№21 決戦は日曜日

№21 決戦は日曜日

 日曜日、じわじわと蝉の声がうるさいほどの真昼間。


「配置、完了しました!」


「うむ」


 部下の報告に、本部テントの中で椅子に腰を下ろした鮫島がひと声応じる。そばには由比ヶ浜も控えており、こちらはどこかそわそわした空気をにじませていた。


 すでに民間人が退避した市街地には、戦車が五機、砲身をそろえて並んでいる。その後ろには、一個大隊の特殊部隊の精鋭たちがフル装備で整列していた。上空では武装ヘリが旋回し、逐一報告が本部に上がってくる。


 準備万端。こちらに不足はない。


 さあ、どう出る、若造……?


 報告を聞きながら、鮫島はどこか楽しそうに戦端を見守っていた。


 ……『敵』が動き出したのは、部隊が展開を終えて数時間後の昼下がりごろのことだった。


 ふいに、どうどうと地響きが聞こえてくる。それは次第に大きくなっていき、その全容を隊員たちの前に現した。


 ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ……何百ものゾンビたちが、怒涛のごとく押し寄せてきた。その様はまさしくゾンビの海だ。とにかくそこらじゅうのゾンビをかき集めたかのような大群衆。


 その『超』人海戦術に、さすがの鮫島も目を見開く。


 こちらが一個大隊であるのと同じく、『敵』もそれなりの規模のゾンビを操れるようになっているらしい。五億寸釘の報告では半径1キロ前後のゾンビしか操れなかったはずが、もはや5キロではきかないほどの範囲でネクロマンシーを行使している。


 成長しているのだ。


 ますます、面白い。


「とにかく削れ」


 圧倒的な光景にしり込みする前線に、鮫島は叱咤激励するように短く告げた。


 とたん、散開した戦車が一斉に砲撃を始め、ヘリの機関銃が掃射される。あちこちで轟音が上がり、建物が崩れていった。ゾンビたちのからだがばらばらに吹っ飛び、辺り一面に腐臭が漂った。


 攻撃は確実に命中している。


 しているが、半身がなくなってもゾンビたちは止まらなかった。そして、そのおそろしいまでの身体能力でこちらの攻撃を回避し、あるいは跳んだり、あるいは走ったりしている。

 

 まさに、大規模災害だ。


『……こちら、五億寸釘。上空ヘリから浄化していますが、追いつきません』


『こちら陸自第二中隊、迫撃砲にて応戦していますが、ゾンビが止まりません!』


『こちら海自第五中隊、もうゾンビが前線まで迫ってきています!』


 とにかく、数が多い。そしてタフだ。こちらの戦力が数を削いでもなお、その波は止まらない。


「怯むな。確実に削り取れ。前線は白兵戦を、戦車部隊は引き続き散開しつつ『敵』後方を砲撃、ヘリは前線をサポート。いいな?」


 しかし、迎え撃つのも歴戦の勇者である鮫島魁童そのひとである。そう簡単には突破させない。


 問題は、前線がいつまで持つかだ。相手は殺しても死なないゾンビの大群、その屈強な流れには、いかな精鋭たちと言えど長くは持つまい。


 全戦力投入による短期決戦。鮫島はそこに活路を見出した。総力を挙げて一気に削り取ってやる。


「『敵』はすべて粉微塵の肉片にしろ。そうすれば起き上がって来られまい。前線、対戦車ミサイルの使用を許可する。戦車部隊、砲弾を惜しむな。ヘリ、引き続き水際で食い止めろ」


 出し惜しみはナシだ。全戦力を叩きつけて、量より質であることを知らしめてやろう。鮫島は葉巻の紫煙を胸いっぱいに吸い、吐いた。そして、


「各員、存分にやれ」


 この期に及んで不敵に笑う鮫島の声に、兵士たちは勢いよく返答した。


 砲弾が、機関銃が、そしてサブマシンガンの弾丸が、対戦車ミサイルが、嵐のようにゾンビたちに襲いかかる。


 鮫島が命じた通り粉微塵になったゾンビたちは活動を停止し、まるでおろし金ですり下ろされる野菜のように確実に『敵』勢力の波を削いでいった。


 段々とその波涛はちからをなくしていき、前線でも十二分に対応できるような規模になってくる。それでも執拗に攻撃を続け、『敵』勢力を徹底的に叩こうとした。


 ……しかし、妙だ。歴戦の勇士としてのカンがアラートを鳴らす。


 あれだけ波打っていたにしては、削り取ったゾンビの数が少なすぎる。そして、明らかに『敵』本営を守る形で潮が引いていっている。


 数で充分押せたはずなのに、なぜ今さら?


 退くにしては時期尚早だ。


 敵将はよほど弱腰なのだろうか?


 怪訝に思った鮫島が、ゾンビの海の『潮目』に気づいた時には、もう遅かった。


『こちら陸自第八中隊! 『敵』勢力が後方陣営に回り込んできました! まずいです、こちらには最小限の人員しか残っていません!』


 伝令が飛んでくると、状況のすべてを理解した鮫島は、むう、とうなって膝を打つ。


 ……やられた。


 前線に戦力が集中しすぎ、その隙を突かれた。


 まるで激流が岩を避けるようにあちこちに分散した『敵』勢力は、市街地の地形を利用して潮流をごまかしながら、部隊の背後で再集結したのだ。


 後ろを取られて現場は混乱していた。無線の向こうでは隊員たちの絶叫や銃声、爆音が聞こえ、ヘリも戦車も大急ぎでそちらへ回っているが、間に合いそうにない。本営も後方に位置しているので、手薄なところを狙われればここもすぐに落ちるだろう。


『こちら第七中隊! 隊員たちが次々とゾンビ化して……! 長くはありません!』


 こうなってしまっては、こちらの戦力も『敵』勢力の一部となってしまう。将棋のように自軍の駒が敵陣に移るのだ、詰みまでの手数が読めそうなところまできた。

 

「お見事!」


 しかし、鮫島はあくまでも動じず、むしろ敵将に対して敬意の拍手を送る。


 それを見ていた由比ヶ浜は、鮫島に強く詰め寄った。


「どういうつもりですか!? このままでは陥落ですよ!? そうなったらこの国は、政府の威信は地に落ちる! 防衛大臣が黙っていないぞ!?」


 八つ当たりのように怒鳴られても、鮫島が揺らぐことはなかった。むしろ今まで以上に楽しそうな顔をして、


「落ち着け、由比ヶ浜。まあまあ面白くなってきたではないか」


「面白いだと!? ふざけてるのか!?」


「落ち着けと言っている……たしかに、なかなかやりおる。が、あくまでも『素人にしては』だ」


 不敵に笑う鮫島魁童は、この不測の事態を楽しんでいた。まるで新しいオモチャを与えられた子供のように目をきらめかせ、戦場を睥睨する。


 あちこちから火の手が上がり、隊員たちは続々とゾンビ化している。本営が置かれている場所をゾンビたちが急襲するまであと少し。


 この地獄のような大ピンチをひっくり返そうと言うのだ。


「若造、お遊びはここからだ。職業軍人をナメると痛い目を見るぞ」


 もしも鮫が笑ったら、こんな表情になるだろう。鮫島は、この歳でまだすべて残っている歯をむき出しにして笑み、ゆったりとシガーカッターで葉巻を切断した。


 葉巻をくわえ、マッチで火をつける。たっぷり一分ほど紫煙を楽しんでから、鮫島は戦場に一滴の毒を流し込むのだった。

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