№19 犯行声明
№19 犯行声明
『……と、いうわけで、我々はネクロマンシーを使い、弱者のためのゾンビ国家を設立します。弱者のみなさん、今こそ立ち上がるときです。腐った政府を打倒し、まったく新しい国をいっしょに作りましょう。消費されるだけの存在から脱却するなら、今です』
……スマホの画面で、俺がしゃべっている。
「おおー、再生数伸びてる伸びてる」
隣から覗き込む鉈村さん(退院した)が言う通り、今この瞬間も再生数は上がり続けていた。そろそろ100万再生だ。
これまでの突然変異ゾンビたちは自分たちのネクロマンシーのちからで作り上げたものである。そう宣言して、実際にゾンビたちを操っているところを見せた。そして、このちからを使って新しい国、弱者救済の国を作ると言った。
その動画は、ネット上でたちまち話題になった。『なんの手品?』『ネタだろ乙』『やべーやつきた』などと、最初は半信半疑だったネット民たちも、次第に俺たちのことを信じてみようという気になっていった。
半分は誹謗中傷だったが、動画には匿名の応援メッセージも寄せられ、またたく間にネット上のトレンドは『ゾンビ国家』一色に染まった。
SNSで、掲示板で、あちこちから反応があった。
……目論見通りだ。今まで要人がゾンビたちに食い殺される事件は報道されていたものの、それは突然変異型のウイルスが原因だと説明されていた。
しかし、ここへ来て俺たちが真犯人だと名乗りを上げたのだ。世間にとっては一大センセーションだ。
そして、これは国家樹立宣言であると同時に、犯行声明、宣戦布告でもある。政府のお偉方も、上級国民どもも、この動画を見ているだろう。今ごろ戦々恐々としているに違いない。
ネット上で騒いでいるのは、案の定社会的弱者たちだった。他人事ではないと、様々な議論を交わしている。俺たちはときにそんな議論の中に飛び込み、弱者たちを味方につけていった。
この騒動はとうとうテレビや新聞、雑誌でも取り上げられることとなり、俺たちはニュースキャスターの取材まで受けた。
まさかこんな大騒ぎになるとは思っていなかった俺は、大いにうろたえた。最初の動画だって、鉈村さんが書いた原稿通りにやっただけだ。テレビや新聞、雑誌の取材なんて当然初めてのことで、終始噛み噛みだった。
……しかし、その宣戦布告はきっちり政府に届いたようだった。
テレビではお偉いさんが会見を開き、早急に対策をうんぬん、と煮え切らない受け答えをしていた。
クーデターが起こるかもしれない。
新しい国ができるかもしれない。
そんな予感に、日本中が踊らされていた。
「やったね。うまく流れができた。今は私たちが『流れ』なんだ」
今、俺たちは街の奥深くに隠れ潜んで生活していた。もちろん限度はあるが、なるべくひと目につかないようにしている。そして、暗殺対策にはゾンビたちを街中のあちこちに配置してある。ひとたび術者である俺に敵意が向けられれば、ゾンビたちは俺を守るよう指令を送ってあった。
とある廃屋に潜んでいる俺には、もちろん鉈村さんがついていた。むしゃり、とコンビニで調達してきたおにぎりを頬張りながら、鉈村さんはスマホを見ながら笑った。
「はは、すごいすごい。どこもかしこもゾンビ国家のことばっかり。こいつらヒマだなー」
「言ってる場合じゃないですよ。鉈村さんが乗り込んだ掲示板のスレ、まだ荒れたまんまじゃないですか」
「そういうあんただって、SNSで叩かれてるし」
「一部のひとだけですよ、叩いてるのは。それに、炎上商法になってかえって目立ちます」
「炎上商法ねえ。まさか自分たちでやることになるとは思わなかった。あ、この芸能人も引用してる。芸能人って、こういうとき影響力あっていいよね。普段バカ騒ぎやってるだけのバカなのに」
