№20 掃討作戦会議
№20 掃討作戦会議
「……ほほう、やりおるな」
一連の関連資料をプロジェクターで確認した鮫島魁童は、どこか楽しそうにつぶやいた。
その場には、由比ヶ浜と陸海空幕僚長、そして自衛隊の高級士官たちが勢ぞろいしている。
鮫島はゆったりと葉巻をくゆらせながら、
「今どき珍しい、気骨のある若造どもじゃないか」
「感心している場合ではありませんよ」
煙に顔をしかめながら、由比ヶ浜が釘をさした。各々がタバコや葉巻を吸っていて、会議室は白く煙っている。由比ヶ浜にとっては完全なるアウェーだろう。
なにせ、ここは兵士たちの作戦会議の場なのだから。政治家ごときに出しゃばってもらっては困る。
「いいじゃないか。たまにはこういう勢いのある『敵』を相手取って、全力を出したいものだ」
ははは、と士官たちも笑い声を上げる。戦友たちも同意見らしかった。
「……さて、諸君。『敵』のちからは強大だ。それに、戦っている間にも成長する。まずは『敵』がどう出るか、そこが問題だな」
「おそらくは、こちらの意図を察して市街戦、それも人海戦術のゲリラ戦に持ち込むつもりでしょうな」
自衛隊参謀長が、鮫島の隣で発言する。
鮫島は満足げにうなずいて、葉巻の煙を吐き出した。
「だろうな。こちらとしては、平地に誘い出して一気に片付けたいものだが、逃げられては仕方がない。市民にも避難勧告は出してある。ここはひとつ、『敵』の思惑に乗ってやろうじゃないか」
「海自は……やることはなさそうですな。隊員を武装させて陸戦に回しましょう」
「空自からは武装ヘリを複数機用意します。必要とあらば爆撃機も出動させます」
「ふむ、そんなところだな。陸上幕僚長、おおよそのことはお前さんに頼むことになるが、プランは?」
水を向けられた陸上幕僚長は、タバコを吸いながら神妙にうなずき返し、
「全国から隊員を集結させます。特殊部隊の精鋭も総動員で、戦車も何台か出します。局地災害の救助目的、という名目では、今のところそれが精いっぱいですな」
「よろしい。戦力としては申し分ない、以上のものだな。おそらくは白兵戦が主になるだろう。具体的な作戦立案はあるか?」
鮫島が全体に問いかけると、陸将の手が上がった。視線でうながすと陸将が立ち上がり、
「市街地でのゲリラ戦、となりますと、仰ったように白兵戦が主になります。向こうが量で来るなら、こちらは質で迎え撃ちましょう。人海戦術というものには、必ず後方戦線が生じます。そちらには、戦車での砲撃で対処します」
「ほう、それで?」
「後方を削って確実に数を減らしつつ、前線では特殊部隊による各個撃破。それで不足というならば、空自の攻撃ヘリです。さすがに上空からの攻撃は防げないでしょうから、我々の独壇場です。機関砲掃射で前線をサポートしてもらいます」
「……そうなるな。街への被害はどれくらいだと思う?」
鮫島が問いかけると、陸将は真剣な顔のまま包み隠さずに想定被害を語った。
「都市区画ひとつふたつは平地になるでしょうな。しかし、『敵』に隠れ場所を提供してやることはありません。ゲリラ戦の鉄則として、隠れ蓑を徹底的に潰す必要があります。平地へ誘導することができないのならば、作ればいい……まあ、復興予算が気になりますが」
またも隊員たちから笑い声が起こる。それを手で制して、鮫島は由比ヶ浜に水を向けた。
「どうだ、由比ヶ浜? お前さんとしては……失礼、防衛大臣の意向としては?」
わざとらしく言い直した鮫島に、由比ヶ浜は内心のいら立ちを隠すようににこにこと笑った。
「もちろん、必要な犠牲です。人的被害が出ないのならば、国民からも非難の声はさほど出ない。その程度の復興予算でしたら、いくらでも組めますので」
「……だ、そうだ。諸君、存分にやるといい」
