第10話 別れ

 『』。


 炉の過去を踏み躙り、弟から命以外の全てを奪い、そして今、教官の体を奪って俺を襲っている。


 こいつについて俺は何も知らないが、こいつの行動全てがいちいち俺の神経を逆撫でしてくる。


 「あー、お前か。お前が弟をやったんだよな」


 [御名答。確か、『迅』って言うんだっけ?あの歳にしちゃ、反応はよかったぜ。]


 「なんでお前が弟の名前を知ってる」


 [簡単なことさ。この身体は誰だ?お前達の教官だった男だぜ?記憶さえちょこっと覗かせてもらったのさ。]


「チッ…。人を、人間をなんだと思ってんだ。…屑野郎が。」


 [はん。捨て台詞にしちゃ安っぽいもんだ。所詮はガキだな。はは]


「…なら最後に教えてくれ。なんで迅なんだ。迅がお前に何をしたって言うんだ。こうなるぐらいなら、俺が殺されれば良かったのに」


 [あぁ。それなら安心しな。別に何かあったってわけじゃないさ。たまたまだよ。たまたま。]



 なん、だと…?


「たまたま…だと…………?」


 [あぁそうさ、誰でも良かったんだ。こっちにもやりたいことがあったから、そのために見つけた奴は手当たり次第全員殺していったよ。そいつは一瞬早く気付きやがったし、邪魔が入ったから殺しきれなかったがな。お前と一緒に殺して準備を進めるさ。]


 この…屑、屑野郎が…


 [炉の弟子だってことなら、お前を殺す理由はいくらでもある。一緒にあの世に行けるなら、お前も迅も悲しくないんじゃないか?]


 殺す。殺してやる。絶対に。


 「許せない…許さない!!」


 教官。申し訳ありません。貴方を殺します。貴方からこの屑を追い出すよりも先に、怒りが抑えられません。

 さようなら。


 [くはは、怒ったか。怒れ怒れ。仇はここにいるぜ。]


 徒手空拳。教官の下で、炉の下で、人一倍鍛えてきた。獲物持ちを想定した戦闘訓練なんて腐るほどやってきた。


 どれほどの実力があって、どれだけ動けるのかは知らないが、ここで仕留める。


 確実に。


 傷はまだ治っていない。けど、治してる時間なんてない。

 残った魔力を全て身体強化に回す。教えてもらった技術テクニックも全部使う。



 […ふん。まぁ所詮はその程度か。]


 どれだけの事をやったところで、魔法無しで教官に勝つなんて無理だ。

 それに相手は俺の師匠にトラウマを植え付けた存在。


 ハハ。なんだこれ、最初から詰んでるじゃんか。クソったれ。


 [どうした?これで終わっても良いのか?]


 両脚の腱を斬られた。 右腕は切り離された。左腕に神経はもう通っていない。無様に床に突っ伏して、動くことすらままならない。


 [ー。やれやれ。もうすこし骨のある奴だと思ってだんだけどな。]


「グっ…うゥ」


 髪の毛を引っ掴んで持ち上げられる。


「地面しか見れなかったから、やっと目があった。ありがとな。クソったれ」


 [よかったな。知らねえ俺に殺されるんじゃなくて、恩人の教官サマに看取ってもらえるんだから。]


「看取る…か。残念ながら、看取られるのは俺じゃない。お前がお願いするんだよ。俺に看取ってくれー。ってな」


 […おつむを切り刻んだ覚えはないんだがな。イカれちまったか。じゃあな。]



「まぁ待ちなよ。せっかくなら小生に挨拶ぐらいして来いよ」


 瞬間。再び顔面を地面に打ち付けられる。炉が教官プレイヤーの腕を斬っちまったみたいだ。


 […………命拾いしたな。蓮。]


「小生を無視してんじゃねえよ。カスが!」


 バシッと裏拳で教官の頬を引っ叩いた。


 …引っ叩くと人の顔面って、普通どうなるんだろうな。顔面の肉全部削がれるってないと思うんだよな。


 そのまま崩れ落ちた教官プレイヤーの襟元を引っ張る。


「なぁクソガキ。小生はもう昔のこと殆ど覚えちゃいなくてな。ただ。テメェに対する恨みだけはたんんまり溜まってっからよ、何しようとしてるのだけ教えてもらおうか。何をされたか聞いたところで何が変わる訳も無し、お前の目的だけぶっ壊してやる。」


 […クハハ。言うわけないだろ、馬鹿め。教えるつもりも無いし、この身体をはいどうぞ、って返すつもりも微塵だってないからな。望みをぶっ壊されるのはお前だよ。一ノ瀬クン。]


 …!この野郎……!!


