№10 鉈村さんという人間

№10 鉈村さんという人間

 あれから二週間。俺たちはシフトを合わせてはゾンビスレイヤーへの復讐を行っていた。


 今のところ、俺達のことをあやしいと思っているものは誰もいない。大々的に報道はされているが、誰もがウイルスの突然変異だと思っている。


 そりゃそうだ。ネクロマンサーなんてお話の中のような存在が噛んでいるなど、誰も考えないだろう。ひとびとは自分の定規で物事を測り、納得のいく説明がされれば満足する。それ以上は知ろうともしない。


 それをいいことに、俺たちは次々とゾンビを操って血の惨劇を作り上げていった。


 しかし、会社を休むことはできない。

 

 いつものように出社して、朝礼が終わり、課長による組み分けが行われていた。


「ええと、紫涼院くんは……」


「はい、私が組みます」


 逡巡していた課長に向かって、鉈村さんが手を挙げた。


「ああ、じゃ、鉈村さんで。なんだか最近、紫涼院くんと仲良いねー。いっしょに出社してきたりさ、もしかして……?」


 にやにやしている課長に向かって、鉈村さんは突き放すようにぴしゃりと言い放った。


「変な勘繰り、やめてもらえますか? 別になんもないですから」


 鉈村ATフィールドに削られた課長は、大げさに肩をすくめると、


「はぁー、こわいこわいでしゅねー」


 と、再び猫たちと戯れ始めた。


 今日の組み分けはこれで終わりだ。職場でまで鉈村さんから組もうと言ってきたのは初めてだったので、一体どういう了見なのか戦々恐々だ。


「……それじゃあ、行きましょうか」


「……うす」


 回収車へと向かい、鉈村さんが助手席に乗り込むのを確認してからエンジンをかける。


 今回の現場は一時間ほどかかる廃墟だが、やはり車内には沈黙とタバコの煙が満ちていた。鉈村さんはなにもしゃべらず、ラジオをつけることも許されず、俺もヤケクソのようにばかすかタバコを吸いまくる。


 一度だけ、鉈村さんが口を開きかけたが、それ以上は何も言わなかった。世間話というわけでもあるまいに、何を言おうとしたのかは気になったが、藪をつつくことになるような気がして追及はしなかった。


 やがて現場に到着し、防護服を着ると業務開始だ。今日もセミすら鳴かない酷暑、すでにいやなにおいが辺りに立ち込め、キツイ仕事になることが予想された。


「さあ鉈村さん、仕事を……」


「は? 何言ってんの?」


 輝かしい勤労意識を持って語りかけた鉈村さんは、相変わらずゴミを見るような目で俺を見て吐き捨てた。


「いや、だから、仕事をしなきゃ……」


「それより練習すんだよ。ゾンビたちはそこら中に転がってる、ネクロマンシーの練習にはうってつけでしょ」


「……はぁ……」


 言われてみればその通りだが、会社の業務をほっぽらかして自分たちのために時間を使うことには抵抗があった。


 しかし鉈村さんはどこまでもクールだ。


「言ったでしょ、これも社会の清掃活動の一環。会社の理念にまったく反してない。そのために必要なネクロマンシーの練習、業務のひとつだよ」


 そこまで言われてしまえば俺にはなにも反論できない。


 またしても言われるがままに、俺はネクロマンシーの練習をすることになった。


 早速、十指を空に浮かせてイメージする。糸の感覚、たましいを連結させる感覚。


 ざわ、と廃墟に棲みついていたネズミたちが逃げる。大気の重みが増す。


 そうすると、廃墟のあちこちに散らばっていたゾンビたちが起き上がり、わらわらと俺の前に整列し始めた。からだを揺らめかせるゾンビたちは三十体ほどか、どれもこれもひどいダメージを負っていた。ゾンビスレイヤーどもの仕業だ。


 明らかに操れる数も範囲も大きくなっている。ここ二週間の『実戦』で、俺はたしかにネクロマンサーとして成長していた。


「うーん、ただ整列させるだけじゃ物足りないな……」


 鉈村さんはまた俺になにかやらせるつもりらしい。これでもけっこう集中力を保つのでいっぱいいっぱいなのだが。


 なにかを思いついた鉈村さんは、ぽん、と手を叩くと、


「踊らせてみよう」


「……踊りって、ダンスのことですよね……?」


「他に何が?」


「……分かりましたよ……」


 俺は渋々十指を動かし、ゾンビたちに指令を送った。


 すると、ゾンビたちはのろのろと肩を組むと、一斉に足を振り上げ、左右に揺れながらラインダンスを踊り始める。腐臭漂うレクリエーションに顔をしかめていると、鉈村さんは口笛を吹き、


「いいじゃん。ちゃんと操れてる。数も増えてるし、あんたちゃんと成長してんじゃん」


「……どうも」


「この調子でどんどんちからつけてこ。このペースならそのうち街中のゾンビたち操れるようになるね」


 そんな大量のゾンビを操ってどうするというのか。寄ってたかってゾンビスレイヤーどもへけしかけるというのだろうか。それなら、今の数でも充分だと思うのだが……


「このゾンビたちはどうします?」


 これまで復讐のために操ったゾンビたちは森や廃墟に放してある。ゾンビスレイヤーたちから隠れるよう指令を出してあるので、また殺されるということもないだろう。そんな野良ゾンビがあちこちに潜んでいた。


