第9話 邂逅

 一体を倒して陣形を崩したおかげで、優勢に傾いた。


 けれど、同時に確実に逆鱗に触れたようだ。


 纏っている魔法の出力が上がる。身構えて、確実に屠らんと牙どころか歯茎まで剥き出しにする。


 「丸。この感じだと、一気に襲ってくるのかな。厄介だ」


 「いや、多分正面の黄色いやつ。こいつが先にくる。頼めるか?」


 「まぁ、さっきと同じようにやるさ」


 少なくとも黄色のモンスターは俺を狙っているようだ。


 いくら修行して、ロスが減ったとはいえ、一度吐いた魔法分の魔力は消耗してる。


 当然と言えば当然か。けど、あの程度の耐久力しかないようなら、一体程度。今の俺でも問題なく対処できる。


 ジリジリと距離を詰めてくる。いつでもいい。かかってこい。


 刹那。視界からモンスターが消えた。


 「馬鹿タレが。お前の目ん玉は一つしかねぇのかよ」


 別に、俺1人で戦いに来たわけじゃない。


 俺にばかり気を取られてたところを、丸が脳天を寸分違わず撃ち抜いた。


 一つの合図だ。雷のモンスターがやられるや否や、残ったモンスターが一気に襲い掛かってきた。


 まさにベストだ。このタイミングを待っていた。


 氷魔法 【鳥籠《アイス・ケージ》__




 「悪い、遅れた」


 ボウと燃え上がる音が聞こえたと同時に、炉が戻ってきた。


 俺の魔法が発動するよりも前に、モンスターを全て一太刀でねじ伏せたみたいだ。


 モンスターの腹を突き上げるように発動したつもりの氷のかぎ爪が、行き場を失くして俺たちの周りをただ囲うだけだ。


 「炉…一体どこ行ってたんだ?」


 「お前さんたちが相手してたモンスターの活動圏の境界線だ。お前らが襲われると危ないかと思って、見張ってたんだ。まさかここまで侵食してるとはな」


 「え〜?これじゃ一緒に集めてた方が早かったじゃーん」


 丸がいつも通りにおちゃらけだした。


 さっきの冷静な態度はなんだったんだよ。


 「まぁ、いい経験になったろ。ところで、本命の野草は集まったか?」


 「もう少しで終わるんだけどな。さっきの件で終わってない」


 「ある程度集まったなら、それでいいさ。気がかりなことがある。帰ろう」


 車に乗ろうとしたが、今度は俺が後ろらしい。


 「モンスター達は基本、テリトリーを広げたりはしない。理由はわからんが、そういう習性なんだ」


 「じゃあなんであのモンスターたちは?」


 「考えられるのは、別の種類のモンスターに縄張り争いで負けて、追い出されたか。もう一つは、誰かが意図的に細工をしたか」


 「細工って?」


 「あの。。。聞いたことが、あります。。。『生き物を従える魔法』がある。。。と」


 炉の隣で座ってる丸が、弱々しく口を開いた。


 …やっぱり多重人格なんだな。さっきと全然雰囲気が違う。変わる条件とかってあるのかな。


 いや待てよ。


 「魔法って、氷とか炎とか、そういう属性を操るものじゃないのか?何かを従えるって…聞いたことないぜ」


 「本来は。蓮の言う通り魔法には属性の概念しかない。小生も初耳だ、そんな魔法があるなんてな」


 「だが、属性以外の特殊な魔法自体は幾つか存在する。その魔法を持つものにしか扱えない固有魔法が」


 「そんなものが…ってことは」


 「可能性の一つでしか無いがな。その魔法を使って何か企んでる輩はいるかもしれない」


 「なぁ、炉。固有魔法って、例えばどんなのがあるんだ?」


 「実際見たことはないが、物体を武器に変える魔法、物の重さを変える魔法…どれもこれもインチキなマジックみたいな魔法だよ。大体そういう奴は固有魔法とは別で属性魔法も待ってる」


 「1人で。。。2つの魔法が。。。」


 「まぁ、会ったこともないから実際はどうかは知らんがな」


 固有魔法…属性とは外れた特別な魔法。


 「もしかしてさ、あのって奴も、固有魔法が使えるのか?」


 「固有魔法…ねぇ。そんなチャチなもんじゃ無いな。もっと恐ろしい何かだ。知ってたような気もするが、覚えてない。思い出せない。」


 「そう、か…」


 「?????」


 そっか、丸は聞いてないのか。


 「お前さんにもいつか教えてやるさ。それより、もう着くからな」



 ま、杞憂だったな。何か起きるでもなく、いつも通り。


 「なぁ、俺の方が先に2等隊員に昇格できそうだぜ。追い越しちまうな」


 弟は寝ている。返事なんて帰ってこない。


 この間の侵入者の一件と、今回の採取任務。


 炉から良いように施設長に伝えてもらったみたいで、明後日には昇格通知が貰えるらしい。


 毎日合ったことをここで伝える。目が醒めるまで。弟が独りにならないように。


 [馬鹿馬鹿しい。起きるわけもないのに。]


  …誰だ。なんのつもりだ。


 [本当は自分もわかっているだろう?仇は取れない、弟は起きない。]


 黙れ。


 [わかっていて何故、そんなくだらない事を続ける?]


