№9 ネクロマンサー

№9 ネクロマンサー

「今日もいい汗を流しましたなあ!」


「ははは、近頃運動不足でね」


 ゾンビたちを仕留め終えたゾンビスレイヤーどもが、談笑しながらその場を後にしようとした、その時だった。


 頭を潰されたゾンビが、ぴくり、と動く。その現象は殺されたはずのゾンビたちすべてに起こっていた。


 そんなことにも気づかず、ゾンビスレイヤーどもは得物を拭いて片付け、装甲車に戻ろうとした。


「今日は酒がうまいでしょうなあ」


「どうです輪島さん、この後政財界の要人が集まるパーティーが……」


 ふと振り返ったゾンビスレイヤーのひとりが、ようやく異変に気づく。


 ゆら、とゾンビたちが立ち上がっている。たしかに頭を潰してトドメをさしたはずのゾンビの死体が、次々起き上がっているのだ。


「な、なんだ!?」


「くそっ、まだ仕留めきれていなかったか!」


 まだ事態を正しく理解していないゾンビスレイヤーが、しまっていた棍棒を取り出してゾンビに向かって振り上げた。


「とっととくたばれ、この汚物が!!」


 振り下ろされた棍棒は、ゾンビのからだに届く直前にその手によって受け止められた。そのまま棍棒を強く握られて、身動きか取れなくなる。


「は、はぁ!?!?」


 まるでとんでもない理不尽に遭遇したかのように疑問符を浮かべるゾンビスレイヤーに、こころなしかゾンビの残った口元が、にたぁ、と歪んだ気がした。 


「……ひっ……!」


 棍棒をつかまれたゾンビスレイヤーは、顔を青くしながらとっさに背負っていたライフルの銃口をゾンビの喉元に突きつけた。


 ぱん!と派手な音がして、今度こそゾンビの頭部が完全に吹っ飛ぶ。


「はは、驚かせやがっ……」


 言いかけて、やめる。首なしゾンビが棍棒を握る手は、ゆるむことがなかった。どころか、強くなっていく。


 とうとう棍棒を握力だけでへし折った首なしゾンビは、俊敏な動きでゾンビスレイヤーに襲いかかった。


「う、うわあああああ!!」


 ゾンビに腕をつかまれたゾンビスレイヤーが悲鳴を上げる。普通ならただのゾンビごとき、いくらでも抵抗ができる。なのに、このゾンビはちょっとやそっとの抵抗では頑として動かなかった。


 そうしてわけも分からずつかまっているところへ、他のゾンビたちがわらわらと群がっていく。まだ口元が残っているゾンビが、ゾンビスレイヤーのでっぷりとした頬を食いちぎった。ちから任せに腕を引っ張ると、ゾンビスレイヤーの腕は呆気なくもげ、激しく赤い血しぶきが上がる。


「ぎゃあああああああああああだずげでえええええええええ!!! えあっ、えああああああっ!!!」


 徹底的にゾンビスレイヤーの肉体を破壊したゾンビたちを、ゾンビスレイヤーどもは呆然と眺めていた。


 絶対に安全なはずだった。


 抵抗しない弱者のはずだった。


 ただのマトのはずだった。


 なのに、なのに……


「うわああああああ!!」


「ひいいいいいい!!」


 ひとりが食い殺されて、ゾンビスレイヤーどもは雪崩を打って装甲車へと殺到した。今、わけのわからないことが起こっている。しかし、そのわけのわからないことも、装甲車まで避難すれば追ってはこないだろう。鉄壁の檻まではその手は届くまい。


 しかし、その見積もりは甘かった。


 装甲車にたどり着くまでの十数メートル、鈍重なゾンビスレイヤーが駆け抜けるより先に、ゾンビたちは圧倒的な跳躍で追いつくと、その肉体を捕まえた。


「ひああああああ!!」


「いやだああああああ!!」


 涙を浮かべて悲鳴を上げるゾンビスレイヤーどもは、とても先程まで笑いながらゾンビを殺戮していたものとは思えなかった。 


 ひたすらに、無力。


 今や攻守は完全に逆転していた。


 群がり、喰い散らかし、蹂躙し、手足をもぎ。


 噴水のように上がる大量の血で、装甲車の車体はたちまち真っ赤な色に塗りつぶされていった。


 ゾンビたちは『生き生きと』ゾンビスレイヤーどもを殺害し、生首を掲げて雄叫びを上げる。その姿は歓喜に打ち震えるもののそれだった。


 生者の血液が血溜まりとなって、ゾンビたちの足元にレッドカーペットのように広がっていく。


 さすがに異常に気づいた業者が急いで装甲車の扉を開けるが、それは悪手だった。


 かろうじて装甲車へ逃げ込んだゾンビスレイヤーに、ゾンビたちが追いつく。殺戮の舞台は装甲車内に移った。


 金網で補強された窓ガラスにびたびたと赤い色が滴っていく。業者にも運転手にも、ゾンビたちは襲いかかった。腹を引き裂き、ちからのままにこぶしを叩きつけ、人体を破壊していく。


