№22 戦場のヴェノム
№22 戦場のヴェノム
「……うまくいったみたいですね」
ゾンビたちの海の最後列で、俺はほっとした顔をして鉈村さんに言った。なんとかこちらの作戦勝ちだ。
一旦前線に戦力を引き付けておいて、こっそり回り込ませたゾンビたちが背後から奇襲する。
これまで練りに練った作戦が実を結んだ。
すべての行動は慎重に、綿密に行われ、俺は全神経を研ぎ澄ませてゾンビたちを操った。宙に浮かべた十指から伸びる紫の糸は、もう数え切れないほどになっている。自衛隊本営までの半径8キロは完全掌握していて、充分に手が届く距離だ。
俺のネクロマンシーも、飛躍的に成長している。ゾンビたち一体一体も、これまでになく強力になっていた。今なら戦車の砲撃をかわすことくらい造作もない。
あえて退いて見せて、敵陣営の兵站を前線に集める。そうすることで後衛が手薄になるのを狙ってのことだったが、その演技はこちらの意図を悟られないように、ごくさりげなく行わければならなかった。
結果、化かし合いはこちらに軍配が上がった。
まんまと乗っかってくれた自衛隊は、今ごろ背後からの奇襲に大混乱しているだろう。本営まで届くのも時間の問題だ。
俺たちの勝ちは確定したも同然だ。
勝利の美酒とはこのことだろう、まだ勝敗は確定していないが、俺は特殊な全能感に酔いしれていた。
今ならなんだってやれるような気がした。
国を乗っ取って、新しい国家を作るのだ。
ゾンビと弱者たちのための、まったく新しい国を。
その目標が、すぐ手に届くところまで来ていた。陶酔するなという方が無理な話だ。
「……さあね。むしろ、これからじゃない? 相手も玄人、これくらいのことに対応できない相手じゃないでしょ」
しかし、鉈村さんはどこまでも冷静だった。まだ左腕を吊ったまま、遠くに見える前線をにらんでつぶやく。
「ここまで来てそれはないでしょう!」
楽観的な俺の言葉に、鉈村さんは咎めるような視線を向けた。
「こういうときが一番危ないの。勝ちを目の前にぶら下げられて足元がおろそかになる。窮鼠猫を噛む、だよ。調子乗ってると痛い目見るよ」
鉈村さんはそう言うが、俺はもう勝ったつもりでいた。この状況からどうやって巻き返すというんだ。自衛隊は総崩れになって、すべてゾンビと化して俺のネクロマンシーで操ることができるようになる。こちらの戦力は増える一方だ。
この国の軍隊である自衛隊さえ崩してしまえば、クーデターは成功する。武力を行使して国を乗っ取り、新たな政権を樹立することができるのだ。
あと少しだ、あと少しで……!
「よし! 一気に叩き潰せ!」
俺は全神経を集中させて、ゾンビたちを後方に位置する本営まで送り届けようとした。手薄な今なら、容易に敵将は獲れる。完全勝利まであと一歩だ。
……しかし、その慢心がいのちとりだった。
頭上から小さな影が差す。それは攻撃ヘリの一機だった。今さらなにをしようというのだろうか?
すると、ぶら下がったロープから唐突に『光』が降ってくる。とたん、俺たちの周りにいたゾンビたちは半分ほど動かなくなってしまった。
浄化の光……五億寸釘か!
いつかやってくるだろうとは思っていたが、まさか俺たちのいる本営まで直送とは思わなかった。なにせここはゾンビの超過密地帯、五億寸釘からしてみれば敵陣の真っ只中だ。前回の二の舞をおそれるなら、絶対にできない行動だった。
しかし、今回は違う。
間近に迫った五億寸釘を守るようにして、特殊部隊の精鋭たちが降下してきた。光のドームの外側で、次々と五億寸釘に迫るゾンビたちを削り取っていっている。
航空戦ではゾンビたちはまったくの無力だ。別に飛べたりはしないから、空から急襲されれば対応できない。
しかし、自衛隊も都市区画の被害をおそれて空爆はしないだろうと踏んでいた。やって来ても機関銃の掃射くらいだろうとタカをくくっていた。
が、五億寸釘を直接投下してくるとは思ってもみなかった。考えてみれば、五億寸釘は都市区画にまったく被害をもたらさない戦術核、あるいは『毒』のようなものだ。周りを精鋭中の精鋭で固めてしまえば、あとはこちらの本営を直接叩ける。
ゾンビたちの群が五億寸釘たちに襲いかかった。まるで腐肉の波だ、そして圧倒的な身体能力がある。
そう、敵もこのリスクは承知の上だろう。
今もなお抵抗を続ける精鋭たちのひとりが、ゾンビたちに引きずり込まれて喰い殺されてしまった。五億寸釘が光の波を放つが、削られたそばから次のゾンビたちが押し寄せる。
最悪、五億寸釘を失うかもしれないのだ。こちらに対して決定的な切り札となりうる男を。
その危険を冒して、敵は賭けに出たのだ。どうやら敵将はただのボンクラ総大将というわけではないらしい。肉を切らせて骨を断つ、とはこのことだった。
たしかにゾンビたちは確実に精鋭たちを削ってはいるが、向こうもプロフェッショナルだ、全滅させるのは骨が折れる。
しかも、五億寸釘には奥の手があるのだ。
精鋭部隊の真ん中から、聖句の詠唱が聞こえてくる。まずい、『アレ』をやるつもりだ。
もっと削れ、詠唱が完成するまでに、早く!
そうゾンビたちに指令を送る。たちまち荒れ狂う怒涛のように襲いかかるゾンビたちだったが、銃撃に阻まれてなかなかたどり着けない。かろうじて突破したゾンビたちも、光の壁を壊すのに苦労している。
ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!
焦れば焦るほどゾンビたちの統率が乱れ、その隙をついて精鋭たちがこちらの波を削ってくる。悪循環だ。
……そして、とうとう詠唱が完成してしまった。
晴れ渡った夏空から、青天の霹靂が降ってくる。
光の大瀑布の直撃を食らった半径1キロ以内にいるゾンビたちは、一気に浄化され残らず動かなくなってしまった。ばたばたと倒れていき、後に残ったのはただの腐った死体の山だけだ。
やられた……!
歯噛みしながら思う。鉈村さんの言う通りだった。勝利を予感していい気になっていた俺は、まんまと足元をすくわれたのだ。
賭けは、敵の勝ちだ。俺たちは負けた。
いきなり真っ裸同然になってしまった俺たちは、すぐに精鋭たちに拘束されてしまった。俺と鉈村さんは乱暴に組み敷かれながら、ぱたん、と聖書を閉じる五億寸釘を睨み上げる。
「……so, mote it be」
そうあれかし、と結んだ五億寸釘は、俺たちの視線の先で涼しい顔をしていた。
「こちら特殊部隊ゼロ、対象確保しました!!」
俺たちに手錠をかけながら、隊員のひとりが無線機に呼びかける。きっと、むこうの敵将は寸でのところでかすめとった勝利ににんまりしていることだろう。
負けた。
全力を尽くして戦って、敗北した。
熱く火照っていたからだが、急に冷や水を浴びせられたかのように凍りつく。どんどん血の気が引いていって、いやというほど現実を理解する。
あと一歩のところだったのに。
たった一滴の『毒』にすべてを台無しにされてしまった。
嘆いても悔やんでも、取り返しはつかない。
敗北に終わってしまった戦いに、俺は小さく吐き捨てた。
「……ちくしょう……!!」
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