№13 エクソシスト
№13 エクソシスト
「ぎゃああああああああ!!!」
「くるなああああああああ!!!」
「やめっ、ひいいいいいい!!!」
今日もゾンビスレイヤーどもの絶叫が耳にここちいい。
宙に浮かべた十指でゾンビたちを操りながら、俺は血の殺戮劇を作り上げていた。
群がっているゾンビたちは、もう100体ほどになるか。数人のゾンビスレイヤーどもに寄ってたかって、ハラワタを引き裂き腕をもぎ取り、生臭いにおいを撒き散らしている。
また、大きな血しぶきが上がった。この出血なら死んだな、と頭の片隅で思いながらも、その死体までも蹂躙しようとしつこくゾンビたちを操る。
もっと、もっと。ぐちゃぐちゃにしてやれ。
こいつらがお前たちにしたように、俺たちにしたように。
怒りに似たルサンチマンが、サディスティックな愉悦を与えてくれる。
薄ら笑いながらゾンビたちに指令を送っていると、タバコを吹かす鉈村さんが隣から声をかけてきた。
「最近、なんか腕上がってきてるね」
「そうですか?」
「ほら、こうして会話しながらでも100体以上操れてる」
言われてみれば。気が散るということもなく、集中できている。今の俺は、息をするようにゾンビたちを操っていた。
「紫涼院の血筋はやっぱすごいよ。あんたの練習のかいもあった……と、言ってやらなくもないし」
「はは、そう言われると照れるな」
「調子乗んなよ」
「はいすいませんでした」
速攻で謝る。流されるまま流れていくのは相変わらずだ。
しかし、俺には目的ができた。社会への復讐。大義名分という推進力ができた人間は、そっちに向かって激流のように流れていく。
意志、感情、意識。そんなものを燃料にして、目的に向かってまっしぐらになだれ込んでいくのだ。
方向性の定まった俺は、今や止められない奔流だった。ルサンチマンに突き動かされるまま、ゾンビスレイヤーどもに復讐を果たしていくだけの、ひとつの流れだ。
流されるままだった俺が、流れそのものになっている。
生きているという実感が、そこにあった。
「ともかく、この調子なら順調に上級国民どもに復讐できる。頼んだよ」
「はい!」
威勢よく返事をしながらも、俺は考えていた。
今のままでもオーバーキルの状態なのに、これ以上ちからをつけて、鉈村さんは一体なにと戦おうというのだろうか?
俺には、ゾンビスレイヤーどもなどよりもっと大きな敵を想定しているような気がしてならなかった。
鉈村さんの思惑は分からないままだが、もう流れは止まらない。なるようになる。
そろそろいいか、とゾンビたちにやめるよう指令を送った。ゾンビスレイヤーどもから離れ、ずらりと整列するゾンビたちの様子は壮観だ。まるで一個の軍隊のようだった。
匿ってきた野良ゾンビたちもずいぶん増えてきた。
以前武装した機動隊とやりあったときも、野良ゾンビの戦力のおかげでなんとか対処できた。
ネクロマンシーのことも、報道各局は一切報じず、ただ突然変異型のゾンビたちがゾンビスレイヤーどもを襲っている、とだけ歌っている。
……うまくいく。
きっとうまくいく。
やれる。
いい気になっているゾンビスレイヤーどもを一掃してやる!