「本当におプレイヤーなのか?さっきからショボいんだよ。やってることが」


 [俺はだよ。お前らが変わったから、俺も変わった。]

 [また会おう、哀れな玩具達よ。]


 教官プレイヤーが残った片手で祈るようなポーズを取ったかと思うと、

 身体が真っ二つに引き裂かれた。


「教官!!!!!!」

「…!」


 脚を治してもらってすぐ、教官の元に駆け寄った。縦に真っ二つだ。結果は明らかだ。

 回復魔法だって、死体には使えない。


「…どうして」

「…理由なんてないさ、利用できそうだったから利用された。ただそれだけだ」


「…そんな、そんな!」

「そんなことだけのために、これほどの事をするんだ。お前がいずれ闘おうとしてる相手は、そんな奴だ。 屑だ。屑が詰まった醜悪そのものだ。」


「…弔わないと、教官を」

「わかった」



 死因は衰弱死。炉の付き人がそう取り計らってくれたらしい。

 葬儀には大勢が参列した。俺も俺の同期も、教官に師事していた人達、同僚や上司様々が。


 教官の同僚を自称する人が司会を務め、教官の出自を、想い出を含めて語っている。 

 話を聞きながら、もう会えない悲しさに咽び泣く人々。

 あの頃は良かったと、思い出に浸る人々。


 そういえば、施設長の姿が見えない。人前に出れるような格好ができないと炉は言っていた。それもそうだ。


 告別式が終わり、


 皆が花を手向け、最後の別れを教官に伝える。


 何を、伝えたらいいんだろう。何も言えない。何か言葉を出したら、もう立ち直れない。ずっと、ずっと。申し訳なさと、悔しさで、今にも押し潰されそうになってる。


「     、  」


 炉が教官に語りかけてる。何か交流があったのかわからないけれど、最期は俺と一緒に見てる。思うところはあるのだろう。



 何を伝えたのか覚えてない。俺の、せいだ。


 すぐそばにいたのに、何もできなかった。みすみす死なせてしまった。


 思い返せば、いつも助けられていた。命の恩人だった。

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 俺は元々、何事もない。幸せの家庭だったはずだった。


 両親は2人とも俺のような隊員になることなく、非戦闘職に属していた。

 親が施設の偉い人からの呼び出しで、出かけると言ったきり、帰って来なかった。

 日帰りだと聞いていたのに、翌日になっても、2日経っても、帰ってくる気配すらなかった。


 不安に駆られるだけじゃなく、生活すらままならない。どうしようも無くなって、家の預金を黙って使い、それすら底をついて、


 正真正銘。俺と迅は浮浪孤児になった。


 想像もしていなかった、乞食としての生活。知り合いからは救いの手を差し伸べてくれたけれど、その眼差しに確かにあった侮蔑の感情を感じて。跳ね除けてしまった。


 誰のせいでもないのに、兄弟同士でどちらが悪い、お前のせいだと罵り合い、仲を違えようとしたが、そんなことをしても生き残れる訳もなく、ただ絆に傷が入り、その傷を2人でどうにか繋ぎ止めんとする生活が続いた。