「そういうこと言うもんじゃないですよ。大切な支持者のひとりです。ほら、たくさん反応が来てる」
「どうせまた誹謗中傷でしょ」
「そんなことないですよ。動画公開した時よりずっと支持者は増えてる。有名人だって反応してる。流れは確実にこっちに来てますよ」
「だといいんだけどねえ。お偉方も必死で火消ししてるでしょ。現に、もう報道管制が敷かれてるよ。最近じゃ取材もほとんどないでしょ。おかみからのお達しで、メディアはだんまり」
「……たしかにそうですけど……でも、ネットの声は消えてない。ここは地道に草の根活動です」
ぽちり、またしても俺はタバコをくわえてSNSに声明を放った。ネット民たちはたちまち反応して、一滴の墨汁が水に広がるように、たしかに浸透していく。
こんなに簡単に行くとは思わなかった。
昔はいざ知らず、現代社会にはネットという治外法権地帯がある。ひとの口に戸は建てられぬと言うが、匿名性を保持したまま自由に発言できるネットには、ダイレクトな民衆の声が散らばっていた。
上辺だけなぞるメディアにはない、ナマの声だ。
いくら政府といえど、いち個人ひとりひとりにまで手は回らない。こっちを抑えつければあっちから、あっちを抑えつければこっちから。無数の声がひっきりなしに湧いてくるのだ。
「便利な世の中になったよね」
俺と同じ感想らしい、食後の一服をしている鉈村さんがつぶやいた。
「けど、これってけっこう危険かも」
「どういうことですか?」
険しい顔をしながらスマホをにらむ鉈村さんに問いかけると、
「ちょっとしたことで煽られるんだよ、民衆ってのは。集団ヒステリーとか聞いたことあるでしょ? 火種はすぐに火柱になる。今は私たちに有利に働いてるけど、もしこれが不利に働いたら?」
「……俺たちは魔女裁判の吊し上げだ」
「そう。ネットってのは諸刃の剣だよ。コントロールしきれないところが厄介。どっちに転ぶか全然わからない。あんまり過信しすぎないことだね」
鉈村さんの言う通り、俺たちは危ない橋を渡っている。ひとたび逆風が吹けば、火の粉を被るのは俺たちだ。単純なマンパワーというのは野生と同じ。制御できないからこそ、政府も手を焼いているのだ。
そのことを肝に銘じて、俺はまたSNSに投稿しようとした。
そんなとき、トピックに緊急速報が上がってきた。
いわく、『今週末、自衛隊によるクーデター犯の大規模掃討作戦が行われます。市民の皆様は最寄りの避難所に避難してください』。
すぐにでも正式な記者会見が開かれるだろう。政府の動向に、国民たちは耳を傾けるはずだ。
……とうとう、打って出てきたか。
政府はどうやら、街全体を戦場にするつもりらしい。
お偉方に『クーデター犯』呼ばわりされて、俺はつい苦笑いしてしまった。
五億寸釘の一件で、敵もこっちの戦力は知っているだろう。土壇場でより成長することも計算に入れて、だ。
自衛隊まで投入してくるとなると、ことは局地災害扱いされているようだ。何が出てきてもおかしくない。五億寸釘も再び現れるだろう。
「戦争だよ」
くわえタバコの鉈村さんが不敵に笑う。
「勝って官軍になるか、負けて賊軍になるか。天下分け目の大勝負だ。やってやろうじゃん!」
「はい!」
俺もまた、同じような笑みを浮かべて答えた。
負けるもんか。そのためならなんだってやる。
負けを認めたら、俺は『生きていない』存在に戻ってしまう。屈したら終わりだ。だから、絶対に負けない。
いつまでもおとなしい弱者のままでいると思うなよ。
そして、俺と鉈村さんは自衛隊に立ち向かうための作戦を練りながら、週末まで街に潜んでその日を待つのだった。
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