 肉がちぎれ、骨が砕ける音がして、どれくらい経っただろう。


 やがて辺りには静寂が訪れ、あとには血にまみれた装甲車が一台、ぽつんと取り残された。


 すべてを終えたゾンビたちは、血を滴らせながらゆらゆらと歩き、こちらに帰ってくる。そして一部始終を見ていた俺の前に整列すると、そのまま佇んで動かなくなる。


「やった!」


 快哉を叫ぶ鉈村さんの隣で、俺はひたすらにビビり散らかしていた。


「ほ、本当にいいんですか、こんなことって!?!?」


「いいもなにも、あんたがやらせたんじゃん」


「今になって手のひら返さないでくださいよ!」


 必死に抗議する俺に、鉈村さんはひとつため息をついてから、がし、と肩を掴んできた。ちからが入りすぎていて痛い。


「いいんだよ。私が正義。マイネームイズジャスティス」


「なんですか、そのジャイアニズム!?」


「いい? こいつらは格下相手にいきがってるだけのただのクズどもだよ。それにお似合いの末路だと思わない? ゾンビ以上に腐った連中を始末してる、これは世の中の清掃活動の一環なの」


 生真面目な顔をしてそう言われると、なんだか納得してしまう。いやいや、言っていることはめちゃくちゃだ。だが、その場の勢いというやつにすっかり流されてしまった。


 こくこく、とうなずくと、鉈村さんは『よし』と俺の肩を叩いて解放してくれた。あのまま駄々をこねていたらまたややこしいことになりそうだったし、ここは大人しく説得されておこう。


 ……やっぱり、流されるがままだ。


 しかし、あのときたしかに感じた怒りを、今も覚えている。


 俺たちだって生きている人間なのだと、そう叫びたくなる衝動を。


 劣等感から生まれる、弱者のルサンチマンだ。より高位の存在に抗うための、怒りの炎。それはひどく弱々しくて頼りなかったけど、確実に俺の中の火種となった。


 ……これが感情、か。


 久しく忘れていた情動に戸惑いながら、俺はその情動をたしかめるように握ったこぶしを見下ろした。


 弱くても、立ち向かえる。俺にはちからがある。ちからとは、そこにあるだけでは意味がない。方向性を定めてやらないと役に立たない。


 だったら、俺はこのちからを社会への復讐に使う。


 積もりに積もった恨みつらみ、晴らしてやろうじゃないか。大丈夫だ、俺にならできる。


 そう思うと、なんだか更なるちからが湧いてくるように感じられた。それを確認するように、ぐ、ぐ、とこぶしを握る。


 このこぶしを振り下ろす先は、世界だ。


 俺は世界に風穴を開けてやる。


「……さーて、どうしようか、この状況」


「って、鉈村さんノープランだったんですか!?」


「だって、うまくいくかどうか五分五分だったから」


「ああー、もう……」


 横一列に整列したゾンビたちも、ゾンビスレイヤーどもの死体も、どうすればいいのか。俺は頭を抱えた。


 ネクロマンシーを解除すればゾンビたちは元の死体へと戻るが、上級国民様方をぶっ殺してくれたゾンビたちに愛着が湧いていないと言えばウソになる。


 とりあえず、このゾンビたちは森の奥で待機させておこう。食事も睡眠も要らないゾンビたちだ、なにか世話をしてやらなければならないということもない。


 ゾンビスレイヤーどもの死体は……まあ、ツアーコンダクターと装甲車が戻ってこないとなれば、業者からの視察が入るだろう。届出はしてあるはずなので、遅かれ早かれ発見はされる。


 しかし、俺たちまでたどり着くことはできないだろう。なにせ、ゾンビはウイルス性のものだという常識がある。突然変異したウイルスがどうとかで説明をつけて、社会は何事もなく回っていくはずだ。


「ま、うまくいったんだからいいじゃん。早く帰ってビール飲も。タバコ吸いたいし」


「……俺も、その意見に賛成です」


 なるようになる。それで片付けてしまうと、俺と鉈村さんは現場を後に下山して、またあの激安居酒屋へと向かうのだった。

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