№14 『必要だから』
№14 『必要だから』
ゾンビたちが雄叫びを上げながら五億寸釘に殺到する。
五億寸釘が聖書とロザリオを手に聖句を唱えると、また光の波が襲いかかった。
跳べ、と指令を送ると、ゾンビたちは一斉に大きく跳躍してその波をかわす。そしてそのまま五億寸釘の方へと落ちていくと、その細いからだを引き裂こうと腕を振りかぶった。
五億寸釘が、にやりと笑った気がした。
すると、五億寸釘を中心にドーム状の光が発生し、カウンターで光の波を食らったゾンビたちはばたばたと倒れ、動かなくなる。
どうやら、光の波とは別に自分を守る防壁のようなものがあるらしい。これは厄介だ。
そうこうしているうちに第二波が来る。膨大な光の波涛はゾンビたちを飲み込み、無力化していった。
しかし、そのすぐ後ろにはこちらも後備えをしてある。入れ替わるように飛び込んだゾンビたちは、五億寸釘の隙を突いた。
……かのように見えた。
たしかに五億寸釘は目を見開いたが、それでもドーム状の光は発生し、ゾンビたちをただの死体に変えていく。
防壁は五億寸釘の感覚に関わらず、オートで作動するらしい。ますます手ごわい。
それでも、俺はゾンビたちを操る手を止めなかった。どんなちからにも限界はある。五億寸釘のちからの源がどうなっているのかはわからないが、いずれキャパオーバーが来るはずだ。
それまで、ゾンビたちをぶつけ続ける。どちらが先に倒れるか、根比べだ。
ゾンビたちは次々五億寸釘に飛びかかり、浄化されていく。光の波に、防壁に。それでも、俺はあきらめない。
「……往生際の悪い……」
ふてくされたように五億寸釘がつぶやいた。そして、光の波が止む。なにか長い聖句を唱えているが、一気にカタをつけるつもりか。
しかし、そこには大きな隙が生じる。光の波の攻撃が止まって、ここぞとばかりにありったけのゾンビたちをぶつけた。
ドーム状の光の壁に浄化されているが、それより早いペースで数が増えていく。いつしか、五億寸釘のまわりにはゾンビたちのからだで壁が出来上がっていた。
この防壁さえ突破すれば……!
あと少しなんだ、間に合ってくれ……!
祈るような心地でゾンビを操っていると、防壁の向こうから声が聞こえてきた。
「……残念でした」
さっと顔から血の気が引く。
五億寸釘が高らかに結句を歌い上げると、真夏の空から光の大瀑布が降り注いだ。半径1キロの周辺にいたゾンビたちは、その大瀑布の直撃を受けて動かなくなってしまう。
隠し玉がこんなに強力だったとは……!
これでゾンビたちの手数はほとんどなくなってしまった。半径1キロの外にいるゾンビたちも、遠すぎて操るのは難しい。
つまり、詰みだ。
「チェックメイト、ですね」
死屍累々と転がるゾンビたちの死体をかき分け、五億寸釘が、ぱたん、と聖書を閉じる。そこには勝ち誇った様子も驕り高ぶった様子もない。勝者にありがちな、最後の隙が見当たらないのだ。
歯噛みする俺たちの目の前まで歩いてきた五億寸釘は、聖書を持っていた手で拳銃を取り出した。そして、その銃口を俺の額に向ける。
「突然変異型のウイルス? なんのことはない、ただのネクロマンサーの仕業だったわけです。偉いひとたちは事を難しく考えすぎた……術者が死ねば、事態は収束する。あなたには、死んでもらいます」
向けられた銃口は、この世界の何よりも暗い色をしていた。
ぐ、とトリガーにかかる指にちからがこもり、発砲音。
たぶん即死だろうな、とぎゅっと目を閉じていたが、いつまで経っても痛みも衝撃もない。死ぬのはこんなにラクだったのか?
おそるおそる、目を開ける。そこには、さっきと同じ光景が広がっていた。
……俺は、まだ生きてる……?
