№11 『ジョーカー』
№11 『ジョーカー』
「ひぎいいいいいい!!!」
「やめっ、やめてええええええ!!!」
悲鳴とともに上がる血しぶき。ゾンビに群がられ、上級国民様方は肉のかたまりとなっていった。
……今日も今日とて、ゾンビスレイヤーどもへの復讐は欠かさない。シフトを合わせて同じ日に休みを取った俺と鉈村さんは、いつものようにゾンビハンティングの現場に向かい、ネクロマンシーを駆使してゾンビスレイヤーどもを返り討ちにしていた。
最近ではずいぶんと大々的に報道されるようになった。『一部のゾンビが突然変異を起こして、ゾンビスレイヤーのみなさんが犠牲になっている』と。
事は由々しき社会問題になっていて、ゾンビハンティングの自粛が呼びかけられた。が、こうして復讐のターゲットとなるゾンビスレイヤーどもがいる以上、上級国民様方は聞く耳を持っていないらしい。
いわゆる正常性バイアス、『自分だけは大丈夫』という考えが働いている。そうしておごりたかぶったゾンビスレイヤーどもは格好のマトだった。
一日に三箇所ほども回ることになって、俺たちは着々と社会への復讐を果たしていった。しかし、ネクロマンサーの存在に気づいているものはいない。あくまで『ただの突然変異』だと政府は発表している。
見たくない事実は伏せる、常套手段だ。
その背けた目をこっちに向けてやる。
「いひゃあああああ!!! あう、あああああ!!!」
またひとり、ゾンビスレイヤーがゾンビたちに喰われていく。いや、『喰わせている』のだ、この俺が。
この阿鼻叫喚の地獄のような光景を作り出しているのは、他ならぬ俺だ。
しかし、最近ではこの絶叫をここちよく思う自分がいるようになった。
意気揚々、鼻高々にゾンビたちをいたぶっていたゾンビスレイヤーどもが、一転して情けない悲鳴を上げてばたばたとくたばっていく。
弱者だとナメてかかっていた格下相手に、みっともなくいのちごいをして。
……胸がすかっとした。
同時に、怒りのようなルサンチマンが大きくなっていく。もっと、もっと社会に復讐したい。俺たちをゴミ扱いして散々無視してきた、強大な存在に。
「そういう感情は、生きてる証だよ」
帰り道、車の助手席に座ってタバコを吸っている鉈村さんにそのことを話すと、そんな答えが返ってきた。
「……生きてる証……」
ハンドルを握りながら、手のひらにちからを込めてみる。たしかに、そこには腹の底から湧き上がるような熱い思いがあった。
「……最近、なんだか『生きてる』って感じします」
俺のひとり語りを、鉈村さんは表面上無視した。車窓に煙を吐き出して目も合わせないように見えて、耳はこちらに傾けられている。
そう感じると、俺は続けた。
「何が楽しくて……はまだわからないですけど、俺みたいなもんが強者に反撃できて、そういうちからがあるってわかって、『俺にしかできないやり方』で社会に復讐できて……弱者でも『生きてるんだ』って叫びたくなるんです」
自分語りが過ぎただろうか、と鉈村さんを横目で見ると、変わらず車窓に向かって煙を吐いていた。暗黙の許諾と判断して、俺は苦笑いした。
「俺だって戦えるんだ、ナメるな、って……はは、ちょっとハイになってるんですかね。調子に乗ってるっていうか……」
「たぶん、そういうんじゃないと思うよ」
視線は外に向けたまま、鉈村さんはタバコを揉み消して、新しい一本に火をつけた。
「そういう衝動があんたの行動原理だって言うなら、否定はしない。ルサンチマンだってなんだっていい。生きてるんだって証明してやればいいんだ。あんたにしかできないやり方で」
その言葉に対して、俺は特に何も言わなかった。しかし、あれだけ俺を忌み嫌っていた鉈村さんに肯定されたことは、素直にうれしい。自然、口元に笑みが浮かんだ。
「……正直、あんたがうらやましいよ」
ぼんやりした眼差しで過ぎ行くガードレールを眺めていた鉈村さんが、ぽつりとつぶやいた。
「……え?」
聞き返すと、鉈村さんは頭をかきながら、
「うらやましいんだよ。自分にしかできないことがあるって。才能、血筋、七光り……いろいろあるけど、生まれたときから持ってるものがあるって、相当だよ?」
鉈村さんはため息といっしょに紫煙を吐き出し、続けた。
「ガチャでSSR引き当てたようなもんだよ。もしくは宝くじ大当たり。ほとんどの人間はそういうの持ってない凡人で、配られた手札で勝負するしかない。でも、あんたみたいなやつが持ってるジョーカーには敵わない……そういう、スペシャルワンなんだよ、あんたは」
俺が?
