちは全力を尽くしたはずだ、なのに、なんで!? ちくしょう、ちくしょう!!」


 血反吐を吐くように毒づき、俺はなんとか拘束から抜け出そうともがいたが、それも徒労だ。


 今何を言ったって負け犬の遠吠えに過ぎない。


 初めて感じる挫折は、酷く胸に痛かった。今まではこんなことはなかった。挫折を感じないように、ほどほどで生きてきたからだ。


 しかし、初めて全力を出し切った今、それでもなお届かない事実に、とてつもない悔しさが込み上げてくる。


 なぜ勝てない。怒りのようなもので胸が満ちた。悔しい。がんばった分だけ、その挫折は重々しく胸にわだかまった。


 吠える俺を意にも介さず、五億寸釘は灰を地面に落として告げた。


「所詮、素人だったということですよ。戦争の専門家に、バケモノ退治のプロフェッショナル。くぐってきた修羅場の数が違います」


 その通りだ。玄人を向こうに回して、そう簡単に勝てるはずがない。分かりきっていたことなのに、全能感に支配された俺はつい、『勝てる』と思い上がってしまったのだ。


 取り押さえられながら睨みあげる先の五億寸釘は、なぜか複雑そうな顔をしていた。憐憫でも同情でもない、なにか苦いものを飲み込んでいるかのような表情だ。


 一体なにを考えている?


「……一応、聞いておきましょう。なぜこんなことを?」


 五億寸釘の問いかけに、俺は噛み付くように答えた。


「俺たちみたいな弱者だって生きてる! 同じ人間なのに、それなのに上級国民どもは俺たちをゴミクズみたいに使い捨てる! まるで名無しの消耗品だ!」


「…………」


「俺たちは、そんな上から押さえつけるようなちからに抗っただけだ! 生きてるってことは、抗うことなんだ! いつまでもおとなしく飼い慣らされてると思うなよ!!」

 

 不自然な体勢で喚き散らして、息が上がる。


 五億寸釘は相変わらず苦汁を飲むような表情で、しばらく俺を見つめていた。


「……抗ってやる……死ぬまで、いや、死んでも俺たちは『生きてる』! 最後の最後まで、抗うことをやめないからな!!」


「……待っているのは最悪の結末だと思いますけど?」


 皮肉めいた口調で口にする五億寸釘に、俺は勢いのままに応じる。


「それでも、だ! バッドエンドなんかひっくり返してやる! みんなが笑って大団円じゃなきゃおかしいだろ!!」


「……大団円、ですか。夢物語ですね。もっと現実を見た方がいいですよ、オジサン」


「夢見て何が悪い!? オッサンだってな、夢くらい見る! 現実見てるさ、見た上でぶっ壊してやるんだよ! 抗うってのはそういうことだ!!」


「……よく折れませんね」


 呆れ半分に五億寸釘がため息をついた。いっしょにタバコの煙も流れていく。


「折れたら負けだ! 負けるっていうことは、俺たちが『生きてない』って認めることだ! そんなのはごめんだ! だから、抗い続ける!!」


「……そうですか」


 とうとう五億寸釘のタバコが燃え尽きそうになった。ぎりぎりまで短くなったタバコを焦土に放り、踏み消すと、五億寸釘は俺たちを見下ろし、


「僕の仕事はここまでです。あとは自衛隊のみなさんがなにかと片付けてくれるでしょう。あなたの答えは聞き届けました。出る幕のなくなった役者は舞台を去ることにしましょう」


 そう言って、五億寸釘は去っていく。


「あとはお好きに。それでは、僕はこれで」


 この状態でなにを『お好きに』やれるというのだ。どこまでも皮肉めいた美少年を見送っていると、がん、と頭を地面に押さえつけられた。星が散ってくらくらする。


「今すぐすべてのネクロマンシーを解除してください」


 そうだった。まだ動いているゾンビはいるのだ。自衛隊としては、全ゾンビを無力化して完全勝利といきたいはず。


 しかし、まだ一縷の望みはあった。後方本営で暴れているゾンビたちが間に合えば、あるいは……?


 必死に十指を操る俺の手を、隊員のコンバットブーツが踏みつける。折れはしなかったが、激痛が走った。さすがプロフェッショナル、こういうところでは容赦がない。


 それでも、俺はゾンビを操ろうとした。


 そんな俺にサブマシンガンの銃口が向けられる。


「射殺許可も降りています。今すぐ中止してください」


「いやだ!!」


 抵抗する俺に、隊員たちは困った顔をした。頑として曲げる気はないと悟ったのか、今度は俺の頭を上げ、鉈村さんの方に向ける。


 鉈村さんの金色の頭に、銃が突きつけられた。


「鉈村さん!」


「今すぐゾンビを無力化してください。さもなくば、この女性を射殺します」


 くそっ! こんなのって……!


 ゾンビたちが本営に達した気配もなく、時間稼ぎもできそうにない。そうしている間に鉈村さんが殺されてしまう。


「……わかるよね?」


 難しい顔をしている鉈村さんの、言わんとしていることはわかっていた。『絶対に屈するな』、と。『私のことは構うな』、と。


 しかし、そんなことは到底受け入れられなかった。


 鉈村さんが殺される、その事実は敗北そのものよりも俺の胸に棘を立てた。


 結果、


「……わかりました。今、ネクロマンシーを解きます……」


「おい!」


「ごめん、鉈村さん。けど、俺にはこうすることしかできない」


「……バッカ野郎……!」


 怨嗟にも似た鉈村さんの罵声を無視して、俺は十指からちからを抜いた。本営で暴れていたゾンビたちも、これでただの死体に戻ったはずだ。


 ……今、ゾンビたちが動かなくなったと、手応えでわかった。これですべてのゾンビたちは無力化したはずだ。


 隊員たちが無線で連絡をすると、向こう側にいたゾンビたちは残らず沈黙したそうだ。敵本営は健在、敵将はとれずじまい。


 チェックメイト、俺たちの負けだ。


 クーデターは失敗に終わったのだ。


 これから俺たちにどんな苦難が待ち構えているか、想像もできない。なにせ国家転覆を企んだテロリストなのだ、厳しい拷問の末、殺害なんてこともあるかもしれない。


 痛いのはいやだな……なにより、鉈村さんまでいっしょに、というのがいやだった。実行犯は俺だ、なんとかそれで通らないだろうか。


 ……いや、鉈村さん自身がすべてを白状するだろう。鉈村さんの言う『ケジメ』を付けるために。そうなったら、俺にはどうすることもできない。ふたりそろって地獄行きだ。


 ネクロマンサーなんてやってた以上、地獄行きはすでに確定したようなものだが。改めて現実として突きつけられると、不安で胸が苦しくなる。


「立って歩いてください。お待ちの方がいます」


 敗残者ごときに、この期に及んでなんの用事があるのだろう。


 怪訝に思いながらも、俺たちはゾンビたちという手札を取り上げられたまま、敵本営まで連行された。

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