episode3-5 雨と南東風が運ぶ言葉
耳が聞こえなくなって以来、突然途切れた日常を受け入れられなかった光は、ほとんど言葉を発することがなくなっていた。高校に入学して環境が変わると、誰かと話すことが一層難しく感じられた。
誰かと話すことを取り戻したきっかけは、光がペンケースを落としたことだった。
落とした音に気がつかず、それを拾ってくれたのがみな実だった。そのとき、みな実はおもむろに自分のペンケースを光の目の前に差し出してきた。そこには、時代遅れのキャラクターが描かれたキーホルダーがぶら下がっていた。
「おそろいだね」
みな実の唇がそう動いた気がした。
光は自分のペンケースに視線を動かす。みな実のキーホルダーと同じものが光のペンケースにもつけられていた。小学生のときに流行ったキャラクターを、時代遅れになってもなんとなく気に入っていて、外さずにずっとつけたままになっている。
たったそれだけのことだった。それをきっかけに、みな実は光の世話を焼くようになり、光は「誰かと話す怖さ」が薄らいでいった。
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