今までそんなこと考えたこともなかった。ただ当たり前のようにあるちからで、言われるがままそのちからを振るっていただけだ。
この『ジョーカー』のちからでなにかをしてやろうとか、俺はすごいとか、特別だとか、そういうことは思ってもみなかった。
「……けど、このちからに方向性を与えてくれたのは、鉈村さんだ」
今度は鉈村さんが目を丸くする番だ。くわえタバコのままこっちを見て、せわしなくまばたきをしている。
「鉈村さんがいなければ、俺は一生この手札に気づくことはなかったし、気づいたところで持て余してたと思いますよ。もしも俺が『スペシャルワン』なら、物語の主人公なら、それは全部鉈村さんのおかげです」
「……なにそれ」
珍しく半笑いの鉈村さんが、なぜか震えるような声音でつぶやいた。
「『生きてる』感じを与えてくれたのは、鉈村さんです……本当に、ありがとうございます」
「やめてよ、お礼とか、キッショ……」
そう言う鉈村さんだったが、当初感じていたトゲはだいぶなくなっている。言葉選びは相変わらずヘタクソだけど、共犯者としてのシンパシーからか、俺に対する当たりはやわらいでいた。
「それに、鉈村さんだって持ってるじゃないですか、手札。この仕事、目的意識を持ってがんばってる。俺にはとてもできないことだ。そんな誇りが、鉈村さんの手札なんじゃないですか?」
「……どっから目線だよ……」
顔をしかめる鉈村さんだったが、どこかしらうれしそうなのは気のせいだろうか。
俺はタバコに火をつけながら言った。
「気に障ったらすみません。けど、これだけは伝えたかったんです」
「……やっぱあんた、調子乗ってるわ」
「ええっ!?」
前言撤回する鉈村さんの方を思わず見ると、すかさず叱責の声が飛んでくる。
「前見ろよ。事故る。万一事故って、休日にあんたといることがバレたらと思うとサイテーな気分になる」
「そ、そんなにいやですか!?」
「ハラキリものの汚点だよ。とっとと帰って、私は中島みゆきを聴きながらビール飲むんだ」
恥ずかしい、とは『きゃー! 私たちが特別な関係だってバレちゃうー!』とかではなく、純粋に俺という存在が恥ずかしいだけのようだ。そこまで言われるようなことしたか?
ばかばかタバコを吸いまくる鉈村さんに倣って、俺もタバコを吸い続ける。そこから先は無言だった。
年下なのに、こんなにしっかりしている鉈村さん。フクザツな心境だ。
顔の大きな傷といい、一体なにをどうしたらこんな女の子が爆誕するのだろうか。
そもそも、ネクロマンシーを使ってゾンビスレイヤーに復讐、なんてこと、普通は思いつかない。
過去にどんなことがあって、鉈村さんという人間が出来上がったのか。
そこのところは好奇心でつついてはいけない気がしたが、興味はある。
相棒として、共犯者として、鉈村さんのことをもっと知りたいと思った。
「……なんかよからぬこと、考えてない?」
「ないです、ないない!!」
内心を見透かしたような鉈村さんが警戒をあらわにしたので、俺は急いで否定する。
男女の関係とか、恋愛とか、そういう目で鉈村さんを見ているわけではない。ただ、人間として興味があるだけだ。
そもそも、俺にとっては恋愛なんて上等品だ。おいそれと手が出せるものではない……だから童貞なんだ、と言われれば反論などできない。
そこから先、鉈村さんを自宅に送り届けるまで、俺たちはひたすら無言でタバコを吸い続けた。
おつかれっしたー、と言い残して助手席から降りて自宅へと戻っていく鉈村さんを見送り、俺もまたアパートへ戻る。
明日も仕事だ。とはいえ、また鉈村さんと組んで『練習』なんだろうけど。
早く寝よう……と、ボロ車を走らせて、俺は帰路についた。
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