ゾンビたちの隊列を前に、俺は希望に満ちたこぶしを握りしめた。
そんな時だ。
急にまばゆい光の波が押し寄せてきたと思ったら、その光に包まれたゾンビたちがばたばたと倒れていった。
「……え?」
何が起こったかわからない。たしかにさっきまでは自在に操れていたゾンビたちが、倒れたまま動かなくなってしまった。
とっさに十指を浮かべて接続し直そうとするも、いつものたましいが連結する手応えがない。ただ紫の糸だけがむなしく指先から漂っている。
「無駄ですよ。浄化した死体には、ネクロマンサーが関与する余地はない」
しゃらん、と涼やかな音が鳴る。
それは、重々しいロザリオの鎖が奏でる音だった。
あわててそちらを見やれば、そこに立っていたのは牧師服姿の凄絶な美少年だった。短くした銀色の髪に、メガネと白い手袋。片手には聖書らしきもの、片手には大きな十字架を握り、こともなげにこちらを見つめている。
「……浄化……!?」
なんのことかと問いかけると、美少年はメガネを持ち上げ、
「聖なるちからによって死体を清め、死霊術の要となる死霊は、たった今、天へと返されました。ゆえに、ゾンビと繋がることは不可能」
たやすく語る美少年だったが、半数以上のゾンビたちを一瞬で浄化してしまったのだ、そのちからは計り知れない。そもそも、浄化する能力を持っていることに驚いた。
美少年は、ぱんっ!と大判の聖書を閉じると、俺たちを睥睨して言い放った。
「灰は灰に、塵は塵に……僕は五億寸釘叫、エクソシストです」
「……エクソシスト……?」
映画で存在は知っていたが、まさか実在するとは。エクソシストといえば、魔払いのプロフェッショナルだ。当然、ネクロマンサーの死霊術にも対抗し得る。神の教えを説き、十字を切って戦う聖職者。
「五億寸釘……!?」
「鉈村さん、なにか知ってるんですか?」
その名前に目を見開いた鉈村さんに尋ねると、らしくもなくこくこくと首を縦に振り、
「世界的にも超有名なエクソシストだよ! まさか、日本に帰ってきてたなんて……!」
さすがオカルトマニア、その筋の情報には詳しい。
五億寸釘は表情ひとつ変えずに言った。
「知っているなら話は早い。政府直々のお達しでしてね、僕も出てこないわけにはいかなくなったんです」
政府、のひと言に、俺は動揺してしまった。
まさか、国が動いているとは。しかも、五億寸釘を送り込んできたということは、事態がただの突然変異型ウイルスのせいだとは思っていないのだろう。
ネクロマンサーの存在がバレた。俺たちは完全に目をつけられてしまったのだ。
そりゃそうだ、何人も要人が喰い殺されているのだ、政府が動いてもなにもおかしいことはない。むしろ、今までの対応がぬるすぎたくらいだ。
本気を出した国家は、総力を挙げて俺たちを潰しにかかるだろう。一国という巨大すぎる存在が立ちはだかるインド象だとしたら、俺たちなんてその足元にたかるアリに過ぎない。
俺たちは、やり過ぎてしまったのだ。
当然のごとくしっぺ返しが来る。それも、超特大の。
今までしてきたことを考えると、タダでは済まない。しかし、俺にはその覚悟ができていなかった。いつまでも一方的にゾンビスレイヤーどもを惨殺して、いい気になっていただけだ。
その傲慢、ゾンビスレイヤーどもと何が違う?
……何も違わない。
覚悟もなくちからを振るった結果がこれだ。なのに、いざツケを払えと言われると、そんなつもりじゃなかった、と弁明したくなる。
鉈村さんはともかく、俺はなんて情けない人間なのだろう。こんな人間がちからを持つべきじゃなかったのだ。
青くなる俺を前にして、五億寸釘は再び聖書を開いて、
「まだゾンビはいるんでしょう。出し惜しみはしないでください」
冷たく言い放ち、こちらを挑発する。真の実力者の風格だ。とても太刀打ちできる気がしなかった。
しかし、鉈村さんはその挑発に乗った。ふん、と鼻を鳴らし、
「いいじゃん。あの五億寸釘なら、相手にとって不足なし。紫涼院の血筋のネクロマンシーを存分に味わいな」
腕を組んで、低い位置から思いっきり五億寸釘を見下す。
「……な、鉈村さん……」
「ビビってないで、早く出して。全部」
そう言われると、もう俺の意思が介在する余地などなくなってしまう。
俺は十指を浮かべると、残っているすべてのゾンビたちに呼びかけた。
敵はひとり、喰い散らかせ、と。
指先の糸が次々と接続されていき、付近にいる野良ゾンビたちへ指令が送られた。ざわりと空気が揺らめき、森の奥から大量のゾンビたちが集まってくる。
「いいでしょう。なら、僕も僕の仕事をするまでだ」
五億寸釘が大きなロザリオを握り、聖書のページがばらばらとめくれていく。
……かくして、初めての『敵』との戦いが始まった。
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