 どうも、ゾンビたちに自分を重ねてしまって、情が湧いている。


 鉈村さんは俺の考えを読み取ったようにうなずき、


「こいつらも放しておこう。見つからないようにね。駒は多い方がいいし」


「駒、ってそんな……」


 本当に、鉈村さんはなにをするつもりなのだろうか。イヤな予感がぷんぷんする。


「けど、多少は回収しておかないとあやしまれるからね。半分は普通に回収車に入ってもらおう」


「そうですね」


 ここで疑われたらまずい。その意見には賛成だった。


 俺は引き続きネクロマンシーでゾンビたちを操ると、次々と回収車へ導いた。自分たちの足で回収車に向かってくれるのだ、俺たちは重労働をしなくていい。いつもより格段にラクだ。ネクロマンサーの意外な利点だった。


 余った時間で、俺はひたすらネクロマンシーの練習をした。ゾンビたちに様々な指令を与え、どこまでできるかをはかる。


 俺が操るゾンビたちは皆強靭で、俊敏で、ちからが強い。けもののように大地を駆け、高々と跳躍し、簡単に木々をなぎ倒す。たった一体でこれなのだから、何十体も集まればそれは強力な一個中隊に匹敵した。


 ゾンビたちに組体操をさせていると、ヤンキー座りでタバコを吸いながら眺めていた鉈村さんがつぶやいた。


「……この仕事始めてからまだそんなに経ってないけどさあ……」


 短くなったタバコを地面に押し付け、新たな一本に火をつけながら、


「割と残酷だよね、この仕事」


「それは俺も思います」


 ゾンビたちの組体操が崩落した。まだそれまでの難しい指令はこなせないらしい。改善の余地あり。


 そこで一旦手を下ろして、俺は先程の言葉を続けた。


「ゾンビたちはなにも悪いことしてないのに、惨殺された挙句、ゴミみたいに回収されてあとは焼却炉にポイ、ですからね。ゾンビたちからしてみれば理不尽でしょうね。まあ、ゾンビたちにそんな感情は残っていないみたいですけど」


 誰も望んでウイルスに感染したわけではない。事故みたいなものだ。鉈村さんの言う通り、人間の尊厳をまったく無視した行いに加担していると思うと残酷な仕事だ。


 すぱー、とタバコを吹かしながら、鉈村さんはゆらゆらと海藻のように揺らめくゾンビたちを眺めて、


「……親には胸張って言えない仕事だよね。まあ、もういないんだけど」


「……鉈村さんのご両親って……」


 聞いていいものか迷ったが、踏み込んだ話をし始めたのは鉈村さんだ。こころを開いてくれている証と受け取った俺は、おそるおそる尋ねてみた。


 鉈村さんはなんでもないように煙の行方を目で追い、


「うん、死んでる。私が高校生のころ、事故でね。まあまあいい親だったと思うけど、私は高卒で働かなくちゃならなくなった。適当に選んだバカ高だったし、こんな底辺仕事しかできないよね。で、今までここで働いてんの」


「……転職とか……」


 俺自身何度も言われてきたことを、そのまま鉈村さんに問いかけると、


「きっついし危ないし、ロクでもない仕事だけど、誰かがやらなきゃいけない仕事じゃん。別に褒められたくてやってるわけじゃないし、多少のお金もらって、社会のためになんかできれば私はそれで充分だと思ってるよ」


 誰かがやらなければいけない仕事。社会のために。そんなこと、考えたこともなかった。


 俺はただ、流されるままクソみたいな仕事をこなしているだけだった。しかし、鉈村さんはこの仕事に誇りを持って臨んでいる。


 それは大きな違いだった。


 『ルーチンから外れたくない』だけの俺と、『社会のために誰かがやらなきゃいけないことをしたい』鉈村さん。モチベーションからして大違いだ。


「……鉈村さんは立派ですね……」


「どっから目線だよ」


 不服そうにツッコミを入れる鉈村さんに、俺はへらっと笑って言った。


「きっと、天国のご両親もうれしく思ってますよ」


「……そういうの、やめて。なんか恥ずい」


 鉈村さんでも恥ずかしがることがあるのか。これは意外な発見だった。


 鉈村さんの隣に並んでタバコに火をつける。いっしょに煙を吸っているだけで連帯感が生まれるので、タバコとは偉大だ。


 なんだか、初めて鉈村さんという人間の一部を垣間見た気がした。しかも、鉈村さん自身から開示してくれたのだ。


 これは、ちょっとは相棒としてこころを許してくれている、ということで間違いないだろうか……?


「鉈村さん、ありがとうございます」


「は? あんたになにかしてやったつもりないんだけど。勝手に感謝して、キッショ」


 ……やはり、鉈村さんは鉈村さんだった。


 しかし、そう言い放つ目元が少し赤らんでいたのは、おそらく気のせいではないだろう。


「休んでんじゃねえよ。練習!」


「はい」


 ふふ、とこっそり笑いながら、せめてこの一本くらいは吸わせてくれと、しばし黙って紫煙を楽しむ俺だった。 

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