№8 はじめてのふくしゅう
№8 はじめてのふくしゅう
そしてやってきた作戦決行の日。
俺と鉈村さんはシフトを合わせて休みを取り、この日を待った。早朝に落ち合い、山をかき分けて目的地に向かう。
そして今、ゾンビハンティングの現場に忍び込んでいるというわけだった。
「……来たよ」
山奥の森の茂みに潜み、双眼鏡を覗き飲んでいた鉈村さんが口にする。俺の背中にも緊張が走った。
「……本当に大丈夫なんですか?」
早速チキリ出した俺に、鉈村さんは双眼鏡から目を離さないまま、
「ここらはゾンビハンティングのために封鎖されてる。いるのはゾンビスレイヤーどもか、私たちみたいな物好きだけだよ……それより、見てみな。上級国民御一行様のご到着だよ」
双眼鏡を手渡されて覗いてみると、そこには一台のバスのような車が停まっていた。
しかし、明らかにただのバスではない。強固な鉄板と金網でがっちり守られ、バンパーには凶悪そうなとげとげがついていた。ところどころに銃眼らしき穴が空いている他は、立ち入る隙はなさそうだ。
そんな折、大人数の気配を察知してか、森の奥からわらわらとゾンビたちが湧いてきた。うめき声を発しながらのろくさく歩いているのは、全部で10体ほどか。ウイルスに感染し、人肉を求めてさまようばかりのバケモノ。
そんなゾンビの群を認めたとたん、銃眼からライフルらしき銃身が生えてきた。
ぱん!と派手な音がするのは、そういう風に火薬を調整してある専用弾だからだろう。弾丸はゾンビの一体の右腕を吹き飛ばした。
さらに銃撃が続く。連続する発砲音と共に、ゾンビたちが削られていった。足をなくし、腕をなくし。弾雨に晒されたゾンビたちには、なすすべもなかった。
ばたばたと倒れていくゾンビたちは、滑稽なほど無力だった。ただ蹂躙されるためだけに生まれてきたような、尊厳のない弱々しいモンスターだ。
ゾンビたちがあらかた動かなくなってからしばらくして、ようやく装甲車の扉が開いた。中からぞろぞろと出てくるのは、いかにも仕立てのいい服に身を包み、それとはうらはらの生々しい凶器を携えた上級国民の皆様方だ。
棍棒、日本刀、警棒、ゴルフクラブ、金属バット、その他いろいろ。
ゾンビスレイヤーどもは動けなくなって這いつくばっているゾンビたちに近づくと、思い思いに凶器を振り下ろした。腐汁が吹き上がり、その臭いに顔をしかめながらも、爽やかな汗を流している。
「いやあ、鷹村さんの狙撃の腕といったら!」
棍棒でゾンビの頭蓋骨を砕きながら、初老の男が朗らかに言う。
「いえいえ、西野森さんもそうやって棍棒を振るって、お元気でいらっしゃる!」
ゴルフクラブでゾンビのハラワタをぶちまけた太った中年男が笑った。
ははは、と談笑しながら、瀕死のゾンビたちをいたぶり殺していく上級国民様方。まるで社交場かゴルフ場での風景のようだが、やっていることはひどく血なまぐさい。
まるでいのちごいをするかのように、もしくは一矢報いようとするかのように、ゾンビがまだ残っている腕を上げた。
しかし、その腕も金属バットで吹っ飛ばされてしまう。ナイスショット! と歓声が聞こえた。
どうも、今起こっている惨劇と、その当事者たちが合致しない。たしかに、ゾンビたちは次々と惨殺されている。しかし、ゾンビスレイヤーどものこの異常な朗らかさはなんだ?
ある意味で、ゾンビの死体よりもグロテスクに感じられた。
みんな、すっきりした顔をしている。上級国民様方にとっては、ゾンビハンティングはただの娯楽に過ぎないのだ。お手軽に安全に映画やゲームのヒーロー気分を味わえて、ストレス発散ができる。
ゾンビごとき、ただのマトでしかないのだ。生前どんなひとだったとか、どんな悲劇でゾンビになってしまっただとか、そういったことは『知らなくていいこと』『知る必要もないこと』『どうでもいいこと』。
使い捨ての娯楽で、大量のゾンビたちが消費されていく。
……俺たちといっしょだ。
消費されていくだけの存在。使い捨ての、いくらでも代わりがいる取るに足らないイキモノ。
俺たちがどんな風にくたばろうとも、ゾンビスレイヤーたちは朗らかに笑って、次の瞬間には忘れてしまう。俺たちがどういう人間だったとか、どうやってゾンビハンティングの後始末の仕事をしていたとか、そういうことは知るに足らない瑣末事だ。
それどころか、たとえゾンビたちではなく俺たちがあそこに立っていたとしても、同じようにいたぶりながら殺すことになんの抵抗も痛痒も覚えないだろう。
たまたまそこに立っていたのがゾンビたちだっただけで、もしゾンビたちが絶滅すれば、今度は俺たちみたいな底辺がそこに立つことになる。ゾンビスレイヤーたちのストレス解消のために。
……生きているのに。
俺たちだって、同じ人間なのに。
ヒトモドキ扱いして、何も知らないで使い捨てて。
そう思うと、胸の内に黒いもやもやが発生してきた。炎のようにゆらめくそれは、復讐を後押しするようなものだった。
やってしまえ。
思い上がった上級国民様方に、俺たちの存在を刻み込んでやれ。
その怒りにも似た感情は、たしかにルサンチマンだった。
弱者の意地、と言ってもいいかもしれない。
ちからのない者が、せめて一撃くらい、と振り上げたこぶしだ。
「ほら、いけ!」
鉈村さんに、ばん!と背中を叩かれて、ようやく我に返る。
そうだ、俺にはそれができる。
ちからがあるんだ。
だったら、目にもの見せてくれる。
俺はピアノ奏者が演奏前にするように、両手の十指を宙に掲げた。
この一週間、終業後に散々鉈村さんのスパルタ特訓を受けたおかげか、もともとそういう素養があったためかは知らないが、今の俺には死霊を、死体を操るちからがある。
大切なのは、指先から糸を出しているような感覚だ。見えない糸で人形を操るような、馬の手綱を引いているような、ピアノ線を張っているような、そんな感覚。
やがて、ゆらりと指先から紫色の煙のようなものが立ち上ってきた。それは次第に輪郭を鮮明にし、糸のように細い線へと変わる。
次に重要なのが、たましいを連結させる感覚だ。これがなかなか難しい。自分のたましいの形を認識し、連なってひとつになる雨粒のようなイメージで死霊と繋がっていく。
しかし、あくまでも自分は自分、死霊は死霊だ。主と従の関係ははっきりさせておかないといけない。形を保ったまま、死霊にアクセスし、掌握する。
紫の糸が、なにかをつかんだ手応えがあった。それを皮切りに、次々と死霊と繋がっていく。繋がることができたら、あとは慎重に操ってゾンビの死体にかけつぎのように繋ぎ止めるだけだ。
ゆら、と大気が歪む。指先から10本伸びた糸が、たしかにゾンビの死体に接続された。俺の意識はマルチウィンドウのように分割され、自分のそれとゾンビたちのそれ、ふたつを同時並行で処理していく。
「……うまく、いきそうです」
そう告げると、鉈村さんは舌なめずりをして目を細めた。
「それじゃあ、いっちょパーティーといきますか」
「……はい」
そうして、俺は10体のゾンビを操り、ゾンビスレイヤーどもへの復讐を開始した。
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