 その生活もとうとう限界になり、通りかかる人を襲う追い剥ぎをしようとした。その時に狙った最初の標的が、教官だった。


 今考えればあんな限界の生活をしてた人間の体力で、一般人を襲ってもどうにもならなかっただろう。教官に出会えたのは奇跡というほかない。


 コテンパンに返り討ちにあった後、乞食の俺たちを憐れんで、拾ってくれた。

 訓練兵になるには受けなければならない試験を特別免除で、寮での生活など、生きる為の環境を整えてくれた。

 訓練兵の時も他の同期よりも一際目に掛けてもらって、訓練が終わった後も特別に稽古をつけてもらったり、施設の秘密の通路とかも内緒で教えてもらった。

 稽古は厳しかったけれど、苦と思ったことはない。


 事情も知らない子供2人を詮索することなく寧ろ、親の代わりになってくれた。


 おかげで今も任務を淡々とこなしているだけで、給料を貰い、たまに配給される衣服や食事のおかげで、親を失うよりも裕福な生活を送れている。


 なぜあの時、救ってくれたのか。

 訓練兵としての期間を終え、隊員として正式に昇格できた時、2人で真意を聞きに行った。

 見捨てることも、孤児院に入れることだってできた。


 そう言うと、教官は笑って

「困った人を助けるのが、私の仕事だからだよ」


 そう言ったが、納得がいかなくて問い詰めたら、

「…息子を、失ったんだ。

 1人で任務に行く、と言い、必ず帰ってくると約束したのに、帰ってきたのはモンスターに食い荒らされた無惨な死体だった…!」

「弱々しく、今にも死んでしまいそうだった君たちを見て、無意識に重ねてしまったんだ」


 その日、俺たちは家族の誓いを交わした。


 隊員になってから。図書館で調べたりして、教官がどれだけ偉大な人かを知った。

 別シェルターからの反乱を何度も堰き止めて、自分からは一度も攻め込んだことのない。

 英雄と讃えられていた。俺たちの2人目の父親に恥じないよう、立派な隊員になろう。


 教官の自慢の息子になるんだーって、意気込んだっけか……

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 英雄の最後は、思ったよりも呆気なくて。


 思ったよりも、 静かだった。


 弟の部屋に毎日通っていたから、弟も危険に晒され、教官父親が犠牲になった。

 もう俺に、あの部屋に行く資格は無いな。


 そう思っていたら、炉と付き人さんがわざわざ、炉の部屋から直接部屋に向かうルートを作ってくれた。俺のせいなのに、責めたりするようなこともなく、寄り添ってくれた。


 不甲斐ない。そして、何もできなかった自分が悔しい。


 強くなりたい。もっと、誰かを守れるように。


 もう誰も、失わずに済むように。


 今日の稽古を終えて、休憩していた時だった。


「思い詰めてばかりでは、いずれパンクしてしまいますよ」

「付き人さん」

「今日は珍しくお箸も進んでおりませんでしたね。一くんが心配しておりましたよ」

「あー、…ハハ。ちょっとだけまだ立ち直れてなくて」


 寄り添ってほしくて、教官についてポロポロと、涙を堪えるように話した。


 付き人さんは何も言うことなく、編み物をしながら黙って聴いていた。


「ごめんなさい、こんなこと話してしまって」

「いえ、問題ありません」

「まぁ、お前のことも、教官についても、ある程度知ることができて良かったよ」


「うわっ!?いつからいたんだよお前!」


 普通に炉にも聞かれてた。まぁいいか。どうせいつかは話すつもりだったし。


「そう言えば、丸は?」

「風邪引いてるんだってよ。さっき雑巾取り替えたとこだ。力が抜ける〜だってよ」

「そっか…まぁ、話せて良かったよ。ちょっとだけ気分がマシになった」


 ちょっと小っ恥ずかしくなって、そそくさと部屋を出て、弟のところに向かった。


 迅の眠ってる顔を見て泣きそうになったけれど、今は泣いちゃいられない。そんなことをしてる時間はない。

「無理すんな、今は泣いてろ。涙が枯れるまでは、前には進めない」


 炉が肩を叩いて、俺の隣に立った。

「人と別れる辛さは、じゃなくてもわかる。今は泣いてろ」


 我慢出来なくなった。その日は一晩中、今まで堪えていた分がとめどなく溢れてきて、

泣くことしかできなかった。炉が、ずっとそばで一緒にいてくれた。もう、落ち込んでる場合じゃないな。




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「おはよう」

 

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