いや、さっきと違うところがある。
「鉈村さん!!」
血を流しながら肩を抑える鉈村さんが、俺と五億寸釘の間にあった。急いで抱き起こすと、鉈村さんは痛みをこらえる顔をしながら、ふうふうと短い呼吸をしていた。
よかった、生きてる……!
「なんでですか!?」
そのからだを揺さぶり、動揺した俺はつい責めるような口調で問いかけてしまう。
「俺のこと、大嫌いなんでしょう!? なのに、なんで!?」
こんなことしなくていいのに。鉈村さんが傷つく必要なんてないのに。俺のせいで。なんで、なんで。
みじめな後悔に胸を塞がれていた俺に、鉈村さんは息も絶え絶えにつぶやいた。
「……うるせー……私がこうしたかったから、こうしたんだよ……」
「だから、なんで!?」
「……あんたが、必要だからだよ……」
必要。その言葉に、俺ははっとしたように鉈村さんの目を見る。半開きで茫洋としているが、そこにはたしかな意思があった。
「……そうだよ、私はあんたのことなんて、大っ嫌い……でも、復讐のために、あんたのちからが必要なんだ……ちからだけじゃない、他ならない『あんた』じゃなきゃ、ダメなんだよ……」
ひとりの人間として、鉈村さんは俺を必要としてくれている。俺でなければならないと言っている。
そんなことは初めてで、俺はどう反応していいかわからなかった。
今までいくらでも替えのきく部品のひとつに過ぎなかった俺に、存在意義を認めてくれた。ひとりの人間としての尊厳を与えてくれた。
それは100万人の拍手喝采より、深く強くこころに響いた。
「……あんたにしか出来ないことがある……だから、あんたが必要なんだ……」
そう言ったきり、鉈村さんはまぶたを下ろしてしまった。しかし、呼吸はしている。死んではいない。
鉈村さんは、俺に意味を見出してくれた。
……ならば、それに応えなければならない。
気絶した鉈村さんの小さなからだを横たえ、俺はその場に立ち上がった。
感じたのは、途方もない怒りだった。
俺を必要としてくれている鉈村さんを、こいつは傷つけた。また上からの圧力で俺たちを押さえつけようと、ちからをこめて。
……潰されてたまるか。
押さえつけるちからがあるなら、跳ね除けてやる。理不尽に行使されるちからに、俺は徹底的に抗ってやる。
俺たちはまだ、ここで終わるわけにはいかない。
「……お話は終わりましたか?」
わざわざ話が終わるのを待っていたらしい。いや、またかばわれてしまっては困ると、鉈村さんが気を失うのを待っていたのだ。
五億寸釘は再び銃口を俺に向け、告げた。
「今度こそ、もしもは起こりませんよ。あなたはここで終わりです。終わらせて、事態を収めるのが僕の仕事ですから」
「……五億寸釘くん、ひとつ聞いてもいいですか?」
問いかけると、まさかここで、といった風に五億寸釘の瞳が一瞬丸く見開かれる。
「最期です、なんでも聞いてください」
すぐに仏頂面に戻ると、五億寸釘は銃口をこちらに向けたまま応じた。
俺はたっぷり逡巡してから、疑問をぶつける。
「……悔しくは、ないんですか?」
「……悔しい?」
俺の言葉に、五億寸釘の銃口は少し揺れた。畳み掛けるように続ける。
「上級国民どもの言いなりになって、お気軽に汚れ仕事を押し付けられて、犬みたいなマネをして……今のあなたはエクソシストじゃない、ただの使いっ走りです。自分の仕事へのプライドはないんですか……悔しくはないんですか?」
「…………」
訴えかける俺に向かって、五億寸釘が目を細める。
やはり、こいつは自分の仕事に誇りを持ってる、鉈村さんと同じタイプだ。世界的に有名なエクソシスト、というのは伊達じゃないらしい。
語勢を強め、俺はきっぱりと言い放った。
「そんな使いっ走りなんかに、俺たちは負けない! 上で笑ってるやつらの思い通りになんかならない! 指をくわえて見てろ、五億寸釘!」
そして俺は、再び十指を空に浮かべて死霊術を行使した。
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