episode3-3 雨と南東風が運ぶ言葉

 高校の入学式の日。教室に入ると、直にはそこだけ光って見えた。

 依織は、窓際近くの席に座っていて、頬杖をつきぼんやりとした眼差しで黒板を見つめていた。

 一目惚れといえばそうかもしれなかった。しかし、直は「依織とは一生友だちでいよう」と決めていた。

 直と依織が初めて言葉を交わしたのは、入学式の翌日だった。

 放課後、直が教室に忘れ物を取りに戻ると、入学式の日と同じように黒板を見つめる依織がいた。

「あれ……真木君、だっけ?」

 直はなんだかわざとらしいと思いながらもそう声を掛けた。依織は直の声に反応してゆっくりと振り向いた。その瞬間、ギュッと心臓が拍動したのに直は気がついた。

「まだ帰ってなかったんだ」

「あぁ……うん」

 直の問いかけに、少々ばつが悪そうな表情で依織がうなずく。

「ちょっと……ボーッとしてたみたいで……」

「あー、そうなんだ。俺は、忘れ物しちゃって」

 廊下側にある自分の席に向かいながら直が言った。なぜか言い訳をするような口調になってしまう。

「あ、あった」

 机の横に掛けてあった手提げを手に取ると直は依織の方に向き直った。

「じゃあ、俺帰るけど……」

「……俺も、帰ろうかな」

 依織は時計を横目でチラリと見ると席を立った。

「玄関まで、一緒に行く?」

 直がそう言うと、依織は少し驚いたように目を見開いたあと、微笑んでコクリとうなずいた。

 結局、直と依織はほとんど同じ帰り道だったため、結構な距離を二人で帰ることになった。その間、特に会話が弾むことなく歩き続けたが、なんとなく居心地は良かった。

 道中わかったのは、依織は実家を出て下宿していて、直が利用する駅の近くのマンションに住んでいることだった。そして、依織はどちらかというと寡黙で、言葉足らずな人間だということもわかった。

 その、言葉足らずな依織が少しずつ変わっていくタイミングを直は知っている。

 伊織が変わるきっかけを与えたのが自分であったなら。直はそう何度も思ったが、依織を変えたのは楓だった。それを、誰よりも近くで見続けた。二年余りの時間をそうして過ごしていった。そして、何度でもそうやって変わっていく伊織の姿を近くで見続けるのだろうと直は思った。



 あれから数年が経ったが、依然として言葉足らずな部分が残る伊織と、直の関係も変わらずに続いている。

 それでいい。伊織が喋らない分、自分が喋れば良い。

 次に誰かが伊織に言葉の雨を降らしてくれるのを待とう。口に出さないが、意外と寂しがりやの伊織には、近くで一緒に待ってくれる友だちが必要だから。

「一生友だちでいよう」それが、直が決めたルールだった。


 直は前方に視線を戻すとゆっくりと歩き出した。

 思ったよりも時間がかかった気もするし、早かった気もする。

 伊織は見つけたのだ。言の葉の雨が降る場所を。

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