にやり、葉巻をくわえて鮫島が笑う。それはまさしく、獲物を見定めた鮫の笑みだった。
「……ところで、僕はなにをすれば?」
会議室の一席から声が上がる。
そこには、相変わらずふてくされたような顔をして堂々とタバコを吸っている五億寸釘が座っていた。
鮫島はそのふてぶてしい様子に愉快そうな顔をして、
「お前さんはひとりで機動戦車5個ほどの戦力だ。しかも、お前さんの攻撃は損害を出さない。無論、それなりの仕事はしてもらう。遊撃隊としてヘリから投下後、各個撃破だ」
そう命ずると、五億寸釘は、ふん、と鼻を鳴らした。
「いよいよつまらなくなってきましたね。けど、わかりました。僕としてもリベンジといきたいところですからね。今度こそ『敵』を黙らせてやりますよ」
そう言いきった五億寸釘は、紫煙を吐きながら手元の灰皿でタバコを揉み消す。そして、また新しい一本に火をつける。
鮫島はその言い草に豪快な笑い声を向けた。
「わはは! いいこころがけだ! その意気に免じて、未成年喫煙については不問にしてやろう!」
「……どうも」
「なんだ、なにか不満か?」
どうも煮え切らない顔に、鮫島が問いかける。
五億寸釘は、ふー、と煙と共にためいきをつきながら、
「あまり『敵』を甘く見ない方がいいです。鮫島さんのことですから『万が一』はないでしょうけど、ひと筋縄ではいかない相手ですよ」
「……ふむ、唯一接敵経験のあるお前さんの言うことだ、肝に銘じておこう。『敵』はあの五億寸釘叫の手にも負えなかった相手だ。諸君、気を引き締めていこう」
「……それと」
「なんだ、まだなにかあるのか?」
おとぎ話の続きをせがむ子供のような表情で言うと、五億寸釘はくわえタバコで鮫島をにらんだ。
「……僕のことも、あまり侮らないでもらいたい」
「それはどういう意味だ?」
「僕はいち『仕事人』です。やりたいようにやらせてもらいますよ。今回は依頼です、それにリベンジということもある。『敵』に対してはそう接しますが、納得のいかない命令には従わない」
暗に『駒として扱うな』と宣言した五億寸釘に、鮫島はまた愉快そうな笑声を上げる。
「わはは! 早々に離反宣言か! これは取り扱い注意だな!」
「あいにく、取説付きではないので」
「知っている。だが、お前さんは重要な戦力だ。せいぜい、ご機嫌をうかがいながら活用させてもらおう」
「……そのように」
そう言い残すと、五億寸釘はタバコを消してそのまま勝手に会議室から出ていってしまった。由比ヶ浜は呆れたような顔をしているが、鮫島にとってはそういうじゃじゃ馬の方が頼もしかった。
鮫島は、ぱん、と手を叩くと、
「作戦の仔細は各幕僚長のもと陸海空で相談してくれ。わしにはそれを通達してくれるだけでいい……それよりも、作戦行動当日まであと3日、各自しっかりと準備をするように。主に英気を養ってくれ。領収書を持ってくれば、この男がすべて支払ってくれるのでな」
親指で指された由比ヶ浜は、戸惑いを顔に出さないようににこにこと笑っていた。各員から拍手が上がる。皆、『英気を養う』気満々らしかった。
「掃討作戦会議は、これにて終了とする。あとはハンコやらサインやらをもらうだけだ。それはわしと由比ヶ浜に任せておくといい」
鮫島はその威容で立ち上がり、全員に向かってにやりと笑って見せた。
「総員各自の奮戦を期待する。以上! 解散!」
鮫島もまた会議室を後にすると、背後からわいわいと士官たちが騒いでいるのが聞こえた。威勢のいい連中だ、と気持ちよく思いながら、鮫島は葉巻をくわえたままオフィスへと戻っていく。
……かくして、決戦の日まであと3日、事態は急展開を迎えたのだった。
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