 やめろ。やめてくれ。


 [嗚呼そうか。自己満足か、哀れだなぁ。弟も望んでないだろうに。]


 ふざけるな。一体誰だ。どこにいやがる。


 [はは…俺はだよ。もう1人の。何処にもいない。お前自身なんだから。]



 氷魔法  【】…


 [馬鹿か。何のためにこの部屋は魔素を遮断したんだよ。自己満足に脳を灼かれたか。]


 今、この出来事で起きた


 悪いこと、良かったことがそれぞれ2つずつある。


 悪いこと1つ目。魔法が使えない。あまつさえ、さっきので左腕も使えない。


 良いこと1つ目。相手は自分じゃない。ちゃんと相手がいる。多少は炉に鍛えさせられた。戦えないことはない。


 「悪いこと2つ目。まさか、貴方が俺たちを襲うとはね。教官」


 [サプライズにしちゃ、なかなか悪くないだろう?割と考えたんだ。]


 明らかに正気を逸脱した眼差しの教官が見たことも無いぐらい大きくて禍々しいサバイバルナイフを片手に立っている。全盛の頃、愛用していたと病室で見せてくれたな。


 良いこと2つ目。教官の意思ではないらしい。操られてるみたいだ。


 [御名答。でも、わかったところでどうする?どちらかが死ぬまで辞めるつもりはないぜ。こいつの意識が無くなっても、動きは止まらない。どころか、操りやすくなってもっと強くなる。かと言って腰に刺した刀で殺すかい?できたとしても、それからのお前の立場はどうなる?難しい戦いだなぁ。]


 …確かにやりづらい。教官には返しきれないぐらい恩がある。それに俺の立場としても、教官を傷つけるのはマズい。


 誰かを操る。なんて、今まで聞いたこともない魔法か技術。信じてもらう事すらままならないのは必至。


 それだけじゃない。魔法を発動しようとして生まれた隙を突かれて、左腕を斬られた。ちょっと前に斧男のせいでボロボロになったばかりだっていうのに。


 今俺の体内に残ってる魔力と技術じゃ、斬られて腕とおさらばした手をもう一度生やすなんて芸当は無理だ。止血して、跡は身体強化に意識を割くべきだな。


 「…痛いのは慣れないな。手が無くなるだけでこんなに痛ぇのか。まぁいいや。愚痴垂れてる時間も余裕もない。それより、何故ここがわかった。いつから教官に取り憑いた」


 [何故って、簡単なことさ。背後から尾行しつけてたのさ。この身体だと怪しまれることも無いし。いつからかなんて、知ってなんになる?教えるぎりぎりも無いだろ。初対面同士。]


 「チッ。屑野郎が、何もかもふざけやがって。なら初対面同士、名乗って貰おうか。義理がどうだのほざくぐらいならそれぐらいするんだ」


 [はっ。さっきも言っただろう?俺はお前だって。実は嘘でも無いんだぜ?それに、どうせここで死ぬんだ。名乗ったところでって気がしてならない。]


 思ったより油断して喋るんだな。おかげですぐに俺の間合いだ。そのままナイフを持った左腕と左脚を串刺しにする。


 [グッ…………!!…ハハハ。なんだ、こんなに凶暴だとはな、そんなに自己満足って言われたくなかったのか?仮にも恩師の肉体なんだぜ?]


 「どうでもいいお前の価値観を聞いたわけじゃない。名前を聞いたんだ。次にその名前を聞いた時にブッ殺すためにな。それに、両腕がぐしゃぐしゃになっても炉はすぐに治せたんだ。これぐらい訳ないさ。自己満足?俺はお前だと?ふざけやがって。今だいぶお前のせいで気が立ってるんだからな。馬鹿な真似するんじゃねえぞ」


 [炉?…ブッ、ハハハハハ!嗚呼そうかそうだった忘れていたよ。お前あいつの弟子なんだったっけな。どうりでおっかないわけだ。どうりで躊躇しない訳だ。]


 …別に、俺と弟との間について何か言うやつは漏れなく許さねえだけだ。


 [炉に伝えてやると良い。きっと喜ぶだろうさ。俺の名前は、]




 [『』だよ]

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