お嬢様との共同生活1日目

「お迎えにあがりました。かおる様。」


 前回と同じドライバーさんが迎えに来てくれた。


「よろしくお願いします。」


 乗車して30分ほどすると停車した。


 降車する際エスコートしてくれたが前回の事を思い出して恥ずかしくなり少しうつむいた。


 豪邸の客間に通された。


「おかえりなさい。待っていたわ」


「只今戻りましたお嬢様。なんて言葉を期待しましたか?」


 ボクは少し煽るように言った。それが間違いだとはすぐ気づいた。


「まあ!わたくしの事をお嬢様ですってもう私のメイドになる事を決めてここに来てくれたのですね。嬉しいわ」


 満面の笑みでメイド長の長谷部はせべさんに言っていた。長谷部さんも嬉しそうに笑っていた。


 これほど後悔したのは初めてだ。


「いやあの…今のは冗談で…」


 自分の過ちを認め弁明しようとしたが言葉を遮られた。


「分かっていますわ。でも前向きに考えて下さると私もとても嬉しいですわ」


 ボクはこの人の愉快そうな顔以外見た事がない。それほどボクといるのは楽しいのだろうかなどと考えていた。


「薫さんが1週間過ごすお部屋に案内しますわ少々この屋敷は広いので場所を忘れてしまわれた場合はメイドや執事たちに聞いてもらって構いませんわ」


 ボクは少しづつ一条いちじょうさんの事を理解出来るようになってきた。


「ここが薫さんのお部屋ですわ。自由に使ってくれて構いませんわ。荷物を置いたら他の場所も案内しますわ」


「不躾な質問なんですがこの屋敷って広過ぎて逆に不便じゃないですか?」


 ボクは失礼だと思ったが一条さんがどのような性格なのか知るためにも聞いておきたかった。


「そうですねぇ…お父様には悪いかもしれませんが私もこの広さにはうんざりしています。ですから正面玄関付近で完結するように私が増設させましたので心配ありませんわ」


 一条さんはお嬢様だが自分の意見をしっかり言えてそれを行動に移せる信念があると感じた。


「屋敷全体を見てまわりたいと言うのであれば案内しますわよ」


「いえ今は大丈夫ですそれより一条さんの普段の生活を見ても良いですか?」


 流石に広過ぎるから遠慮しておいた。


「私の普段の生活なんてそれほど面白いものではありませんよ」


 お嬢様ならこういう普段の生活で自慢してきそうと思ったがよく考えたらボクをメイドにしようとしている人には自慢しないかと1人で納得した。


「普段の生活が1番その人を理解できますから面白くなくてもいいんです」


「そういうものかしら私にはわからないわ」


「ボクはまだ一条さんの事をよく知りません。だからどのように毎日を過ごしているのかどのような価値観なのかを知る良い機会なんです」


「初めて名前を呼んでくださいましたね」


 この時の一条さんの顔はボクを虜にするには十分過ぎた。


 それから一条さんの運動をしている姿や庭を散歩している姿、食事をしている姿、読書をしている姿など色々見たが断片的にしか記憶出来なかった。それほどボクは一条さんだけを見ていた。


「1日過ごしてみてどうでした?広過ぎるけど良い屋敷でしょう?」


「良い屋敷なのはひしひしと感じますが、ゲームやケータイといった娯楽がないように見えますがそのような物は禁止されていたりするのですか?」


 現代人で持っていない人は珍しいと思い聞いた。


「お父様が厳しい方でその様な物はないんですわ。ですが蔵書数は数え切れない程ありますので退屈はしませんわ」


「そうですか…」


 ボクは妙案を思いついた。


「ボクと遊びませんか?」


「遊ぶ?」


 一条さんはポカンとしていた。


「一条さんが退屈な時に鬼ごっこをしたりかくれんぼをしたりしましょう!遊びを通してボクは一条さんの事を知れるそして一条さんは退屈な時間が少し減らせれる。一石二鳥じゃないですか?」


 ボクはお嬢様はそんな事しないだろうと分かっていたが、一条さんならボクと仲良くなるためにしてくれると思った。


「いい提案ですわねでも明日はお仕事がありますので明後日にしましょう」


「何のお仕事をしてるんですか?四星のお仕事ですか?」


 お嬢様だから大変な仕事はしていないと思ったがそうではないらしい。


「私のお仕事は四星の経理ですわ。お父様が社会勉強のために私にも経理の一員をやらせてくださっているんですわ。大変ですけどとてもやりがいのあるお仕事ですわ」


「凄いですねいつかは四星を継ぐんですか?」


「ゆくゆくは継ぎたいんですが私には兄がいますのでおそらく兄が継ぐことになると思います…」


 一条さんは悲しそうな顔をしていた。


「一条さんなら父さんにも認めてもらえると思いますよだから頑張りましょう!」


 ボクはいつの間にか応援していた。


「好きな人からそんな言葉を贈っていただけるなんて私は幸せ者ですわ」


 そういう一条さんの目は涙ぐんでいた。


 ボクは最愛の人と言われ顔を真っ赤にしていたであろう。そしてその顔を一条さんに見られた。


「ふふあなたとっても可愛い反応をしてくれるのね」


揶揄からかうのはやめてください」


「揶揄ってなんかないわ好きな人に好かれるのはとても幸せな事よ」


 一条さんはボクの心情を全て分かっているのだと思った。


 ボクはもっと一条さんと親密な関係になりたいと思った。


「一条さんこれからの1週間美優みゆさんとお呼びしてもいいですか?」


「ええもちろん。1週間と言わず一生呼んでくれて構いませんわ」


 やっぱりこの人はいつも笑っている。ボクはあなたのそんなところが大好きだ。


「これからよろしくお願いします。美優さん。」


「こちらこそこれからよろしくお願いいたしますわ。」


 ボクは用意してくれた自室に行き心の整理をしていた。


 メイドになる事はとてもいい提案だと思ったが今ではメイドとしてではなく、隣に対等に立てる存在になりたいと思っていた。でも美優さんは四星のお嬢様で将来的には会社を継いでいきたいと思っている。そんな人とボクは対等になれるだろうか…メイドとしてなら美優さんの隣にいつでも立っていられると思った。


 悩んでいたらいつの間にか夕食の時間になっていた。美優さんと楽しく食事をしその後は世間話をしていたらお風呂の時間になっていた。美優さんは一緒に入ろうと言ってきたが丁重にお断りした。


 共同生活1日目はとても楽しかった。美優さんには振り回されたが幸せだった。こんな生活をずっと続けていたいと思った。あと6日はよりいい日にするぞと意気込んだ。


 ボクが美優さんと対等に話したり遊んだり出来るのはこの1週間で終わってしまうのか心配になったが美優さんなら大丈夫だと思った。


 ボクはそんな幸せな日々を夢に見れるように静かに眠った。


 だがそんな心配は杞憂だったと気づくのはそう長くない。

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